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セレスタ 弟さんの結婚式編
目を逸らしていた感情
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「ヴォルフはさ、私が死んだらどうする?」
子犬が振り返る。
小さな眉間に皺を寄せる子犬に思わず吹き出す。
「ごめんね、不謹慎な質問だと思う。
ヴォルフは悲しんでくれると思うけど…。
王子とか家族とか騎士のみんなとかが心配しているのを見て、悲しみに浸り続けることが出来る人間じゃないと思うんだよね」
《わからないぞ?》
「確かに私の想像だし、わからないけどね」
もちろん悲しんでくれるだろうし、仕事にも身が入らなくなることもあるかもしれない。
でも…。
「王子がさ、自分の様子を見に来てくれたのに、背を向けて話を拒絶する?」
同じように悲しみをこらえている人を目の当たりにして、その悲しみを否定できるか。
それはきっと無理だ。
ヴォルフなら言葉を交わしてお互いの悲しみを分かち合おうとするだろう。
「もしくは師匠が嘆いても私は喜ばないとか言ったとして、『お前に何がわかる』とか言える?」
育ててきた弟子を亡くしてそれでも気丈に振る舞う人に向かって自分の悲しみがわかるのかなんて言えないだろう。
だったらお前には相手の気持ちがわかるのかという話になる。
そんなことが言えるその人の方が酷いだろう。
マリナの言葉にヴォルフが反応する。
想像でしかないので、どうなるかなんて起こってみなければわからないけれど。
それでもヴォルフがそんな言動を取るとは思えないのだ。
「正直父親の顔ってほとんど覚えてない。
いっつも俯いてお酒飲んでる姿しか見たことなかったから。
正面から顔見たことってあんまりないんだよね」
《そうなのか…》
「うん。 母親が私を生んで亡くなった時からずっとそうらしいわ」
母の葬儀では泣くこともできず、黙って墓の前に座り込む父の姿に村人たちは一言も声を掛けれず見ているしかなかったとか。
父親を可哀想な人だと言う人もいるだろう。
妻を亡くした痛みから立ち直れない人。
深く愛していた故のことだろうとマリナも他人事なら思ったかもしれない。
「可哀想な人だ。 そう考える人もいるかもね。
でも、私にはそうは思えなかった」
ずっと胸の奥に燻っていた想いを明かす。
「かわいそう、と言うなら母親こそ可哀想な人だと思う」
弱い身体で命を懸けて産んだ子供の顔も見れず亡くなり、その子供は父親に顧みられることなく育つ。
「子供の成長を見ることも叶わず、命懸けで産んだ子供は父親に名前も呼ばれずに育って。
夫は酒に浸って周りを見ない」
自分が愛した人が変貌しているのを見たらどう思うのか。
「母親が見たら嘆くでしょうね。
夫が変わってしまったのは自分が子供を望んだからなのかと、自分を責めたかも」
全ての元凶が己だと嘆き悲しむかもしれない。
母親がどんな人だったのかわからないので想像に過ぎないけど、平静ではいられないのではないかと思った。
命を賭して産むほど望んだ子供だったなら愛してほしいに決まっている。
少なくともマリナはそう思う。
「だから、そんな父親にずっと憤りを感じていたわ」
現実から目を背け続ける父親を見ながらそうはなりたくないと思って生きてきた。
《だから、会いたくないのか?》
ヴォルフの声が静かに確信に迫る。
「…ううん、違う」
怒りからなら良かったんだろうか。
憤っていても、固くああはならないと誓っていても、……父親を憎むことは出来なかった。
ずっと放置されてきた。村にいたころもそうだったし、王宮に上がってからも父親からの便りなんて来たことがない。
何年も会っていないのだから、マリナの顔なんて覚えているかどうか。
顔を合わせてもわからないかもしれない。
誰?なんて言われたらと思うと、どうしても一歩踏み出す気になれなかった。
「会ってさあ、お前は誰だとか言われたら嫌じゃない?」
ヴォルフが眼を剥く。
「それは仕方ないにしても名乗っても無関心に素通りされるかもしれないし」
《さすがにそれは無いだろ》
「わからないわよ、だって師匠と一緒に村を出てからも何一つ連絡が無いもの。
会いに来るのは無理だろうけど、手紙くらいなら送ろうと思ったら送れる。
全く何にも便りが無いってことは関心が無いってことでしょう」
王宮という全く未知の世界に行った子供を心配もしない。
どうでもいいんだろう。
「父親にそういう態度を取られたら、多分傷つく」
頭で理解して覚悟をしていても、何も感じないのはきっと無理だ。
「傷つきたくない。
恨みたくないし憎みたくない」
会ったらどちらか想いがはっきりしてしまう。
「だから、考えたくなかったの」
父親のことを逃げてるなんて言えないと自嘲する。
だって嫌なのだ。
誰かを強く憎む自分も、未だに父親の態度に傷ついてしまう自分も。
「会わなければ自分が父親をどう思っているのか気が付かなくて済むと思ったの!
