双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

文字の大きさ
上 下
234 / 368
セレスタ 波乱の婚約式編

怒り

しおりを挟む
 王宮魔術師たちによりマリナが王宮内にいないことが確定し、ヴォルフたちは王子に知らせに来た。
「マリナがいない?」
 報告を聞いて王子が繰り返す。
「はい。 王宮魔術師たちとともに確認しましたが、王宮にはいません。 おそらく王都にもいないと思われます」
 王宮内の魔力を遮断した部屋まで全て確認した。
 王宮にはいないと断言できるし、王都にもいない可能性が高い。
「え、じゃあ、どこに……?」
 呆然と王子が訪ねるが、答えられる者はいない。
「もしかしてまた日本に行ったとか?」
 王子はマリナとヴォルフがたまに日本に行っていることは話している。この前も桜を見に行って来たが……。
「それはありません。 異世界に渡る程の魔力は感知されていません」
「ええ。 それに今のタイミングで王子の側を離れるなんて考えられない」
 魔術師長とフィル殿が揃って否定する。
 メルヒオールは口元に手を当てて何か考えていた。
「そうだな。 マリナが王子の側を長く離れるのに誰にも言わないなんて考えられない。
 不測の事態があったならなおさら報告してから離れるはずだ」
 ディルクも二人の考えに賛同する。ヴォルフも同じ意見だった。
 幼い時から双翼候補として教え込まれたマリナはそのあたりの線引きはきっちりしている。
「……普通に王宮から出た形跡もないんだな?」
「はい」
 何の痕跡も残さず忽然と姿を消した。
「本当に、何があったんだ……」
 呟く声に部屋にいる者たちも面差しに緊張を深める。
 返す言葉は慎重にならざるを得なかった。
「本日王宮を出た中にマールアの使者たちがいます」
 今日王宮を発ったのはセレスタの南東にあるリガスの使者とマールアの使者のみ。
 リガスが出立した後にもマリナの姿は確認されている。
「まさか……。
 いくらなんでもそれはないだろう」
 王子がどうにか否定の言葉を紡ぐ。
 しかし自分でも信じ切れていないのはその表情に表れていた。
「ええ、有り得ない事態です。
 他国の祝賀に呼ばれた来賓がその国の人間を攫って帰るなど、信じがたい」
 魔術師長が硬い声で答える。
 声は落ち着いて聞こえたが瞳には抑えがたい怒りが見えた。
 魔術師たちはマリナの存在が感じられないのをその身で確かめたせいか、マリナが攫われたことを疑っていない。
 ヴォルフたち騎士よりも差し迫った怒りを感じているようだ。
 それぞれの報告と魔術師たちの考えを聞いて王子が目を瞑る。
 数秒で思考を纏めて王子は口を開いた。
「わかった。
 理由は不明だがマリナの行方がわからないこと、王都内にもいない可能性が高いことは確かなんだろう。
 魔術師長。 あなた方魔術師はマリナの痕跡を探れないか試してくれ」
 マリナはいくつも魔道具を身に着けている。
 何か一つでも痕跡を捉えられたら居場所がわかるかもしれない。
 奪われている可能性も当然あるが、捨てることはしないだろう。
 普通に買えるような代物じゃない。
「ディルク、ジークに伝えて使者たちの馬車を追いかけてくれ。
 使者たちの馬車を見つけたら国境で理由を付けて馬車を検めるように。
 中を見せることを拒むようなら魔道具で危険物の探知をすると伝えて探れ」
 いつになく厳しい顔で命じる王子にディルクが頷く。
「双翼の魔術師がいなくなったことは伏せる。
 少なくとも使者たちが帰るまではマリナのことは隠し切れ」
 他国の関与も含めて捜索を命じる」
 全てを言いきって王子が一度言葉を切る。
「他国の関与があったとしたらこれはセレスタへの宣戦布告に等しい。
 マリナはただの魔術師ではない。
 双翼と呼ばれる次期国王の側近中の側近を害したのならば、それは即ち私への攻撃に他ならない。
 相応の対応をしなければセレスタの威信に傷がつくだろう」
 決意を宿した瞳で居並ぶ者を見つめ命じる。
「必ずマリナを見つけ出せ」
「「「はい!!!」」」
 揃えて返事をした後、各々自分のすべきことを片付けに向かった。


 取り残された部屋で王子がヴォルフに声をかける。
「君にはマリナを探せと命じることはできない。
 使者を帰すまでは君には私の隣にいてもらわないと、双翼が側にいないことを不審に思われてしまう」
「わかっています」
 マリナがいない以上、自分が王子の側を離れるわけにはいかない。
「すまない……。
 誰より心乱しているのは君だろうに」
 悲痛な声で王子が謝る。
「いえ、そのお言葉だけで十分です」
 双翼を害し、王子を狙う可能性もゼロではない。
 今、王子の側を離れることができないのは誰より自分がわかっている。
 本音を言えば今すぐにでも走り出したい。
 しかしそれを止めるのも自分自身だ。
 荒れ狂う心を無表情の仮面の中に押し込んで答える
「マリナは必ず連れ帰ります」
 抑えた怒りは声には出ず、淡々とした響きを持って聞こえた。
 それは露わにした怒りよりも深く、胸を焦がすような熱を持っている。
 ヴォルフの怒りに、王子も黙って肯いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【書籍化・3/7取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...