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セレスタ 波乱の婚約式編
当然の疑問 1
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揺れる馬車の中ですることもなく流れる景色を見つめる。
窓が小さすぎて外がよく見えない。
(電車の窓は大きくて景色が綺麗に見えたな)
桜を見に行ったときのことを思い出して暇を潰す。
降ってくる淡い色の花びら。
背中に感じる体温と包む腕の安心感。
疑いようもなく幸福な時間。
夜桜も見事だと地元の人は言っていたけれど、その時間まではいられなかった。
目を閉じて思考を止める。
(止めよう、考えるのは)
馬車にはマリナ一人ではない。
わずかな感情の揺らぎさえ見せたくなかった。
「退屈ではありませんか? マリナ様」
向かいに座った男性の一人がマリナに問いかける。
「よろしければお話しでもいたしませんか?
マールアのことでも殿下のことでもお知りになりたいことがお有りでしょう」
特には、と言いたかった。
本音で言えば興味がないわけではないが、この状況で知りたいと答える気にはならない。
無言で窓の外を見るマリナに困ったように息を吐き、隣に話しかける。
「おい、この空気をどうにかしろ」
男性が護衛兼監視役に向かって囁く。
「俺にどうしろと?」
話しかけられたカイゼはあからさまに面倒そうな顔をしている。
「なんでもいいからやれ……!」
詰め寄ってくる仲間を鬱陶しそうに押し返してカイゼがマリナの方を向く。
「黙っているのが気詰まりなので話をしていてもよろしいでしょうか?」
馬鹿丁寧な口調でマリナに許可を求めてきた。
仲間の男性が正直に言い過ぎだと囁く声で咎める。
いくら声を潜めても狭い馬車の中のことなのでさっきから筒抜けだ。
声を潜める意味がないなと思いながら許可を出す。
「お好きにどうぞ」
「おっ、無視するかと思ったら普通に返事が来た!」
楽しそうな声に視線が冷たくなる。
馬鹿にしてるのかと思ったが反応したら喜ばせるだけな気がした。
視線を窓に戻すとつまらないといったカイゼの声とそれを咎める男性の声。
賑やかで、誘拐という犯罪に似つかわしくない空気が馬車に漂っていた。
うるさくない程度に話を弾ませている二人の声を聞きながら外を観察する。
外、といっても街を離れたので空しか見えないけれど。
「ていうかさ。 泣いたり騒いだりしないの?」
唐突にカイゼがマリナに話を振ってきた。
不思議そうにこちらを見るカイゼにマリナも疑問を浮かべて見つめ返す。
「普通はさ、いきなり攫われて嫁にするなんて言われたら半狂乱になって騒ぐものなんだけど」
嫁にするとは言われていない。
そうと取れることは口にしていたが。
「だからあなたが側についているんですよね」
暴れたら押さえるためにいるのだろうと答えるとおかしそうに笑った。
「それが変なんだって。
気丈な部類の子でも不安そうにきょろきょろしたりするもんだし。
落ち着き払ってそんな分析する子なんていないよ?」
「……ずいぶんと経験豊富なようで」
変と言われて若干ムカついたので皮肉で返す。
レグルスでの技師の件もあるし、彼の国では誘拐は一般的なんだろうか。
とりあえず目の前の男が初めての誘拐でないのは察した。
「すごいなー。 俺が監視役だってわかっててもその反応なんだ。
怖くないの?」
不思議そうな顔で聞くカイゼ。もう一人は黙ってカイゼとマリナのやり取りを見ていた。
「怖いですよ?」
王都での遭遇を思い出せば自分には荷の重い相手だとわかる。
魔法も使えない今、マリナは完全に無防備な状態だ。魔道具も盗られたし。
「そうは見えないんだけどな」
マリナが落ち着いて見えるとしたらそれはカイゼが意味もなく暴力を振るうことはないと思っているからだ。
護衛兼世話役とユリノアスは言った。
カイゼの立場としてユリノアスが望んだマリナを害することはない。
感情で手を上げることもなさそうに見える。……感情によらなくても他人を傷つけることに躊躇いを持たない人間かもしれないが。
頭の中で理由を並べているとカイゼが手を伸ばす。
手の中で光ったのが刃だと気が付いたのは脇腹に硬い物が当てられてからだった。
窓が小さすぎて外がよく見えない。
(電車の窓は大きくて景色が綺麗に見えたな)
桜を見に行ったときのことを思い出して暇を潰す。
降ってくる淡い色の花びら。
背中に感じる体温と包む腕の安心感。
疑いようもなく幸福な時間。
夜桜も見事だと地元の人は言っていたけれど、その時間まではいられなかった。
目を閉じて思考を止める。
(止めよう、考えるのは)
馬車にはマリナ一人ではない。
わずかな感情の揺らぎさえ見せたくなかった。
「退屈ではありませんか? マリナ様」
向かいに座った男性の一人がマリナに問いかける。
「よろしければお話しでもいたしませんか?
マールアのことでも殿下のことでもお知りになりたいことがお有りでしょう」
特には、と言いたかった。
本音で言えば興味がないわけではないが、この状況で知りたいと答える気にはならない。
無言で窓の外を見るマリナに困ったように息を吐き、隣に話しかける。
「おい、この空気をどうにかしろ」
男性が護衛兼監視役に向かって囁く。
「俺にどうしろと?」
話しかけられたカイゼはあからさまに面倒そうな顔をしている。
「なんでもいいからやれ……!」
詰め寄ってくる仲間を鬱陶しそうに押し返してカイゼがマリナの方を向く。
「黙っているのが気詰まりなので話をしていてもよろしいでしょうか?」
馬鹿丁寧な口調でマリナに許可を求めてきた。
仲間の男性が正直に言い過ぎだと囁く声で咎める。
いくら声を潜めても狭い馬車の中のことなのでさっきから筒抜けだ。
声を潜める意味がないなと思いながら許可を出す。
「お好きにどうぞ」
「おっ、無視するかと思ったら普通に返事が来た!」
楽しそうな声に視線が冷たくなる。
馬鹿にしてるのかと思ったが反応したら喜ばせるだけな気がした。
視線を窓に戻すとつまらないといったカイゼの声とそれを咎める男性の声。
賑やかで、誘拐という犯罪に似つかわしくない空気が馬車に漂っていた。
うるさくない程度に話を弾ませている二人の声を聞きながら外を観察する。
外、といっても街を離れたので空しか見えないけれど。
「ていうかさ。 泣いたり騒いだりしないの?」
唐突にカイゼがマリナに話を振ってきた。
不思議そうにこちらを見るカイゼにマリナも疑問を浮かべて見つめ返す。
「普通はさ、いきなり攫われて嫁にするなんて言われたら半狂乱になって騒ぐものなんだけど」
嫁にするとは言われていない。
そうと取れることは口にしていたが。
「だからあなたが側についているんですよね」
暴れたら押さえるためにいるのだろうと答えるとおかしそうに笑った。
「それが変なんだって。
気丈な部類の子でも不安そうにきょろきょろしたりするもんだし。
落ち着き払ってそんな分析する子なんていないよ?」
「……ずいぶんと経験豊富なようで」
変と言われて若干ムカついたので皮肉で返す。
レグルスでの技師の件もあるし、彼の国では誘拐は一般的なんだろうか。
とりあえず目の前の男が初めての誘拐でないのは察した。
「すごいなー。 俺が監視役だってわかっててもその反応なんだ。
怖くないの?」
不思議そうな顔で聞くカイゼ。もう一人は黙ってカイゼとマリナのやり取りを見ていた。
「怖いですよ?」
王都での遭遇を思い出せば自分には荷の重い相手だとわかる。
魔法も使えない今、マリナは完全に無防備な状態だ。魔道具も盗られたし。
「そうは見えないんだけどな」
マリナが落ち着いて見えるとしたらそれはカイゼが意味もなく暴力を振るうことはないと思っているからだ。
護衛兼世話役とユリノアスは言った。
カイゼの立場としてユリノアスが望んだマリナを害することはない。
感情で手を上げることもなさそうに見える。……感情によらなくても他人を傷つけることに躊躇いを持たない人間かもしれないが。
頭の中で理由を並べているとカイゼが手を伸ばす。
手の中で光ったのが刃だと気が付いたのは脇腹に硬い物が当てられてからだった。
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