229 / 368
セレスタ 波乱の婚約式編
マールアの第三王子 2
しおりを挟む
動かそうとした腕がかしゃりと身に覚えのない音を立てる。
聞こえた音に溜め息が口から零れた。
現実逃避するのをやめてベッドに手を付き身体を起こす。
さっきからだるさが消えないのはこれが原因か。
目を落としてそこに存在する物を見つめる。
鈍い赤金色の腕輪は簡素ながらも品のある意匠が施されて美しい。
しかしそこに込められた効果を思えばどう好意的に解釈しても手枷としか言えないだろう。
込み上げる不快感に腕輪から視線を逸らす。
すると丁度視界に入った扉のノブが回った。
「ああ、ようやく目を覚ましたんだね。
少し薬の量が多かったのかと心配したんだよ」
入って来たのは艶のある長い黒髪に澄んだ水色の瞳をした男性。柔和に微笑む顔を見て急速に思考が動き出す。
「頭が痛かったりはしないかな?
不調があったら言ってくれ、医術の得意な者もいるから」
男性は扉を閉めてベッドの近くまでやってきて、こちらを気遣うように顔を覗き込んだ。
その心配げな顔を見て罵声を投げつけたくなったのは致し方ないことだと思う。
寸でのところで思い止まったが。
戸惑う表情で内心を隠して口を開く。
「あなたは……、どうしてここに?
いえ、それよりもここはどこですか?」
マリナの目の前にいるのはマールアの第三王子、ユリノアスその人だった。
どう考えてもこんな狭い部屋で二人きりになる関係性の相手ではない。
入ってきたのは彼だけだけど、当然外には護衛の人間も控えているはず。
一人で寝かせていたのは配慮であり油断だ。要らぬ警戒を植え付けたくはない。
腹立ちに任せて叫んで暴れたい気持ちではあるが、それをしたら状況が悪化するだけだとは理解していた。
「ここはセレスタの宿屋だ。 セレスタのどこかまでは私も知らないから答えられない」
予想が当たったことは全く嬉しくない。
何故、セレスタのどこかの宿屋に、マリナがいるのだ。
説明が著しく不足している。
察している答えが否定されないかと理性と感情の両方で思う。
「驚かせたかな? まだ混乱しているみたいだ」
当たり前だと心の中で毒づく。動揺せずにいられるわけがない。
ちらりと自分の腕に嵌まった腕輪を見下ろす。
これがあるから状況を把握できているだけで、そうでなければもっと慌てている。
「まだ身体がだるいだろうからゆっくり休んで……、と言いたいところだけど状況がわからないと不安だろうから簡単に説明するよ」
理解したところで不安はいや増すに決まっていると脳内で反論しながら黙って言葉を待つ。
「君はこれから私と共にマールアに来てもらう。
心配はいらないよ。 不自由はさせないし、大切にすると誓う」
「……」
途中までは予想の範囲内だったが後半の意味がわからない。
ゆっくりと首を振って理解できないと目を伏せる。
「ああ、突然のことで信じられないのも無理はないかもしれないけれど……」
言葉を切ったユリノアスがマリナの頬に触れる。驚いて視線を挙げると夢を見るような瞳でマリナを覗き込むユリノアスと目が合った。
「君の輝きに強く惹かれてしまった。
君を置いて国に帰ることなんて考えられなくなってしまったんだ。
強引なことをして申し訳ないけれどマールアも良い国だ。 きっと君も気に入るよ」
真面目に語られて唖然とする。
ありえない、そう頭で繰り返す。
(そんな理由で……?)
一欠片も理解できない。マリナとしてはそれを隠れ蓑にセレスタの魔法技術を欲していると言われた方がまだ理解できた。
呆然としたマリナに追い打ちをかけるようにユリノアスがマリナの腕に嵌まった腕輪を指しながら告げる。
「君は優れた魔術師だと言っていたから、魔封じを付けさせてもらっている。
知ってのとおり、マールアには魔法に長けた人材が乏しく、君を自由にはさせてあげられないんだ。
すまないとは思うけれど、理解してほしい」
申し訳なさそうな顔で謝るが、外してくれる気はないと言う。
外したら最後逃げられると思っているのでこれだけは外さないだろう。それは正しい。
一通り説明をし終えたと判断したユリノアスが部屋の外に声を掛けた。
外に待機していた護衛が二人中に入ってくる。
その内一人の顔を見て、マリナは思わず叫びそうになった。
「これは君の護衛兼雑用係だと思ってほしい。 何かあったら彼に言いつけてくれ」
「どうぞお見知りおきを。 不自由がありましたら何なりとお命じください」
そう言って頭を下げた男性に顔が引きつりそうになる。
わずかに赤い焦げ茶色の髪をした男性はシャルロッテの従兄弟を誑かしていた女性の仲間で……。
猫姿のマリナを捕まえたマールアの間諜だった。
(二度と会いたくなかった相手が目の前に……!)
