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セレスタ 弟さんの結婚式編
ミリアムの矜持
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話を聞かせてほしいというマリナ様を振り切って会場を出て来てしまった。
散々迷惑をかけたミリアムにもそう言ってくれる優しさに目頭が熱くなる。
どうにか取り繕って立ち去ったのだけれど騙されてくれるかしら。
ムリでしょうねえ…。
優しい方だから。
追いかけて来ないよう話をしたそうに見ていた方に場を譲ってきた。
無視してミリアムを追いかけて来ることは今のマリナ様には出来ない。
話しかけていたのはミリアムの家と同じ伯爵家の方だけれど、あちらはご当主なので優先しないとまずかった。
必要以上の軋轢を生まず均衡を取って双翼として立ち続けるなら、多くの貴族から嫌われないようにする必要がある。
故にミリアムを追いかける人はいない、はずだった。
「帰んの?」
投げやりな声が暗い庭に響く。
石畳を避け、芝生の上を歩いていた足が勝手に止まった。
今日のような華やかな舞台を好む人ではない。
それなのに、意外だとは思わなかった。いつでも突然な人だ。
ゆっくりと振り向くと思い描いた通りの人が立っている。
「メルヒオール…」
いつもと同じ魔術師のローブ姿。
舞踏会が開かれていることも知らなかったのかもしれない。
ミリアムとメルヒオールの間には柱一本分くらいの距離が空いている。
数歩では近づけない距離。
それが心の距離のように感じられる。
「アイツに会いに来たんじゃないの?」
茶色の瞳にどんな感情を宿しているのか見えない。
「会ったので帰るところです」
「ふぅん」
気のない返事をしながらメルヒオールが一歩近づく。
「何か酷い顔してるね」
言うに事欠いて女性になんて言いぐさなのか。
「失礼にもほどがある発言ですね」
呆れた。これでよく王宮魔術師が務まるものだと思う。
「だって今までで一番酷い顔してる」
失礼な発言を繰り返すメルヒオールに目を吊り上げる。
メルヒオールは形だけの非難には興味がないと淡々と言葉を続けた。
「泣くか笑うかどっちかの顔にしなよ」
どうでもよさそうな声音に苛立ちが込み上げる。
睫毛に付いた涙を指で払ってメルヒオールを睨む。
余計なお世話だと全身から怒りが見えるように威圧した。
「怒るんだ、その方が自然で良いんじゃない?」
相手の怒りにも全く動じずに自分の目線で話をする。
胸を焦がす怒りと切なさに表情が歪む。
「貴方にもご挨拶をしておくべきかしら?」
意味が分からないという顔をするメルヒオールに彼が嫌う笑みで笑いかける。
「私年内に嫁ぐことが決まりました。
マリナ様にもご挨拶出来ましたので、もうこちらに来ることは無いでしょう」
メルヒオールの瞼がぴくりと動く。
「へえ、誰と?」
「ご存じないと思いますよ? フレスの方ですもの」
僅かに不快そうに眉が寄る。反応を見せたことに口元が吊り上る。
「ふうん、他国のジジイに金と引き換えに嫁いで行くんだ」
「そこまでお年を召した方ではありませんよ?
十五ばかりしか離れていませんから」
ミリアムは今19歳なので相手は34だ。政略結婚としてはそこまで悲惨な方ではない。
「きっと私を大切にしてくださると思います。
少しばかりお相手を探すのに苦労していらっしゃったみたいですもの」
大国の伯爵家の娘という面倒な相手を引き受けるくらいに困っていたのならそれこそ下にも置かない扱いをするでしょう。
ミリアムの瑕疵を知っていて受け入れたのなら尚更。余程難儀していたのだと推察できる。
微かに滲む自嘲に目を細めるとメルヒオールがもう一歩近づいた。
「助けを求めに来たんじゃないんだ」
意外そうな声で問いかける。
起伏の乏しい声の奥にあるのは呆れと感心だろうか。
「泣いて縋ってみないの?
