双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

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セレスタ 弟さんの結婚式編

目撃者

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 腕に掴まる女を見ながらこっそりほくそ笑む。
 テラスに出たところで自分の作戦は半ば成功したと言える。
 騎士殿から離れることを多少迷っていたが結局は私についてきた。
 混ぜた酒の影響もあるのだろうが容易いものだ。
 父に今回の仕事を命じられたときは憤りを感じたものだが、父の憂慮も尤もである。
 魔女と呼ばれるほど大層な魔術師だというがそうは見えない。
 油断を誘う容姿と振る舞いで騎士殿に擦り寄ったのだろう。
 共に時間を過ごすことが多いので勘違いしたか。
 元々身分が違い過ぎる。着飾って誤魔化したところで身に流れる血は変えられない。
 彼女が他の男に気を移せば騎士殿も目を覚まし、自身に相応しい令嬢を迎えるだろう。
 父はそこに従姉妹を入れたいようだ。必要とあれば養女に迎えて我が家から嫁がせるつもりでいる。
 騎士殿を落とせるかどうかは従姉妹の手腕次第だが、確率を上げるのは周りの役目だ。
 その一つが自分に与えられた魔女を騎士殿から引き離すというもの。
 感謝してほしいくらいだ。自分のおかげで分不相応な夢から抜け出せるのだから。
 嘲りを心に隠し魔女への賛辞を口に乗せた。
「美しい夜ですね。 月の光が優しく包んでくれるようだと思いませんか」
「ええ、本当に。 庭の花も霞んでしまう美しさですね」
 テラスから見える庭園は邪魔にならない程度に灯りで照らされ、夜らしい控えめな彩りを見せている。
「たとえ今宵が新月だとしても庭の花たちも、天に輝く星たちも主役にはなれないでしょう。
 宵闇に浮かび上がる至上の薔薇の前にかすんでしまうでしょうから」
 さりげなく手を取ると緊張に強張った。
 口説かれ慣れていないその様子に笑みを深め更に強く手を握る。
 手袋に包まれていない手の甲を指で撫でると小さく震えた。
 指の付け根をきゅっと握ると小さく悲鳴のような吐息を上げる。
 何も知らない少女のような反応に他愛ないと込み上げる笑みを優しげなものに意識して変えた。
「あなたの声は甘い蜜のようですね。
 おかげで薔薇に引き寄せられる蝶の如く、あなたの傍から離れられなくなってしまいそうです」
「ご冗談は…」
 困ったように微笑む。
 ただの少女のような表情に他愛ないと心で笑った。
 否定する言葉に被せる。
「冗談などとそんな悲しいことをおっしゃらないでください。
 私はこんなにもあなたに惹かれているのに」
 ゆっくりと顔を近づけると戸惑うように首を振った。
 これほど危うい距離にいるのに拒否もしないとは、呆れるばかりだ。
 自分が何をされようとしているのかわかっていないのか。
 王宮で育ったとはいえ、誰にも見向きされなかったのならこの反応も頷ける。
「芳しく誘う薔薇から溢れる蜜はきっととても甘いのでしょうね」
 比喩を交えながら誘いかける。
 普通の令嬢なら頬を染める文句にも平然としている。
「私にも分けてくださいませんか? その甘露を…」
 魔女は何も言わず近づく私をじっと見つめていた。
 吐息で触れようとした瞬間、何かに阻まれるのを感じた。
 違和感に自分の身体を見下ろしても何もおかしなところはない。
 顔を上げるとぞっとするほど冷たい表情で魔女が見ていた。
 思わず身を引こうとして違和感の正体がわかる。身体が動かないのだ。
「な、何をした…?」
「特に何も」
 口が利けることに僅かながら安堵する。
 自分の意思に従わず動かぬ身体。魔女が何かをしたのは明白だ。
「嘘を言うな! お前が何かしたんだろう!」
「言葉が乱れていますね。 演じるのならもう少し徹底したらいかがです?」
 人を食った言い方に手を上げようとする。しかし指先はぴくりとも動かなかった。
「魔女め…! 私を操ってどうしようというのだ!」
 身体が動かないのは魔女が身体を操っているせいだ、それ以外に説明がつかない。
「操るだなんて…、的外れです。 私は身体の時を少し止めただけ…。
 人を操るなどと無粋なことはしません」
 どなたかと違って…、と笑う声が癇に障る。
 混ぜた酒は他人の言うことを信じやすくなるという効果があった。
 口を付けたのは自分が操られないという確証があったに違いない。なんらかの対応をしていたのだろう。
 小娘に嗤われる屈辱に臓腑が煮えたぎるほどの怒りを覚えた。
「私はあなたを操ってなどいません。 あなた自ら取った行動です。
 ……人から見たらどう見えるでしょうね?」
 瞳が示す方向に視線を動かすと…。
 そこには一人の男が立っていた。
 癖のない黒髪と平凡な顔立ちの男。
 盛装をしているからには招かれた貴族のはずだが自分に見覚えはない。
 つまり覚えておくほどの価値のない下級貴族だろう。
「何を見ている」
 苛立ちに言葉を吐き捨てる。
 不躾な視線よりも苛立たせるのはその顔に侮蔑の感情が浮かんでいることだった。
 誰に向かってそのような顔を向けているか理解しているのか。
 自分が睨みつけても男は冷静な顔を崩さず、驚きの言葉を投げてきた。
「何を見ている、ですか。
 分別の付く紳士であろう方が成人を迎えて間もない少女の手を掴んで関係を迫っている所、ですかね」
「なっ…!」
 男の言葉に怒りよりも驚愕と恐れが襲った。
「お互いで楽しむ戯れなら他人の口を挿むところではありませんが、幼い少女に対する暴挙は見過ごせませんね」
 不名誉な噂。それが貴族の間でどれほど影響があるか。
『どう見えるでしょうね?』
 冷たい瞳で浮かべた笑みの意味に愕然とする。
 罠にはまったのは私の方だった。一片の言い訳すらできない状況に冷や汗が伝う。
 さらに男の後ろから出てきた人物を見て全身が震えた。
 双翼の騎士、ヴォルフ殿が射殺しそうな視線でテラスに出てきたのだ。
「マリナが俺の婚約者になったことは周知されていると思っていたのだがな」
 地を這うような声が内包する怒りを表しているようだった。
「ええ、私のような末端貴族までお二人の婚約は伝わって来ています。
 よもやお二人で参加されている夜会でこのような不埒な真似をする輩がいようとは…」
 違うと心で叫んでも威圧に晒されて引き攣った喉からは言葉が出てこない。
 目の前に立った騎士の迫力に自然と体が震える。
 見上げる程の身長に鍛えられた体躯。その身体から振るわれる力は容易く私を害することが出来るものだと気が付いてしまった。
 怪しい酒を使って婚約者を惑わそうとした不届き者を見つけ、排除しようとしたが“やりすぎてしまった”それが通用するのだ。
 彼にはそうする理由と許されるだけの権力がある。
 必死に弁解を考えたが言い逃れを許さない瞳が私を刺していた。
「とりあえず手を離せ」
 言われてまだ自分が魔女の手を掴んでいたことを思い出す。
 騎士の手が触れると身体が自由を取り戻した。
 しかし足だけは縫いとめられたように動かない。
 二人の男に守られるように立つ女。その前で犯罪者のように立ち尽くす自分。
 まるで仕組まれていたような光景に言葉を発する気力さえも奪われる。
 悪夢だ。
 自ら仕組んだ悪夢だ、と魔女の嘲笑う声が脳裏に聞こえた。
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