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セレスタ 波乱の婚約式編
桜を求めて 4
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長らくお休みをいただきました。
ようやく再開です。
待っていてくださった方、本当にありがとうございます。
――――――――――――――――――――――――――――
桜の魔力に浸っていると後ろから声が掛けられる。
「おや、久しぶりですねぇ」
振り返ると斎藤さんが立っていた。
穏やかな微笑みが懐かしい。
「めっきり姿が見えなくなったので心配していたんですが、元気な顔が見られて嬉しいですよ」
「斉藤さん、お久しぶりです」
帰る前に一度だけこの神社に来たけれど、斎藤さんには会えなかったのだ。
一言も挨拶をできなかったことは残念に思っていた。
「すみません。 急に故郷に帰ることになったので、ご挨拶もできなくて……」
短い間の付き合いだったとはいえかなりの頻度で顔を合わせていたので一言だけでも挨拶できたら良かったのだけれど。
マリナの言葉に斎藤さんが目を瞬く。
「故郷に……、そうでしたか」
「はい」
「健やかにお過ごしのようで何よりです」
にこにこと笑う斎藤さんの視線がマリナと、横に立つヴォルフへ交互に移る。
(まさか、わかるわけないわよね……)
黒犬のヴォルフと後ろにいる男性が同一の存在なんてわかるはずがない。
だというのに斎藤さんの顔はすべて知っているように見えた。
気のせいだと頭の中で言い聞かせたところで斎藤さんが真実に迫る。
「マリナさんたちが暮らす場所からはとても遠いでしょうに、また日本にいらしてくださるとは。
その身に戻った力は本当に素晴らしいものですね」
気がついているようにも取れる台詞。
知っているのか、偶然か、どちらだろう。
言葉に迷ったマリナを見て斎藤さんが頷く。
「このような仕事に就いていますとね、意外と不思議に出会うものなのですよ」
「それは、どういうことでしょう?」
マリナの問いかけに斎藤さんが笑みを深める。
「マリナさんもヴォルフ君もこの世界とは違う場所から来たのではないですか」
言い当てられて驚く。
国が違うと言われるのならともかく、世界が違うなんて……。
「どうしてわかるのですか?」
今までそんな素振りなんて見せたことがないのに、ヴォルフが黒犬姿だった時から知っていて黙っていたということだろうか。
「なんとなくですけれどね、この世界とは違う気配を感じたものですから。
流石にヴォルフ君が人間だったのはわかりませんでしたけれどね」
もしかして犬の姿が本性ということはありませんよね?と斎藤さんがヴォルフに問いかける。
「そんなわけがあるか。 これが本来の姿だ」
「ああ、やっぱりヴォルフ君でしたか。
本来の姿になっても雰囲気は一緒ですね」
穏やかな表情を崩さない斎藤さん。
「よくわかりましたね、全く姿が違うのに」
まだヴォルフだと紹介もしていないのにわかってしまうものなのかとマリナは更に驚く。
「本質が一緒なら姿が変わっても気配や雰囲気は変わらないものですよ。
しかし……、人が犬になるなんて驚きですねえ」
魔法がないはずのこの世界で、斎藤さんはあっさりと人が犬になっていたということを受け入れる。
あまりにすんなり受け入れたのでマリナの方が驚いた。
「この世界には魔法は物語にしかないと思っていたのですが……」
「そうですね、マリナさんが思うような魔法はないかもしれません。
でも、形は違っても不思議な出来事というのは存在しますからね」
そういうものかと首を傾げたくなるけれど、斎藤さんが言うとなんか本当に聞こえた。
「それで、お二人はどうしてこちらに?」
斎藤さんが尤もな疑問を口にする。
自分の世界に帰ったのにまた日本に来た理由――。
それを聞いた斎藤さんは初めて驚いた顔を見せた。
「桜を見に来ました」
「え……?」
わざわざ世界を渡って?とその目が言っている。
「ええ、テレビや写真で見た光景をこの目で見てみたくなりまして」
「あなたの世界ではそれほど簡単なことなのですか? 驚きます」
一般的に簡単かと言われるとそれも違う。
「いえ、そういうわけでもないのですが」
途中で言葉を濁す。話を逸らそうと背にしていた桜を見上げる。
「これも桜だったんですね、ここに来ていた時は花の時期ではなかったので気づきませんでした」
「ああ……、そうでしたね。 ちょうど葉桜の季節でしたね」
思い出すように斎藤さんが桜を見上げて微笑む。
「残念です。 ここの桜も見事なのですが少し早かったですね」
「そうですね、この桜が開いたらさぞ美しいでしょうに。 残念で仕方ないです」
心から残念だった。
きっと、とても綺麗で澄んだ魔力が降り注ぐことだろう。
肩を落とすマリナに斎藤さんが手を叩く。
「そういうことなら、おすすめの場所があります」
そう言って斎藤さんが進めてくれたのは、ここからかなり離れた場所だった。
薄色の花びらが風に煽られて舞う。
あまりの美しさに口からは感嘆の溜め息しか出てこない。
「……」
見上げれば大きく枝を広げた桜が視界いっぱいに薄紅色の雫を降らせている。
さぁっと風が吹き付ける度、花弁が一斉に舞い散る。
繰り返される一瞬の美しさ、刹那に消えてしまうその姿に心のどこかが捕まれたように苦しい。
美しすぎて泣きたくなる――。
そんな光景があるのだと初めて知った。
儚く消え行く姿とは裏腹に、花弁が吹き散らされる度に辺りには力が満ち、目眩がしそうなほど濃密な魔力が渦巻く。
