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セレスタ 弟さんの結婚式編
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ヴォルフの手が目尻を撫でる。
零れた涙はとっくに拭われてるのに、手は離れていかない。
「ちょっと感情が高ぶっただけよ」
悲しいとかそういうのではない。
しつこく撫でる手を外して胸に倒れ込む。
胸に額を押し付けて表情を隠す。
「どうしたらいいかわからないの」
このまま会わなければ後悔するかもしれないとはマリナも思っている。
「会わずに父親が亡くなったりすればきっと後悔する」
どうしてもっと早く決心しなかったのかと悔やむだろう。
でも、会って拒絶されたらずっと負の感情を抱えていくことになるかもしれない。
「でも会いに行っても後悔するかもしれない」
行動してみなければわからない、答えの無い問いだ。
ヴォルフの服を強く掴んで気を紛らわせる。
答えなんか、出したくない。
目を瞑って考えることを拒否しているとヴォルフの声が聞こえた。
「マリナ、すまない」
意外な一言に顔を上げる。
ヴォルフが申し訳なさそうにマリナを見下ろす。
「会いに行くべきだとは思っているが、その前にお前が故郷や父親をどう思っているのか聞かなかったのは俺の落ち度だ」
故郷については特に思うことはない。
近所のおばさんたちは元気にしているだろうかと、そのくらいは考えることもあるが。
その他とは関わりが薄いので会っても誰が誰かわからないだろう。
そもそも名前すら浮かんでこない。
おばさんたちだけは別だ。
ご飯を分けてくれるお礼にちょっとしたお手伝いをしたから顔と声くらいは覚えている。
……名前は覚えていないけど。だっておばさんとしか呼んだことなかったから。
「村の事は見たら懐かしいなあとは思うかもしれないけど、それだけだと思う。
ご飯分けてくれたおばさんたち以外に知り合いって言える人もいなかったし」
「同年代の子供と遊んだりはしなかったのか?」
ヴォルフが残酷なことを聞いてくる。
「ないわね」
子供は時に残酷だ。
事実をそのまま口にするので言われた方としては否定も出来ず黙るしかない。
怒るなり泣くなりの反応を期待していたのかもしれないが。
まあ彼らもどう扱っていいかわからなかったのだろう。
悪口を言われても黙って顔を見返すだけだったマリナは確かに可愛げがなかったので浮いていた。
「……」
沈黙でヴォルフが何を思ったかわかる。
「全く交流がなかったわけではないんだけどね」
「そうか…」
言葉に困ったようで沈黙が落ちる。
故郷のことを思い出していく。一つだけ思うことがあった。
「おばさんたちには一度くらい会いたいかな。
ずいぶんお世話になったからね」
元気にやっていること、助けてくれたことへの感謝。
伝えたいことはそれくらいだけど、いつか言いたいと思っていた。
いつか、と思ったのは父親のことと切り離せないので先延ばしにしただけ。
手紙を書くほどに親しかったわけではないのでそれも躊躇われた。
そもそも名前を知らない相手にどうやって手紙を書けばいいのか。
ヴォルフの手がぽんぽんと背を叩く。
「そう思える人がいて良かったな」
「そうだね…」
言葉にされると胸に素直に落ちる。
思い出したくない事ばかりではなかったんだと自分でも思えた。
でも父親に会う決心はすぐには出来そうにない。
「先延ばしにしていい?」
主語を省いて聞く。
ヴォルフは返事をしないで優しく背を撫でた。
「何年も先にするつもりはないけれど、今すぐに決心は出来そうにないの」
正直な気持ちを吐露する。
背を撫でていた手が止まった。
顔を上げ、視線を交わらせる。
ヴォルフはマリナの肩に手を置き、真摯な瞳で見つめ返していた。
「すぐに結論が出ないことはわかってる。 悩ませてすまない。
この数日間視線を避けていたことも悪いと思っている」
「それは私もだからね」
気にしてない。
「このまま話が出来ない日が続いたらと焦った」
なんだ、同じこと考えてたんだ。良かった。
「一生に一度の日にも言葉を交わせないかと思ったんだ」
?
「一生に一度って?」
何の話?
「忘れてるのか?
明日はお前の誕生日だろう。 しかも成人になる記念の年だ」
……。
暦を思い出す。そういえばそうだったかも?
