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セレスタ 波乱の婚約式編
誕生日の贈り物 2
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触れていた身体から少しずつ力が抜けて行く。
「マリナ? 寝たのか?」
寝たふりじゃないかと頬に触れて確認する。
マリナは意外とちょっと触ったくらいでは起きない。
親指で頬を撫で顔を見つめる。
頬が染まったり瞼が動いたりしないので本当に寝ているようだ。
手を離して顔を覗き込む。
隈はできていないが顔色が少し悪い。
熱中すると寝食忘れるのは悪い癖だ。
それでも仕事はしていたし、落ち着いたら自制すると思って以前は放置していた。
実際マリナはちゃんと体調管理もしていて倒れるようなこともなかったのだが……。
今ならそれは気を張っていただけで結構無理をしていたんじゃないかと思える。
以前なら少しの顔色の変化なんて気が付かなかった。見ていたら気づけたはずなのに。
ちゃんと見ていると顔色が変わらなくても眠そうに目を瞬いているところなどが目に入ってくる。
ちょくちょく夜更かしをしているらしい。
夜の方が頭が冴えるのでつい止まらなくなると言っていた。
しかしそんな急ぐ仕事もないのになんで夜更かしをしているのか不思議だ。
眠りが深いのを確かめて部屋を出る。
ヴォルフが夜更かしの理由を知ったのは数日後のことだった。
執務が終わり先に部屋に戻ったマリナは、準備していた食材を持ってヴォルフの部屋に移動した。
下ごしらえは済んでいるので後は調理をするだけ。
魔道具に食材を入れ起動させる。
ヴォルフが自室に戻った頃には、部屋には良い香りが漂っていた。
「ずいぶん豪勢だな」
並べられた料理を見てヴォルフが呟く。
「いつも簡単な物しか作らないから今回は下ごしらえに時間をかけてみたわ」
得意気に言ってみる。ヴォルフは素直に頷いた。
「本当に何でもできるな」
すごいと素直に称賛されて慌てた。
「え、言ってみただけよ?! ちょっと漬け込んで焼いただけだし!」
下ごしらえ以外はほとんど手を掛けていない。
「そうなのか? 俺から見るとすごく手が込んでいるように思えるぞ?」
「うーん、普段よりは手を掛けてるけどそこまで大したものじゃないわよ?」
「そうは言うがこれなんかは時間かかっただろう」
ヴォルフがこの塊肉をあぶった料理を指差す。
気付いてくれてちょっとうれしい。
「うん、これだけはちょっと時間かかったけど。
後はいつもと同じよ? そのお肉も下ごしらえ以外はほとんど何もしてないし」
準備をしたら調理用の魔道具に入れて待つだけだった。
魔道具はやっぱり便利だ。
「ありがとう」
誕生日だからいつもより少しだけ豪華な物を作ってみた。
喜んでもらえたようで何よりだ。
「お前の誕生日にももっと色々すれば良かったな」
ヴォルフが悔やむような声で言うので慌てて否定する。
あの時は一緒に誕生日を迎えられるかもわからなかったし、用意しても無駄になった可能性もあった。
「十分だって!