あまりの偶然に目眩がする。彼相手では逃げられる気がしない。
笑顔を向けているが佇まいに隙はなく、兼監視役なのがよくわかる。
部屋に入ってきたもう一人は魔法をかじったことがあるようで、腕輪の効果が発揮されていることを確かめるとユリノアスに頷いて見せた。
「では、今度こそゆっくり休んでくれ。
マールアまではまだ長い。 体調を崩さぬようにな」
ユリノアスが退出すると残りの二人も続いて出ていく。
監視役まで外に出ていいのかと思ったが、魔封じのついたこの状態でマリナが逃げ出すとは思っていないのだろう。
若しくは逃げたところですぐに捕まえられると思っているのか。
扉が閉まり、鍵の音がしたところで抑えていた怒りが溢れた。
聞こえた音に溜め息が口から零れた。
現実逃避するのをやめてベッドに手を付き身体を起こす。
さっきからだるさが消えないのはこれが原因か。
目を落としてそこに存在する物を見つめる。
鈍い赤金色の腕輪は簡素ながらも品のある意匠が施されて美しい。
しかしそこに込められた効果を思えばどう好意的に解釈しても手枷としか言えないだろう。
込み上げる不快感に腕輪から視線を逸らす。
すると丁度視界に入った扉のノブが回った。
「ああ、ようやく目を覚ましたんだね。
少し薬の量が多かったのかと心配したんだよ」
入って来たのは艶のある長い黒髪に澄んだ水色の瞳をした男性。柔和に微笑む顔を見て急速に思考が動き出す。
「頭が痛かったりはしないかな?
不調があったら言ってくれ、医術の得意な者もいるから」
男性は扉を閉めてベッドの近くまでやってきて、こちらを気遣うように顔を覗き込んだ。
その心配げな顔を見て罵声を投げつけたくなったのは致し方ないことだと思う。
寸でのところで思い止まったが。
戸惑う表情で内心を隠して口を開く。
「あなたは……、どうしてここに?
いえ、それよりもここはどこですか?」
マリナの目の前にいるのはマールアの第三王子、ユリノアスその人だった。
どう考えてもこんな狭い部屋で二人きりになる関係性の相手ではない。
入ってきたのは彼だけだけど、当然外には護衛の人間も控えているはず。
一人で寝かせていたのは配慮であり油断だ。要らぬ警戒を植え付けたくはない。
腹立ちに任せて叫んで暴れたい気持ちではあるが、それをしたら状況が悪化するだけだとは理解していた。
「ここはセレスタの宿屋だ。 セレスタのどこかまでは私も知らないから答えられない」
予想が当たったことは全く嬉しくない。
何故、セレスタのどこかの宿屋に、マリナがいるのだ。
説明が著しく不足している。
察している答えが否定されないかと理性と感情の両方で思う。
「驚かせたかな? まだ混乱しているみたいだ」
当たり前だと心の中で毒づく。動揺せずにいられるわけがない。
ちらりと自分の腕に嵌まった腕輪を見下ろす。
これがあるから状況を把握できているだけで、そうでなければもっと慌てている。
「まだ身体がだるいだろうからゆっくり休んで……、と言いたいところだけど状況がわからないと不安だろうから簡単に説明するよ」
理解したところで不安はいや増すに決まっていると脳内で反論しながら黙って言葉を待つ。
「君はこれから私と共にマールアに来てもらう。
心配はいらないよ。 不自由はさせないし、大切にすると誓う」
「……」
途中までは予想の範囲内だったが後半の意味がわからない。
ゆっくりと首を振って理解できないと目を伏せる。
「ああ、突然のことで信じられないのも無理はないかもしれないけれど……」
言葉を切ったユリノアスがマリナの頬に触れる。驚いて視線を挙げると夢を見るような瞳でマリナを覗き込むユリノアスと目が合った。
「君の輝きに強く惹かれてしまった。
君を置いて国に帰ることなんて考えられなくなってしまったんだ。
強引なことをして申し訳ないけれどマールアも良い国だ。 きっと君も気に入るよ」
真面目に語られて唖然とする。
ありえない、そう頭で繰り返す。
(そんな理由で……?)
一欠片も理解できない。マリナとしてはそれを隠れ蓑にセレスタの魔法技術を欲していると言われた方がまだ理解できた。
呆然としたマリナに追い打ちをかけるようにユリノアスがマリナの腕に嵌まった腕輪を指しながら告げる。
「君は優れた魔術師だと言っていたから、魔封じを付けさせてもらっている。
知ってのとおり、マールアには魔法に長けた人材が乏しく、君を自由にはさせてあげられないんだ。
すまないとは思うけれど、理解してほしい」
申し訳なさそうな顔で謝るが、外してくれる気はないと言う。
外したら最後逃げられると思っているのでこれだけは外さないだろう。それは正しい。
一通り説明をし終えたと判断したユリノアスが部屋の外に声を掛けた。
外に待機していた護衛が二人中に入ってくる。
その内一人の顔を見て、マリナは思わず叫びそうになった。
「これは君の護衛兼雑用係だと思ってほしい。 何かあったら彼に言いつけてくれ」
「どうぞお見知りおきを。 不自由がありましたら何なりとお命じください」
そう言って頭を下げた男性に顔が引きつりそうになる。
わずかに赤い焦げ茶色の髪をした男性はシャルロッテの従兄弟を誑かしていた女性の仲間で……。
猫姿のマリナを捕まえたマールアの間諜だった。
(二度と会いたくなかった相手が目の前に……!)
あまりの偶然に目眩がする。彼相手では逃げられる気がしない。
笑顔を向けているが佇まいに隙はなく、兼監視役なのがよくわかる。
部屋に入ってきたもう一人は魔法をかじったことがあるようで、腕輪の効果が発揮されていることを確かめるとユリノアスに頷いて見せた。
「では、今度こそゆっくり休んでくれ。
マールアまではまだ長い。 体調を崩さぬようにな」
ユリノアスが退出すると残りの二人も続いて出ていく。
監視役まで外に出ていいのかと思ったが、魔封じのついたこの状態でマリナが逃げ出すとは思っていないのだろう。
若しくは逃げたところですぐに捕まえられると思っているのか。
扉が閉まり、鍵の音がしたところで抑えていた怒りが溢れた。
0
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説

【書籍化・3/7取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる