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セレスタ 波乱の婚約式編
焦り
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王都からの伝令を受けたレグルス守備騎士団は国境を通る馬車の中で一際目立つ馬車を探していた。
王族が乗っているはずの馬車を検めるよう伝令が来るなど尋常なことではない。
何があったのかなど聞くことはできないが、相応の事態が起こったのだとは理解できる。
伝令を終えた騎士が守備隊に混ざり、出国手続きを進める人々を注視していることからも余程の異常事態があったのだろう。
緊張の面持ちで遠目でも特別なのがわかる豪奢な馬車が近づいて来るのを見つめた。
「馬車を検める? 我々が誰なのかわからぬわけではないですよね」
予想通り否定的な態度を取るマールアの人間に必要以上の警戒に気づかれぬように声を掛ける。
「申し訳ありません。 マールアの使者殿におかれましては……」
「ああ、長い口上は不要です。
我らは長旅で少々疲れています、早めにお願いしますよ」
嫌がった割にあっさりと許可を出し、使者たちが馬車を降りた。
並んだ馬車を一台一台確認する。
「変わったものなど無かったでしょう?」
マールアの使者が当然のことだと呆れたような息を吐く。
全ての馬車を検めたが、特別不審を感じる物は見当たらない。
王都から来た伝令の騎士が口を開く。
「婚約式に来ていらした第三王子殿がいらっしゃらないようですが」
王都の騎士の言葉に使者が笑う。
「王子殿下はマールアに戻る前に所用があって我らとは別行動を取っております」
王子殿下ともなると他国に招かれることも多いので、と嘯く使者に王都の騎士が愕然とした表情を浮かべる。
――――やられた。
その表情に浮かんだ感情を読み取って使者が嫌な笑みを浮かべ、騎士を見た。
事情など全く知らないレグルスの騎士たちにもしてやられたのが伝わる。
優越感に満ちた笑みを浮かべた使者たちが馬車に乗り込み、走り去っていくのを成すすべもなく見送るしかなかった。
だるさの抜けないマリナは部屋に運ばれた食事を機械的に口に運ぶ。
食べないと体力が落ちる。
そんな思いから食べているだけで気持ちは食事を欲していなかった。
宿の食事は普通に可もなく不可もない。
食べ終えるとテーブルに食器を置いてベッドから降りる。
寝込んでいた後遺症か足取りが覚束ないが、歩くことはできた。
めまいも今はない。
何の薬を使われたかわからないけれど、体調が戻りつつあるのは良かった。
ノックの音が聞こえて扉が開かれる。
「食事は取れましたか?
まだ体調が悪いようでしたら人を呼んできますが」
食事を運んできた護衛兼監視役、カイゼと名乗った男が食器を片しながら問う。
親切そうな表情を取り繕っていても正体を知っているマリナからすれば警戒の対象に過ぎない。
仮に正体を知らなくても誘拐犯を信用することはできないが。
「ありがとうございます。 大丈夫なのでお気遣いなく」
マリナはそっけなく答える。
「そうですか、この後は馬車での移動になりますから不調を感じたらすぐに言ってください」
男は気にした様子もなく食器を持って出て行った。
一人になった部屋で溜め息を吐く。
目を覚ましてから初めての朝だが、これからどうしたらいいのか糸口さえ掴めていない。
焦りが胸を支配しそうになるのを努めて抑える。
(落ち着かなきゃ……)
自分に言い聞かせる。まずは状況を把握するのが一番大切だ。
移動するなら現在地がわかるかもしれない。
最終目的地はわかっているけれど、そこに辿り着く前に逃げたかった。
用意されていた着替えに袖を通し身支度を整える。
宿を出て目にしたのは貴族が乗る物としてはごく普通の、王族が乗る物としては質素な馬車だった。
それを見て内心でやられたと思う。
マールアの第三王子がこの馬車でセレスタまで来たわけではない。
王宮に来た時に乗っていたのは非常に豪華な馬車でマールアの紋章が入っていた。
どこかで馬車を乗り換え二手に分かれたのだろう。
厄介なことになった。
王宮でマリナの誘拐を把握しているか不明だが、この馬車を追いかけてくることは難しい。
本来の馬車は予定された工程でマールアまで帰るのだろう。
疑われて馬車を検められたところで何も見つけられない。
まるで最初からこうするつもりだったように手際がいい。流石にそれはないと思うが。
「足元が覚束ないようでしたら手をお貸ししますので言ってくださいね」