それに、ヴォルフは私が一番欲しかったものをくれたもの」
はにかみながら微笑む。
ヴォルフがくれたのはとびっきりの祝福だった。
『生まれてきてくれてありがとう』
それはきっと、マリナがずっと言われたかった言葉だ。
あんなに心が震えたのは誰かにそう言って欲しかったんだろう。
考えたことも無い、自分では気が付かなかった望み。
「だから、私こそありがとう」
こうして共にいられることも、たくさんの想いをくれたことも、全部に感謝してる。
「食べよ!」
改めて感謝の言葉を口にするのは照れ臭くて、無理矢理話を移す。
お皿を取ってこようと後ろを向いたら腕を取られてそのまま抱きしめられる、どころじゃなく抱き上げられた。
「……っ!」
いきなり視点が変わって驚くマリナの目にヴォルフの顔が近づいてくる。
「……!」
至近距離で覗き込む黒い瞳は甘く、伝わる熱情に鼓動が激しくなった。
胸が苦しいけれど視線が逸らせない。
ヴォルフの瞳があまりに愛しげに見つめるから、マリナはその瞳に見入ってしまう。
「……」
息が苦しくなってきた頃、くちびるが離され……。
息を吸おうと薄く開いたくちびるを舐められた。
「…なっ!」
何するのよ!と言いたかったのに言葉にならない。
かぁっと顔に熱が上る。
ヴォルフは自身が何をしたのか確かめるようにくちびるに触れている。
そのくちびるの隙間から見えた舌にまだ熱が上がっていく。
きっと顔は真っ赤になっているに違いない。
抱き上げられて腕の中にいるため距離を取ることもできず、ただヴォルフの顔を見つめる。
返ってくる瞳の熱さにこれ以上ないほど顔に熱が集まる。
「ヴォルフっ?」
焦った声で名前を呼ぶ。
黙っていたら妖しい雰囲気に呑まれてしまいそうな気がした。
ヴォルフは我に返ったのかマリナが腕の中にいることに不思議そうな顔をしている。
「ああ、食事だったな」
口を開くと妖しい雰囲気が霧散する。
頬に触れるだけの口づけを落として降ろしてくれた。
(よ、良かった……)
何がかはわからないけれど助かった気がする。
いや、本当はわからないわけじゃないけど。
気が付かなかったことにしてお皿を取りに行く。
さっきまでお腹が空いていたのに、食欲を感じない。
これが胸が一杯で食事も通らないという状態なんだろうか。
逃避のために思考を巡らせながら料理をよそう。
切り分けた肉を口に入れると肉の旨みが広がった。
じっくり焼いた香ばしい肉に甘辛いたれが絡んで美味しい。
上手くできてよかった、と思いながら味わう。
一口食べたら空腹が蘇ってきた。
並べてある料理を皿に取る。
自画自賛だけど本当に美味しくできたと思う。
ヴォルフもすごい勢いで料理を減らしている。
穏やかな空気が戻って来てほっと胸を撫で下ろす。
慌てたせいで魔道具のことが頭から飛んだ。
マリナがそれを思い出したのは食事が終わって大分経ってからだった。
「マリナ? 寝たのか?」
寝たふりじゃないかと頬に触れて確認する。
マリナは意外とちょっと触ったくらいでは起きない。
親指で頬を撫で顔を見つめる。
頬が染まったり瞼が動いたりしないので本当に寝ているようだ。
手を離して顔を覗き込む。
隈はできていないが顔色が少し悪い。
熱中すると寝食忘れるのは悪い癖だ。
それでも仕事はしていたし、落ち着いたら自制すると思って以前は放置していた。
実際マリナはちゃんと体調管理もしていて倒れるようなこともなかったのだが……。
今ならそれは気を張っていただけで結構無理をしていたんじゃないかと思える。
以前なら少しの顔色の変化なんて気が付かなかった。見ていたら気づけたはずなのに。
ちゃんと見ていると顔色が変わらなくても眠そうに目を瞬いているところなどが目に入ってくる。
ちょくちょく夜更かしをしているらしい。
夜の方が頭が冴えるのでつい止まらなくなると言っていた。
しかしそんな急ぐ仕事もないのになんで夜更かしをしているのか不思議だ。
眠りが深いのを確かめて部屋を出る。
ヴォルフが夜更かしの理由を知ったのは数日後のことだった。
執務が終わり先に部屋に戻ったマリナは、準備していた食材を持ってヴォルフの部屋に移動した。
下ごしらえは済んでいるので後は調理をするだけ。
魔道具に食材を入れ起動させる。
ヴォルフが自室に戻った頃には、部屋には良い香りが漂っていた。
「ずいぶん豪勢だな」
並べられた料理を見てヴォルフが呟く。
「いつも簡単な物しか作らないから今回は下ごしらえに時間をかけてみたわ」
得意気に言ってみる。ヴォルフは素直に頷いた。
「本当に何でもできるな」
すごいと素直に称賛されて慌てた。
「え、言ってみただけよ?! ちょっと漬け込んで焼いただけだし!」
下ごしらえ以外はほとんど手を掛けていない。
「そうなのか? 俺から見るとすごく手が込んでいるように思えるぞ?」
「うーん、普段よりは手を掛けてるけどそこまで大したものじゃないわよ?」
「そうは言うがこれなんかは時間かかっただろう」
ヴォルフがこの塊肉をあぶった料理を指差す。
気付いてくれてちょっとうれしい。
「うん、これだけはちょっと時間かかったけど。
後はいつもと同じよ? そのお肉も下ごしらえ以外はほとんど何もしてないし」
準備をしたら調理用の魔道具に入れて待つだけだった。
魔道具はやっぱり便利だ。
「ありがとう」
誕生日だからいつもより少しだけ豪華な物を作ってみた。
喜んでもらえたようで何よりだ。
「お前の誕生日にももっと色々すれば良かったな」
ヴォルフが悔やむような声で言うので慌てて否定する。
あの時は一緒に誕生日を迎えられるかもわからなかったし、用意しても無駄になった可能性もあった。
「十分だって!
