双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

文字の大きさ
上 下
181 / 368
セレスタ 弟さんの結婚式編

目を逸らしていた感情

しおりを挟む
「ヴォルフはさ、私が死んだらどうする?」
 子犬が振り返る。
 小さな眉間に皺を寄せる子犬に思わず吹き出す。
「ごめんね、不謹慎な質問だと思う。
 ヴォルフは悲しんでくれると思うけど…。
 王子とか家族とか騎士のみんなとかが心配しているのを見て、悲しみに浸り続けることが出来る人間じゃないと思うんだよね」
《わからないぞ?》
「確かに私の想像だし、わからないけどね」
 もちろん悲しんでくれるだろうし、仕事にも身が入らなくなることもあるかもしれない。
 でも…。
「王子がさ、自分の様子を見に来てくれたのに、背を向けて話を拒絶する?」
 同じように悲しみをこらえている人を目の当たりにして、その悲しみを否定できるか。
 それはきっと無理だ。
 ヴォルフなら言葉を交わしてお互いの悲しみを分かち合おうとするだろう。
「もしくは師匠が嘆いても私は喜ばないとか言ったとして、『お前に何がわかる』とか言える?」
 育ててきた弟子を亡くしてそれでも気丈に振る舞う人に向かって自分の悲しみがわかるのかなんて言えないだろう。
 だったらお前には相手の気持ちがわかるのかという話になる。
 そんなことが言えるその人の方が酷いだろう。
 マリナの言葉にヴォルフが反応する。
 想像でしかないので、どうなるかなんて起こってみなければわからないけれど。
 それでもヴォルフがそんな言動を取るとは思えないのだ。
「正直父親の顔ってほとんど覚えてない。
 いっつも俯いてお酒飲んでる姿しか見たことなかったから。
 正面から顔見たことってあんまりないんだよね」
《そうなのか…》
「うん。 母親が私を生んで亡くなった時からずっとそうらしいわ」
 母の葬儀では泣くこともできず、黙って墓の前に座り込む父の姿に村人たちは一言も声を掛けれず見ているしかなかったとか。
 父親を可哀想な人だと言う人もいるだろう。
 妻を亡くした痛みから立ち直れない人。
 深く愛していた故のことだろうとマリナも他人事なら思ったかもしれない。
「可哀想な人だ。 そう考える人もいるかもね。
 でも、私にはそうは思えなかった」
 ずっと胸の奥に燻っていた想いを明かす。
「かわいそう、と言うなら母親こそ可哀想な人だと思う」
 弱い身体で命を懸けて産んだ子供の顔も見れず亡くなり、その子供は父親に顧みられることなく育つ。
「子供の成長を見ることも叶わず、命懸けで産んだ子供は父親に名前も呼ばれずに育って。
 夫は酒に浸って周りを見ない」
 自分が愛した人が変貌しているのを見たらどう思うのか。
「母親が見たら嘆くでしょうね。
 夫が変わってしまったのは自分が子供を望んだからなのかと、自分を責めたかも」
 全ての元凶が己だと嘆き悲しむかもしれない。
 母親がどんな人だったのかわからないので想像に過ぎないけど、平静ではいられないのではないかと思った。
 命を賭して産むほど望んだ子供だったなら愛してほしいに決まっている。
 少なくともマリナはそう思う。
「だから、そんな父親にずっと憤りを感じていたわ」
 現実から目を背け続ける父親を見ながらそうはなりたくないと思って生きてきた。
《だから、会いたくないのか?》
 ヴォルフの声が静かに確信に迫る。
「…ううん、違う」
 怒りからなら良かったんだろうか。
 憤っていても、固くああはならないと誓っていても、……父親を憎むことは出来なかった。
 ずっと放置されてきた。村にいたころもそうだったし、王宮に上がってからも父親からの便りなんて来たことがない。
 何年も会っていないのだから、マリナの顔なんて覚えているかどうか。
 顔を合わせてもわからないかもしれない。
 誰?なんて言われたらと思うと、どうしても一歩踏み出す気になれなかった。
「会ってさあ、お前は誰だとか言われたら嫌じゃない?」
 ヴォルフが眼を剥く。
「それは仕方ないにしても名乗っても無関心に素通りされるかもしれないし」
《さすがにそれは無いだろ》
「わからないわよ、だって師匠と一緒に村を出てからも何一つ連絡が無いもの。
 会いに来るのは無理だろうけど、手紙くらいなら送ろうと思ったら送れる。
 全く何にも便りが無いってことは関心が無いってことでしょう」
 王宮という全く未知の世界に行った子供を心配もしない。
 どうでもいいんだろう。
「父親にそういう態度を取られたら、多分傷つく」
 頭で理解して覚悟をしていても、何も感じないのはきっと無理だ。
「傷つきたくない。
 恨みたくないし憎みたくない」
 会ったらどちらか想いがはっきりしてしまう。
「だから、考えたくなかったの」
 父親のことを逃げてるなんて言えないと自嘲する。
 だって嫌なのだ。
 誰かを強く憎む自分も、未だに父親の態度に傷ついてしまう自分も。
「会わなければ自分が父親をどう思っているのか気が付かなくて済むと思ったの!
 無関心な目を見たらきっと憎んでしまうし、嬉しそうに微笑まれたら今更と恨んでしまう!
 不快な感情に振り回されるのは御免なのよ!!」
《…!》
 全てを叫び終えたマリナは大きな身体に包まれていた。
 変化を解いたヴォルフがマリナを抱きしめている。
 背中に回った手が落ち着かせるようにゆっくりと背中を撫でた。
 久しぶりに感じたその暖かさに不可解なことに涙が零れた。
「泣くな」
 マリナの頬を大きな手で包み、零れ落ちた涙を親指で拭う。
 いつものヴォルフの顔に複雑な色を乗せ、マリナを見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【書籍化・3/7取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処理中です...