アイツは甘いからどうしても嫌だって言ったら助けてくれるんじゃない?」
何を言うのかと思えば…、くだらない。
「助けてほしいなんて誰が、いつ、言ったのですか?」
メルヒオールの目が意表を突かれたように見開く。
「逃げたいなんて言った覚えはないのですけれど、それは誰の願望でしょうか」
首を傾げると今度こそはっきりと顔を歪めた。
傷付けたことに嬉しさを感じるなんておかしなことだと思う。
けれど紛れもなく喜びを感じている。
相手の中で自分が傷を作れるほどに大きな存在だと知れたから。
「本気でフレスに行くつもりなんだ」
「ええ」
「自分を見限った家族の為に?」
ああ、メルヒオールも知っていたのね。
当時子供だったマリナ様は知らなかったようだけれど。
年代を考えればメルヒオールが知っていてもおかしくはない。
「家族が私をどう思っていようが、これまで与えられた物に対して報いようとするのは当然ではありません?」
一度の過ちでミリアムを見限った両親に思うところがない訳ではないが、弟は可愛い。
ミリアムが嫁ぐことが弟の為になるのなら特に興味がないことに意味を見出せる。
その弟がミリアムを疎んでいても、それは関係ない。
純粋で、愚かしくて可愛い。
弟には幸せになってほしいと思う。
その幸せがいくつもの偶然と運によって成り立っている薄氷だと気が付く日が来なければいい。
「義務だからってわけ?」
「そのようなつもりはありませんよ?
しいて言うなら負けたくないからでしょうか」
ミリアムにもプライドはある。
泣いて逃げて成すべきことから目を逸らして生きるのはプライドが許さない。
「マリナ様に師事する時間がなかったことだけが悔やまれますけれど」
フレスは離れすぎている。
他の魔術師はフレスでも縁を掴めるかもしれないけれど、マリナ様とは縁が切れてしまう。
頬に手を当てて残念だと息を吐くと縋ることも出来ない男が悪態を吐く。
「出戻ったらまた教えを乞いに通いつめればいいんじゃない」
「縁起でもないことを言いますね。
結婚する人間に祝福の言葉一つ言えないんですか」
「心にもないことは言わない。 ソイツとは違うから」
メルヒオールの視線が上に動く。
自然と視線を追ったミリアムの目に入ったのは露台から飛び降りてきたマリナ様の姿だった。
散々迷惑をかけたミリアムにもそう言ってくれる優しさに目頭が熱くなる。
どうにか取り繕って立ち去ったのだけれど騙されてくれるかしら。
ムリでしょうねえ…。
優しい方だから。
追いかけて来ないよう話をしたそうに見ていた方に場を譲ってきた。
無視してミリアムを追いかけて来ることは今のマリナ様には出来ない。
話しかけていたのはミリアムの家と同じ伯爵家の方だけれど、あちらはご当主なので優先しないとまずかった。
必要以上の軋轢を生まず均衡を取って双翼として立ち続けるなら、多くの貴族から嫌われないようにする必要がある。
故にミリアムを追いかける人はいない、はずだった。
「帰んの?」
投げやりな声が暗い庭に響く。
石畳を避け、芝生の上を歩いていた足が勝手に止まった。
今日のような華やかな舞台を好む人ではない。
それなのに、意外だとは思わなかった。いつでも突然な人だ。
ゆっくりと振り向くと思い描いた通りの人が立っている。
「メルヒオール…」
いつもと同じ魔術師のローブ姿。
舞踏会が開かれていることも知らなかったのかもしれない。
ミリアムとメルヒオールの間には柱一本分くらいの距離が空いている。
数歩では近づけない距離。
それが心の距離のように感じられる。
「アイツに会いに来たんじゃないの?」
茶色の瞳にどんな感情を宿しているのか見えない。
「会ったので帰るところです」
「ふぅん」
気のない返事をしながらメルヒオールが一歩近づく。
「何か酷い顔してるね」
言うに事欠いて女性になんて言いぐさなのか。
「失礼にもほどがある発言ですね」
呆れた。これでよく王宮魔術師が務まるものだと思う。
「だって今までで一番酷い顔してる」
失礼な発言を繰り返すメルヒオールに目を吊り上げる。
メルヒオールは形だけの非難には興味がないと淡々と言葉を続けた。
「泣くか笑うかどっちかの顔にしなよ」
どうでもよさそうな声音に苛立ちが込み上げる。
睫毛に付いた涙を指で払ってメルヒオールを睨む。
余計なお世話だと全身から怒りが見えるように威圧した。
「怒るんだ、その方が自然で良いんじゃない?」
相手の怒りにも全く動じずに自分の目線で話をする。
胸を焦がす怒りと切なさに表情が歪む。
「貴方にもご挨拶をしておくべきかしら?」
意味が分からないという顔をするメルヒオールに彼が嫌う笑みで笑いかける。
「私年内に嫁ぐことが決まりました。
マリナ様にもご挨拶出来ましたので、もうこちらに来ることは無いでしょう」
メルヒオールの瞼がぴくりと動く。
「へえ、誰と?」
「ご存じないと思いますよ? フレスの方ですもの」
僅かに不快そうに眉が寄る。反応を見せたことに口元が吊り上る。
「ふうん、他国のジジイに金と引き換えに嫁いで行くんだ」
「そこまでお年を召した方ではありませんよ?