それに、ヴォルフは私が一番欲しかったものをくれたもの」
はにかみながら微笑む。
ヴォルフがくれたのはとびっきりの祝福だった。
『生まれてきてくれてありがとう』
それはきっと、マリナがずっと言われたかった言葉だ。
あんなに心が震えたのは誰かにそう言って欲しかったんだろう。
考えたことも無い、自分では気が付かなかった望み。
「だから、私こそありがとう」
こうして共にいられることも、たくさんの想いをくれたことも、全部に感謝してる。
「食べよ!」
改めて感謝の言葉を口にするのは照れ臭くて、無理矢理話を移す。
お皿を取ってこようと後ろを向いたら腕を取られてそのまま抱きしめられる、どころじゃなく抱き上げられた。
「……っ!」
いきなり視点が変わって驚くマリナの目にヴォルフの顔が近づいてくる。
「……!」
至近距離で覗き込む黒い瞳は甘く、伝わる熱情に鼓動が激しくなった。
胸が苦しいけれど視線が逸らせない。
ヴォルフの瞳があまりに愛しげに見つめるから、マリナはその瞳に見入ってしまう。
「……」
息が苦しくなってきた頃、くちびるが離され……。
息を吸おうと薄く開いたくちびるを舐められた。
「…なっ!」
何するのよ!と言いたかったのに言葉にならない。
かぁっと顔に熱が上る。
ヴォルフは自身が何をしたのか確かめるようにくちびるに触れている。
そのくちびるの隙間から見えた舌にまだ熱が上がっていく。
きっと顔は真っ赤になっているに違いない。
抱き上げられて腕の中にいるため距離を取ることもできず、ただヴォルフの顔を見つめる。
返ってくる瞳の熱さにこれ以上ないほど顔に熱が集まる。
「ヴォルフっ?」
焦った声で名前を呼ぶ。
黙っていたら妖しい雰囲気に呑まれてしまいそうな気がした。
ヴォルフは我に返ったのかマリナが腕の中にいることに不思議そうな顔をしている。
「ああ、食事だったな」
口を開くと妖しい雰囲気が霧散する。
頬に触れるだけの口づけを落として降ろしてくれた。
(よ、良かった……)
何がかはわからないけれど助かった気がする。
いや、本当はわからないわけじゃないけど。
気が付かなかったことにしてお皿を取りに行く。
さっきまでお腹が空いていたのに、食欲を感じない。
これが胸が一杯で食事も通らないという状態なんだろうか。
逃避のために思考を巡らせながら料理をよそう。
切り分けた肉を口に入れると肉の旨みが広がった。
じっくり焼いた香ばしい肉に甘辛いたれが絡んで美味しい。
上手くできてよかった、と思いながら味わう。
一口食べたら空腹が蘇ってきた。
並べてある料理を皿に取る。
自画自賛だけど本当に美味しくできたと思う。
ヴォルフもすごい勢いで料理を減らしている。
穏やかな空気が戻って来てほっと胸を撫で下ろす。
慌てたせいで魔道具のことが頭から飛んだ。
マリナがそれを思い出したのは食事が終わって大分経ってからだった。
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