「すっかり忘れてた…」
元々祝う習慣もないので忘れてた。
精々師匠や王子から祝いの言葉を貰うくらいだ。
「そっか…。 成人だ」
日を跨げば成人として扱われることになる。
目前にしても実感はない。
越えたら生まれるものだろうか。
ヴォルフがマリナの手を取る。
「お前は自分の生まれに対して複雑な思いを抱えていると思う。
でもこれだけは知っておいてくれ」
ヴォルフの目がひたとマリナを見据える。
「お前がこうして俺の側にいてくれることに感謝している。
お前が生まれたのは俺や王子にとって幸いだ。
……生まれてきてくれて、ありがとう」
笑顔で告げられた最後の言葉に涙が溢れた。
初めて与えられた祝福に勝手に涙が出てきて止まらない。
しゃくりあげるマリナにヴォルフの困った声が聞こえる。
「泣くな…」
その本当に困った様子に泣きながら笑みが零れた。
「ヴォルフが泣かせたんじゃない」
涙を湛えたまま笑みを見せるとヴォルフも眉を寄せたまま笑顔を零す。
その顔がおかしくて吹きだした。
「ヴォルフ…。 ありがとう」
うれしさが抑えきれなくてヴォルフに抱きついた。
抱きしめ返す腕の強さにまた一つ涙が零れる。
泣きたいくらい…。泣いてしまうくらい幸せな気持ちだった。
零れた涙はとっくに拭われてるのに、手は離れていかない。
「ちょっと感情が高ぶっただけよ」
悲しいとかそういうのではない。
しつこく撫でる手を外して胸に倒れ込む。
胸に額を押し付けて表情を隠す。
「どうしたらいいかわからないの」
このまま会わなければ後悔するかもしれないとはマリナも思っている。
「会わずに父親が亡くなったりすればきっと後悔する」
どうしてもっと早く決心しなかったのかと悔やむだろう。
でも、会って拒絶されたらずっと負の感情を抱えていくことになるかもしれない。
「でも会いに行っても後悔するかもしれない」
行動してみなければわからない、答えの無い問いだ。
ヴォルフの服を強く掴んで気を紛らわせる。
答えなんか、出したくない。
目を瞑って考えることを拒否しているとヴォルフの声が聞こえた。
「マリナ、すまない」
意外な一言に顔を上げる。
ヴォルフが申し訳なさそうにマリナを見下ろす。
「会いに行くべきだとは思っているが、その前にお前が故郷や父親をどう思っているのか聞かなかったのは俺の落ち度だ」
故郷については特に思うことはない。
近所のおばさんたちは元気にしているだろうかと、そのくらいは考えることもあるが。
その他とは関わりが薄いので会っても誰が誰かわからないだろう。
そもそも名前すら浮かんでこない。
おばさんたちだけは別だ。
ご飯を分けてくれるお礼にちょっとしたお手伝いをしたから顔と声くらいは覚えている。
……名前は覚えていないけど。だっておばさんとしか呼んだことなかったから。
「村の事は見たら懐かしいなあとは思うかもしれないけど、それだけだと思う。
ご飯分けてくれたおばさんたち以外に知り合いって言える人もいなかったし」
「同年代の子供と遊んだりはしなかったのか?」
ヴォルフが残酷なことを聞いてくる。
「ないわね」
子供は時に残酷だ。
事実をそのまま口にするので言われた方としては否定も出来ず黙るしかない。
怒るなり泣くなりの反応を期待していたのかもしれないが。
まあ彼らもどう扱っていいかわからなかったのだろう。
悪口を言われても黙って顔を見返すだけだったマリナは確かに可愛げがなかったので浮いていた。
「……」
沈黙でヴォルフが何を思ったかわかる。
「全く交流がなかったわけではないんだけどね」
「そうか…」
言葉に困ったようで沈黙が落ちる。
故郷のことを思い出していく。一つだけ思うことがあった。
「おばさんたちには一度くらい会いたいかな。
ずいぶんお世話になったからね」
元気にやっていること、助けてくれたことへの感謝。
伝えたいことはそれくらいだけど、いつか言いたいと思っていた。
いつか、と思ったのは父親のことと切り離せないので先延ばしにしただけ。
手紙を書くほどに親しかったわけではないのでそれも躊躇われた。
そもそも名前を知らない相手にどうやって手紙を書けばいいのか。
ヴォルフの手がぽんぽんと背を叩く。
「そう思える人がいて良かったな」
「そうだね…」
言葉にされると胸に素直に落ちる。
思い出したくない事ばかりではなかったんだと自分でも思えた。
でも父親に会う決心はすぐには出来そうにない。
「先延ばしにしていい?」
主語を省いて聞く。
ヴォルフは返事をしないで優しく背を撫でた。
「何年も先にするつもりはないけれど、今すぐに決心は出来そうにないの」
正直な気持ちを吐露する。
背を撫でていた手が止まった。
顔を上げ、視線を交わらせる。
ヴォルフはマリナの肩に手を置き、真摯な瞳で見つめ返していた。
「すぐに結論が出ないことはわかってる。 悩ませてすまない。
この数日間視線を避けていたことも悪いと思っている」
「それは私もだからね」
気にしてない。
「このまま話が出来ない日が続いたらと焦った」
なんだ、同じこと考えてたんだ。良かった。
「一生に一度の日にも言葉を交わせないかと思ったんだ」
?
「一生に一度って?」
何の話?
「忘れてるのか?
明日はお前の誕生日だろう。 しかも成人になる記念の年だ」
……。
暦を思い出す。そういえばそうだったかも?
「すっかり忘れてた…」
元々祝う習慣もないので忘れてた。
精々師匠や王子から祝いの言葉を貰うくらいだ。
「そっか…。 成人だ」
日を跨げば成人として扱われることになる。
目前にしても実感はない。
越えたら生まれるものだろうか。
ヴォルフがマリナの手を取る。
「お前は自分の生まれに対して複雑な思いを抱えていると思う。
でもこれだけは知っておいてくれ」
ヴォルフの目がひたとマリナを見据える。
「お前がこうして俺の側にいてくれることに感謝している。
お前が生まれたのは俺や王子にとって幸いだ。
……生まれてきてくれて、ありがとう」
笑顔で告げられた最後の言葉に涙が溢れた。
初めて与えられた祝福に勝手に涙が出てきて止まらない。
しゃくりあげるマリナにヴォルフの困った声が聞こえる。
「泣くな…」
その本当に困った様子に泣きながら笑みが零れた。
「ヴォルフが泣かせたんじゃない」
涙を湛えたまま笑みを見せるとヴォルフも眉を寄せたまま笑顔を零す。
その顔がおかしくて吹きだした。
「ヴォルフ…。 ありがとう」
うれしさが抑えきれなくてヴォルフに抱きついた。
抱きしめ返す腕の強さにまた一つ涙が零れる。
泣きたいくらい…。泣いてしまうくらい幸せな気持ちだった。
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