十五ばかりしか離れていませんから」
ミリアムは今19歳なので相手は34だ。政略結婚としてはそこまで悲惨な方ではない。
「きっと私を大切にしてくださると思います。
少しばかりお相手を探すのに苦労していらっしゃったみたいですもの」
大国の伯爵家の娘という面倒な相手を引き受けるくらいに困っていたのならそれこそ下にも置かない扱いをするでしょう。
ミリアムの瑕疵を知っていて受け入れたのなら尚更。余程難儀していたのだと推察できる。
微かに滲む自嘲に目を細めるとメルヒオールがもう一歩近づいた。
「助けを求めに来たんじゃないんだ」
意外そうな声で問いかける。
起伏の乏しい声の奥にあるのは呆れと感心だろうか。
「泣いて縋ってみないの?
アイツは甘いからどうしても嫌だって言ったら助けてくれるんじゃない?」
何を言うのかと思えば…、くだらない。
「助けてほしいなんて誰が、いつ、言ったのですか?」
メルヒオールの目が意表を突かれたように見開く。
「逃げたいなんて言った覚えはないのですけれど、それは誰の願望でしょうか」
首を傾げると今度こそはっきりと顔を歪めた。
傷付けたことに嬉しさを感じるなんておかしなことだと思う。
けれど紛れもなく喜びを感じている。
相手の中で自分が傷を作れるほどに大きな存在だと知れたから。
「本気でフレスに行くつもりなんだ」
「ええ」
「自分を見限った家族の為に?」
ああ、メルヒオールも知っていたのね。
当時子供だったマリナ様は知らなかったようだけれど。
年代を考えればメルヒオールが知っていてもおかしくはない。
「家族が私をどう思っていようが、これまで与えられた物に対して報いようとするのは当然ではありません?」
一度の過ちでミリアムを見限った両親に思うところがない訳ではないが、弟は可愛い。
ミリアムが嫁ぐことが弟の為になるのなら特に興味がないことに意味を見出せる。
その弟がミリアムを疎んでいても、それは関係ない。
純粋で、愚かしくて可愛い。
弟には幸せになってほしいと思う。
その幸せがいくつもの偶然と運によって成り立っている薄氷だと気が付く日が来なければいい。
「義務だからってわけ?」
「そのようなつもりはありませんよ?
しいて言うなら負けたくないからでしょうか」
ミリアムにもプライドはある。
泣いて逃げて成すべきことから目を逸らして生きるのはプライドが許さない。
「マリナ様に師事する時間がなかったことだけが悔やまれますけれど」
フレスは離れすぎている。
他の魔術師はフレスでも縁を掴めるかもしれないけれど、マリナ様とは縁が切れてしまう。
頬に手を当てて残念だと息を吐くと縋ることも出来ない男が悪態を吐く。
「出戻ったらまた教えを乞いに通いつめればいいんじゃない」
「縁起でもないことを言いますね。
結婚する人間に祝福の言葉一つ言えないんですか」
「心にもないことは言わない。 ソイツとは違うから」
メルヒオールの視線が上に動く。
自然と視線を追ったミリアムの目に入ったのは露台から飛び降りてきたマリナ様の姿だった。
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