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セレスタ 波乱の婚約式編
マールアの第三王子 2
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動かそうとした腕がかしゃりと身に覚えのない音を立てる。
聞こえた音に溜め息が口から零れた。
現実逃避するのをやめてベッドに手を付き身体を起こす。
さっきからだるさが消えないのはこれが原因か。
目を落としてそこに存在する物を見つめる。
鈍い赤金色の腕輪は簡素ながらも品のある意匠が施されて美しい。
しかしそこに込められた効果を思えばどう好意的に解釈しても手枷としか言えないだろう。
込み上げる不快感に腕輪から視線を逸らす。
すると丁度視界に入った扉のノブが回った。
「ああ、ようやく目を覚ましたんだね。
少し薬の量が多かったのかと心配したんだよ」
入って来たのは艶のある長い黒髪に澄んだ水色の瞳をした男性。柔和に微笑む顔を見て急速に思考が動き出す。
「頭が痛かったりはしないかな?
不調があったら言ってくれ、医術の得意な者もいるから」
男性は扉を閉めてベッドの近くまでやってきて、こちらを気遣うように顔を覗き込んだ。
その心配げな顔を見て罵声を投げつけたくなったのは致し方ないことだと思う。
寸でのところで思い止まったが。
戸惑う表情で内心を隠して口を開く。
「あなたは……、どうしてここに?
いえ、それよりもここはどこですか?」
マリナの目の前にいるのはマールアの第三王子、ユリノアスその人だった。
どう考えてもこんな狭い部屋で二人きりになる関係性の相手ではない。
入ってきたのは彼だけだけど、当然外には護衛の人間も控えているはず。
一人で寝かせていたのは配慮であり油断だ。要らぬ警戒を植え付けたくはない。
腹立ちに任せて叫んで暴れたい気持ちではあるが、それをしたら状況が悪化するだけだとは理解していた。
「ここはセレスタの宿屋だ。 セレスタのどこかまでは私も知らないから答えられない」
予想が当たったことは全く嬉しくない。
何故、セレスタのどこかの宿屋に、マリナがいるのだ。
説明が著しく不足している。
察している答えが否定されないかと理性と感情の両方で思う。
「驚かせたかな? まだ混乱しているみたいだ」
当たり前だと心の中で毒づく。動揺せずにいられるわけがない。
ちらりと自分の腕に嵌まった腕輪を見下ろす。
これがあるから状況を把握できているだけで、そうでなければもっと慌てている。
「まだ身体がだるいだろうからゆっくり休んで……、と言いたいところだけど状況がわからないと不安だろうから簡単に説明するよ」
理解したところで不安はいや増すに決まっていると脳内で反論しながら黙って言葉を待つ。
「君はこれから私と共にマールアに来てもらう。
心配はいらないよ。 不自由はさせないし、大切にすると誓う」
「……」
途中までは予想の範囲内だったが後半の意味がわからない。
ゆっくりと首を振って理解できないと目を伏せる。
「ああ、突然のことで信じられないのも無理はないかもしれないけれど……」
言葉を切ったユリノアスがマリナの頬に触れる。驚いて視線を挙げると夢を見るような瞳でマリナを覗き込むユリノアスと目が合った。
「君の輝きに強く惹かれてしまった。
君を置いて国に帰ることなんて考えられなくなってしまったんだ。
強引なことをして申し訳ないけれどマールアも良い国だ。 きっと君も気に入るよ」
真面目に語られて唖然とする。
ありえない、そう頭で繰り返す。
(そんな理由で……?)
一欠片も理解できない。マリナとしてはそれを隠れ蓑にセレスタの魔法技術を欲していると言われた方がまだ理解できた。
呆然としたマリナに追い打ちをかけるようにユリノアスがマリナの腕に嵌まった腕輪を指しながら告げる。
「君は優れた魔術師だと言っていたから、魔封じを付けさせてもらっている。
知ってのとおり、マールアには魔法に長けた人材が乏しく、君を自由にはさせてあげられないんだ。
すまないとは思うけれど、理解してほしい」
申し訳なさそうな顔で謝るが、外してくれる気はないと言う。
外したら最後逃げられると思っているのでこれだけは外さないだろう。それは正しい。
一通り説明をし終えたと判断したユリノアスが部屋の外に声を掛けた。
外に待機していた護衛が二人中に入ってくる。
その内一人の顔を見て、マリナは思わず叫びそうになった。
「これは君の護衛兼雑用係だと思ってほしい。 何かあったら彼に言いつけてくれ」
「どうぞお見知りおきを。 不自由がありましたら何なりとお命じください」
そう言って頭を下げた男性に顔が引きつりそうになる。
わずかに赤い焦げ茶色の髪をした男性はシャルロッテの従兄弟を誑かしていた女性の仲間で……。
猫姿のマリナを捕まえたマールアの間諜だった。
(二度と会いたくなかった相手が目の前に……!)