目の前に広がる絶景にただ圧倒された。
ようやく再開です。
待っていてくださった方、本当にありがとうございます。
――――――――――――――――――――――――――――
桜の魔力に浸っていると後ろから声が掛けられる。
「おや、久しぶりですねぇ」
振り返ると斎藤さんが立っていた。
穏やかな微笑みが懐かしい。
「めっきり姿が見えなくなったので心配していたんですが、元気な顔が見られて嬉しいですよ」
「斉藤さん、お久しぶりです」
帰る前に一度だけこの神社に来たけれど、斎藤さんには会えなかったのだ。
一言も挨拶をできなかったことは残念に思っていた。
「すみません。 急に故郷に帰ることになったので、ご挨拶もできなくて……」
短い間の付き合いだったとはいえかなりの頻度で顔を合わせていたので一言だけでも挨拶できたら良かったのだけれど。
マリナの言葉に斎藤さんが目を瞬く。
「故郷に……、そうでしたか」
「はい」
「健やかにお過ごしのようで何よりです」
にこにこと笑う斎藤さんの視線がマリナと、横に立つヴォルフへ交互に移る。
(まさか、わかるわけないわよね……)
黒犬のヴォルフと後ろにいる男性が同一の存在なんてわかるはずがない。
だというのに斎藤さんの顔はすべて知っているように見えた。
気のせいだと頭の中で言い聞かせたところで斎藤さんが真実に迫る。
「マリナさんたちが暮らす場所からはとても遠いでしょうに、また日本にいらしてくださるとは。
その身に戻った力は本当に素晴らしいものですね」
気がついているようにも取れる台詞。
知っているのか、偶然か、どちらだろう。
言葉に迷ったマリナを見て斎藤さんが頷く。
「このような仕事に就いていますとね、意外と不思議に出会うものなのですよ」
「それは、どういうことでしょう?」
マリナの問いかけに斎藤さんが笑みを深める。
「マリナさんもヴォルフ君もこの世界とは違う場所から来たのではないですか」
言い当てられて驚く。
国が違うと言われるのならともかく、世界が違うなんて……。
「どうしてわかるのですか?」
今までそんな素振りなんて見せたことがないのに、ヴォルフが黒犬姿だった時から知っていて黙っていたということだろうか。
「なんとなくですけれどね、この世界とは違う気配を感じたものですから。
流石にヴォルフ君が人間だったのはわかりませんでしたけれどね」
もしかして犬の姿が本性ということはありませんよね?と斎藤さんがヴォルフに問いかける。
「そんなわけがあるか。 これが本来の姿だ」
「ああ、やっぱりヴォルフ君でしたか。
本来の姿になっても雰囲気は一緒ですね」
穏やかな表情を崩さない斎藤さん。
「よくわかりましたね、全く姿が違うのに」
まだヴォルフだと紹介もしていないのにわかってしまうものなのかとマリナは更に驚く。
「本質が一緒なら姿が変わっても気配や雰囲気は変わらないものですよ。
しかし……、人が犬になるなんて驚きですねえ」
魔法がないはずのこの世界で、斎藤さんはあっさりと人が犬になっていたということを受け入れる。
あまりにすんなり受け入れたのでマリナの方が驚いた。
「この世界には魔法は物語にしかないと思っていたのですが……」
「そうですね、マリナさんが思うような魔法はないかもしれません。
でも、形は違っても不思議な出来事というのは存在しますからね」
そういうものかと首を傾げたくなるけれど、斎藤さんが言うとなんか本当に聞こえた。
「それで、お二人はどうしてこちらに?」
斎藤さんが尤もな疑問を口にする。
自分の世界に帰ったのにまた日本に来た理由――。
それを聞いた斎藤さんは初めて驚いた顔を見せた。
「桜を見に来ました」
「え……?」
わざわざ世界を渡って?とその目が言っている。
「ええ、テレビや写真で見た光景をこの目で見てみたくなりまして」
「あなたの世界ではそれほど簡単なことなのですか? 驚きます」
一般的に簡単かと言われるとそれも違う。
「いえ、そういうわけでもないのですが」
途中で言葉を濁す。話を逸らそうと背にしていた桜を見上げる。
「これも桜だったんですね、ここに来ていた時は花の時期ではなかったので気づきませんでした」
「ああ……、そうでしたね。 ちょうど葉桜の季節でしたね」
思い出すように斎藤さんが桜を見上げて微笑む。
「残念です。 ここの桜も見事なのですが少し早かったですね」
「そうですね、この桜が開いたらさぞ美しいでしょうに。 残念で仕方ないです」
心から残念だった。
きっと、とても綺麗で澄んだ魔力が降り注ぐことだろう。
肩を落とすマリナに斎藤さんが手を叩く。
「そういうことなら、おすすめの場所があります」
そう言って斎藤さんが進めてくれたのは、ここからかなり離れた場所だった。
薄色の花びらが風に煽られて舞う。
あまりの美しさに口からは感嘆の溜め息しか出てこない。
「……」
見上げれば大きく枝を広げた桜が視界いっぱいに薄紅色の雫を降らせている。
さぁっと風が吹き付ける度、花弁が一斉に舞い散る。
繰り返される一瞬の美しさ、刹那に消えてしまうその姿に心のどこかが捕まれたように苦しい。
美しすぎて泣きたくなる――。
そんな光景があるのだと初めて知った。
儚く消え行く姿とは裏腹に、花弁が吹き散らされる度に辺りには力が満ち、目眩がしそうなほど濃密な魔力が渦巻く。
目の前に広がる絶景にただ圧倒された。
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