カイゼがからかうような声音で言ってくるのを無視して馬車に乗り込む。
幸いなことにユリノアスと同乗ではないようだった。
王族が乗っているはずの馬車を検めるよう伝令が来るなど尋常なことではない。
何があったのかなど聞くことはできないが、相応の事態が起こったのだとは理解できる。
伝令を終えた騎士が守備隊に混ざり、出国手続きを進める人々を注視していることからも余程の異常事態があったのだろう。
緊張の面持ちで遠目でも特別なのがわかる豪奢な馬車が近づいて来るのを見つめた。
「馬車を検める? 我々が誰なのかわからぬわけではないですよね」
予想通り否定的な態度を取るマールアの人間に必要以上の警戒に気づかれぬように声を掛ける。
「申し訳ありません。 マールアの使者殿におかれましては……」
「ああ、長い口上は不要です。
我らは長旅で少々疲れています、早めにお願いしますよ」
嫌がった割にあっさりと許可を出し、使者たちが馬車を降りた。
並んだ馬車を一台一台確認する。
「変わったものなど無かったでしょう?」
マールアの使者が当然のことだと呆れたような息を吐く。
全ての馬車を検めたが、特別不審を感じる物は見当たらない。
王都から来た伝令の騎士が口を開く。
「婚約式に来ていらした第三王子殿がいらっしゃらないようですが」
王都の騎士の言葉に使者が笑う。
「王子殿下はマールアに戻る前に所用があって我らとは別行動を取っております」
王子殿下ともなると他国に招かれることも多いので、と嘯く使者に王都の騎士が愕然とした表情を浮かべる。
――――やられた。
その表情に浮かんだ感情を読み取って使者が嫌な笑みを浮かべ、騎士を見た。
事情など全く知らないレグルスの騎士たちにもしてやられたのが伝わる。
優越感に満ちた笑みを浮かべた使者たちが馬車に乗り込み、走り去っていくのを成すすべもなく見送るしかなかった。
だるさの抜けないマリナは部屋に運ばれた食事を機械的に口に運ぶ。
食べないと体力が落ちる。
そんな思いから食べているだけで気持ちは食事を欲していなかった。
宿の食事は普通に可もなく不可もない。
食べ終えるとテーブルに食器を置いてベッドから降りる。
寝込んでいた後遺症か足取りが覚束ないが、歩くことはできた。
めまいも今はない。
何の薬を使われたかわからないけれど、体調が戻りつつあるのは良かった。
ノックの音が聞こえて扉が開かれる。
「食事は取れましたか?
まだ体調が悪いようでしたら人を呼んできますが」
食事を運んできた護衛兼監視役、カイゼと名乗った男が食器を片しながら問う。
親切そうな表情を取り繕っていても正体を知っているマリナからすれば警戒の対象に過ぎない。
仮に正体を知らなくても誘拐犯を信用することはできないが。
「ありがとうございます。 大丈夫なのでお気遣いなく」
マリナはそっけなく答える。
「そうですか、この後は馬車での移動になりますから不調を感じたらすぐに言ってください」
男は気にした様子もなく食器を持って出て行った。
一人になった部屋で溜め息を吐く。
目を覚ましてから初めての朝だが、これからどうしたらいいのか糸口さえ掴めていない。
焦りが胸を支配しそうになるのを努めて抑える。
(落ち着かなきゃ……)
自分に言い聞かせる。まずは状況を把握するのが一番大切だ。
移動するなら現在地がわかるかもしれない。
最終目的地はわかっているけれど、そこに辿り着く前に逃げたかった。
用意されていた着替えに袖を通し身支度を整える。
宿を出て目にしたのは貴族が乗る物としてはごく普通の、王族が乗る物としては質素な馬車だった。
それを見て内心でやられたと思う。
マールアの第三王子がこの馬車でセレスタまで来たわけではない。
王宮に来た時に乗っていたのは非常に豪華な馬車でマールアの紋章が入っていた。
どこかで馬車を乗り換え二手に分かれたのだろう。
厄介なことになった。
王宮でマリナの誘拐を把握しているか不明だが、この馬車を追いかけてくることは難しい。
本来の馬車は予定された工程でマールアまで帰るのだろう。
疑われて馬車を検められたところで何も見つけられない。
まるで最初からこうするつもりだったように手際がいい。流石にそれはないと思うが。
「足元が覚束ないようでしたら手をお貸ししますので言ってくださいね」
カイゼがからかうような声音で言ってくるのを無視して馬車に乗り込む。
幸いなことにユリノアスと同乗ではないようだった。
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