あまりの偶然に目眩がする。彼相手では逃げられる気がしない。
笑顔を向けているが佇まいに隙はなく、兼監視役なのがよくわかる。
部屋に入ってきたもう一人は魔法をかじったことがあるようで、腕輪の効果が発揮されていることを確かめるとユリノアスに頷いて見せた。
「では、今度こそゆっくり休んでくれ。
マールアまではまだ長い。 体調を崩さぬようにな」
ユリノアスが退出すると残りの二人も続いて出ていく。
監視役まで外に出ていいのかと思ったが、魔封じのついたこの状態でマリナが逃げ出すとは思っていないのだろう。
若しくは逃げたところですぐに捕まえられると思っているのか。
扉が閉まり、鍵の音がしたところで抑えていた怒りが溢れた。
聞こえた音に溜め息が口から零れた。
現実逃避するのをやめてベッドに手を付き身体を起こす。
さっきからだるさが消えないのはこれが原因か。
目を落としてそこに存在する物を見つめる。
鈍い赤金色の腕輪は簡素ながらも品のある意匠が施されて美しい。
しかしそこに込められた効果を思えばどう好意的に解釈しても手枷としか言えないだろう。
込み上げる不快感に腕輪から視線を逸らす。
すると丁度視界に入った扉のノブが回った。
「ああ、ようやく目を覚ましたんだね。
少し薬の量が多かったのかと心配したんだよ」
入って来たのは艶のある長い黒髪に澄んだ水色の瞳をした男性。柔和に微笑む顔を見て急速に思考が動き出す。
「頭が痛かったりはしないかな?
不調があったら言ってくれ、医術の得意な者もいるから」
男性は扉を閉めてベッドの近くまでやってきて、こちらを気遣うように顔を覗き込んだ。
その心配げな顔を見て罵声を投げつけたくなったのは致し方ないことだと思う。
寸でのところで思い止まったが。
戸惑う表情で内心を隠して口を開く。
「あなたは……、どうしてここに?
いえ、それよりもここはどこですか?」
マリナの目の前にいるのはマールアの第三王子、ユリノアスその人だった。
どう考えてもこんな狭い部屋で二人きりになる関係性の相手ではない。
入ってきたのは彼だけだけど、当然外には護衛の人間も控えているはず。
一人で寝かせていたのは配慮であり油断だ。要らぬ警戒を植え付けたくはない。
腹立ちに任せて叫んで暴れたい気持ちではあるが、それをしたら状況が悪化するだけだとは理解していた。
「ここはセレスタの宿屋だ。 セレスタのどこかまでは私も知らないから答えられない」
予想が当たったことは全く嬉しくない。
何故、セレスタのどこかの宿屋に、マリナがいるのだ。
説明が著しく不足している。
察している答えが否定されないかと理性と感情の両方で思う。
「驚かせたかな? まだ混乱しているみたいだ」
当たり前だと心の中で毒づく。動揺せずにいられるわけがない。
ちらりと自分の腕に嵌まった腕輪を見下ろす。
これがあるから状況を把握できているだけで、そうでなければもっと慌てている。
「まだ身体がだるいだろうからゆっくり休んで……、と言いたいところだけど状況がわからないと不安だろうから簡単に説明するよ」
理解したところで不安はいや増すに決まっていると脳内で反論しながら黙って言葉を待つ。
「君はこれから私と共にマールアに来てもらう。
心配はいらないよ。 不自由はさせないし、大切にすると誓う」
「……」
途中までは予想の範囲内だったが後半の意味がわからない。
ゆっくりと首を振って理解できないと目を伏せる。
「ああ、突然のことで信じられないのも無理はないかもしれないけれど……」
言葉を切ったユリノアスがマリナの頬に触れる。驚いて視線を挙げると夢を見るような瞳でマリナを覗き込むユリノアスと目が合った。
「君の輝きに強く惹かれてしまった。
君を置いて国に帰ることなんて考えられなくなってしまったんだ。
強引なことをして申し訳ないけれどマールアも良い国だ。 きっと君も気に入るよ」
真面目に語られて唖然とする。
ありえない、そう頭で繰り返す。
(そんな理由で……?)
一欠片も理解できない。マリナとしてはそれを隠れ蓑にセレスタの魔法技術を欲していると言われた方がまだ理解できた。
呆然としたマリナに追い打ちをかけるようにユリノアスがマリナの腕に嵌まった腕輪を指しながら告げる。
「君は優れた魔術師だと言っていたから、魔封じを付けさせてもらっている。
知ってのとおり、マールアには魔法に長けた人材が乏しく、君を自由にはさせてあげられないんだ。
すまないとは思うけれど、理解してほしい」
申し訳なさそうな顔で謝るが、外してくれる気はないと言う。
外したら最後逃げられると思っているのでこれだけは外さないだろう。それは正しい。
一通り説明をし終えたと判断したユリノアスが部屋の外に声を掛けた。
外に待機していた護衛が二人中に入ってくる。
その内一人の顔を見て、マリナは思わず叫びそうになった。
「これは君の護衛兼雑用係だと思ってほしい。 何かあったら彼に言いつけてくれ」
「どうぞお見知りおきを。 不自由がありましたら何なりとお命じください」
そう言って頭を下げた男性に顔が引きつりそうになる。
わずかに赤い焦げ茶色の髪をした男性はシャルロッテの従兄弟を誑かしていた女性の仲間で……。
猫姿のマリナを捕まえたマールアの間諜だった。
(二度と会いたくなかった相手が目の前に……!)
あまりの偶然に目眩がする。彼相手では逃げられる気がしない。
笑顔を向けているが佇まいに隙はなく、兼監視役なのがよくわかる。
部屋に入ってきたもう一人は魔法をかじったことがあるようで、腕輪の効果が発揮されていることを確かめるとユリノアスに頷いて見せた。
「では、今度こそゆっくり休んでくれ。
マールアまではまだ長い。 体調を崩さぬようにな」
ユリノアスが退出すると残りの二人も続いて出ていく。
監視役まで外に出ていいのかと思ったが、魔封じのついたこの状態でマリナが逃げ出すとは思っていないのだろう。
若しくは逃げたところですぐに捕まえられると思っているのか。
扉が閉まり、鍵の音がしたところで抑えていた怒りが溢れた。
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