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セレスタ 波乱の婚約式編

怒り

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 王宮魔術師たちによりマリナが王宮内にいないことが確定し、ヴォルフたちは王子に知らせに来た。
「マリナがいない?」
 報告を聞いて王子が繰り返す。
「はい。 王宮魔術師たちとともに確認しましたが、王宮にはいません。 おそらく王都にもいないと思われます」
 王宮内の魔力を遮断した部屋まで全て確認した。
 王宮にはいないと断言できるし、王都にもいない可能性が高い。
「え、じゃあ、どこに……?」
 呆然と王子が訪ねるが、答えられる者はいない。
「もしかしてまた日本に行ったとか?」
 王子はマリナとヴォルフがたまに日本に行っていることは話している。この前も桜を見に行って来たが……。
「それはありません。 異世界に渡る程の魔力は感知されていません」
「ええ。 それに今のタイミングで王子の側を離れるなんて考えられない」
 魔術師長とフィル殿が揃って否定する。
 メルヒオールは口元に手を当てて何か考えていた。
「そうだな。 マリナが王子の側を長く離れるのに誰にも言わないなんて考えられない。
 不測の事態があったならなおさら報告してから離れるはずだ」
 ディルクも二人の考えに賛同する。ヴォルフも同じ意見だった。
 幼い時から双翼候補として教え込まれたマリナはそのあたりの線引きはきっちりしている。
「……普通に王宮から出た形跡もないんだな?」
「はい」
 何の痕跡も残さず忽然と姿を消した。
「本当に、何があったんだ……」
 呟く声に部屋にいる者たちも面差しに緊張を深める。
 返す言葉は慎重にならざるを得なかった。
「本日王宮を出た中にマールアの使者たちがいます」
 今日王宮を発ったのはセレスタの南東にあるリガスの使者とマールアの使者のみ。
 リガスが出立した後にもマリナの姿は確認されている。
「まさか……。
 いくらなんでもそれはないだろう」
 王子がどうにか否定の言葉を紡ぐ。
 しかし自分でも信じ切れていないのはその表情に表れていた。
「ええ、有り得ない事態です。
 他国の祝賀に呼ばれた来賓がその国の人間を攫って帰るなど、信じがたい」
 魔術師長が硬い声で答える。
 声は落ち着いて聞こえたが瞳には抑えがたい怒りが見えた。
 魔術師たちはマリナの存在が感じられないのをその身で確かめたせいか、マリナが攫われたことを疑っていない。
 ヴォルフたち騎士よりも差し迫った怒りを感じているようだ。
 それぞれの報告と魔術師たちの考えを聞いて王子が目を瞑る。
 数秒で思考を纏めて王子は口を開いた。
「わかった。
 理由は不明だがマリナの行方がわからないこと、王都内にもいない可能性が高いことは確かなんだろう。
 魔術師長。 あなた方魔術師はマリナの痕跡を探れないか試してくれ」
 マリナはいくつも魔道具を身に着けている。
 何か一つでも痕跡を捉えられたら居場所がわかるかもしれない。
 奪われている可能性も当然あるが、捨てることはしないだろう。
 普通に買えるような代物じゃない。
「ディルク、ジークに伝えて使者たちの馬車を追いかけてくれ。
 使者たちの馬車を見つけたら国境で理由を付けて馬車を検めるように。
 中を見せることを拒むようなら魔道具で危険物の探知をすると伝えて探れ」
 いつになく厳しい顔で命じる王子にディルクが頷く。
「双翼の魔術師がいなくなったことは伏せる。
 少なくとも使者たちが帰るまではマリナのことは隠し切れ」
 他国の関与も含めて捜索を命じる」
 全てを言いきって王子が一度言葉を切る。
「他国の関与があったとしたらこれはセレスタへの宣戦布告に等しい。
 マリナはただの魔術師ではない。
 双翼と呼ばれる次期国王の側近中の側近を害したのならば、それは即ち私への攻撃に他ならない。
 相応の対応をしなければセレスタの威信に傷がつくだろう」
 決意を宿した瞳で居並ぶ者を見つめ命じる。
「必ずマリナを見つけ出せ」
「「「はい!!!」」」
 揃えて返事をした後、各々自分のすべきことを片付けに向かった。


 取り残された部屋で王子がヴォルフに声をかける。
「君にはマリナを探せと命じることはできない。
 使者を帰すまでは君には私の隣にいてもらわないと、双翼が側にいないことを不審に思われてしまう」
「わかっています」
 マリナがいない以上、自分が王子の側を離れるわけにはいかない。
「すまない……。
 誰より心乱しているのは君だろうに」
 悲痛な声で王子が謝る。
「いえ、そのお言葉だけで十分です」
 双翼を害し、王子を狙う可能性もゼロではない。
 今、王子の側を離れることができないのは誰より自分がわかっている。
 本音を言えば今すぐにでも走り出したい。
 しかしそれを止めるのも自分自身だ。
 荒れ狂う心を無表情の仮面の中に押し込んで答える
「マリナは必ず連れ帰ります」
 抑えた怒りは声には出ず、淡々とした響きを持って聞こえた。
 それは露わにした怒りよりも深く、胸を焦がすような熱を持っている。
 ヴォルフの怒りに、王子も黙って肯いた。
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