無関心な目を見たらきっと憎んでしまうし、嬉しそうに微笑まれたら今更と恨んでしまう!
不快な感情に振り回されるのは御免なのよ!!」
《…!》
全てを叫び終えたマリナは大きな身体に包まれていた。
変化を解いたヴォルフがマリナを抱きしめている。
背中に回った手が落ち着かせるようにゆっくりと背中を撫でた。
久しぶりに感じたその暖かさに不可解なことに涙が零れた。
「泣くな」
マリナの頬を大きな手で包み、零れ落ちた涙を親指で拭う。
いつものヴォルフの顔に複雑な色を乗せ、マリナを見下ろしていた。
子犬が振り返る。
小さな眉間に皺を寄せる子犬に思わず吹き出す。
「ごめんね、不謹慎な質問だと思う。
ヴォルフは悲しんでくれると思うけど…。
王子とか家族とか騎士のみんなとかが心配しているのを見て、悲しみに浸り続けることが出来る人間じゃないと思うんだよね」
《わからないぞ?》
「確かに私の想像だし、わからないけどね」
もちろん悲しんでくれるだろうし、仕事にも身が入らなくなることもあるかもしれない。
でも…。
「王子がさ、自分の様子を見に来てくれたのに、背を向けて話を拒絶する?」
同じように悲しみをこらえている人を目の当たりにして、その悲しみを否定できるか。
それはきっと無理だ。
ヴォルフなら言葉を交わしてお互いの悲しみを分かち合おうとするだろう。
「もしくは師匠が嘆いても私は喜ばないとか言ったとして、『お前に何がわかる』とか言える?」
育ててきた弟子を亡くしてそれでも気丈に振る舞う人に向かって自分の悲しみがわかるのかなんて言えないだろう。
だったらお前には相手の気持ちがわかるのかという話になる。
そんなことが言えるその人の方が酷いだろう。
マリナの言葉にヴォルフが反応する。
想像でしかないので、どうなるかなんて起こってみなければわからないけれど。
それでもヴォルフがそんな言動を取るとは思えないのだ。
「正直父親の顔ってほとんど覚えてない。
いっつも俯いてお酒飲んでる姿しか見たことなかったから。
正面から顔見たことってあんまりないんだよね」
《そうなのか…》
「うん。 母親が私を生んで亡くなった時からずっとそうらしいわ」
母の葬儀では泣くこともできず、黙って墓の前に座り込む父の姿に村人たちは一言も声を掛けれず見ているしかなかったとか。
父親を可哀想な人だと言う人もいるだろう。
妻を亡くした痛みから立ち直れない人。
深く愛していた故のことだろうとマリナも他人事なら思ったかもしれない。
「可哀想な人だ。 そう考える人もいるかもね。
でも、私にはそうは思えなかった」
ずっと胸の奥に燻っていた想いを明かす。
「かわいそう、と言うなら母親こそ可哀想な人だと思う」
弱い身体で命を懸けて産んだ子供の顔も見れず亡くなり、その子供は父親に顧みられることなく育つ。
「子供の成長を見ることも叶わず、命懸けで産んだ子供は父親に名前も呼ばれずに育って。
夫は酒に浸って周りを見ない」
自分が愛した人が変貌しているのを見たらどう思うのか。
「母親が見たら嘆くでしょうね。
夫が変わってしまったのは自分が子供を望んだからなのかと、自分を責めたかも」
全ての元凶が己だと嘆き悲しむかもしれない。
母親がどんな人だったのかわからないので想像に過ぎないけど、平静ではいられないのではないかと思った。
命を賭して産むほど望んだ子供だったなら愛してほしいに決まっている。
少なくともマリナはそう思う。
「だから、そんな父親にずっと憤りを感じていたわ」
現実から目を背け続ける父親を見ながらそうはなりたくないと思って生きてきた。
《だから、会いたくないのか?》
ヴォルフの声が静かに確信に迫る。
「…ううん、違う」
怒りからなら良かったんだろうか。
憤っていても、固くああはならないと誓っていても、……父親を憎むことは出来なかった。
ずっと放置されてきた。村にいたころもそうだったし、王宮に上がってからも父親からの便りなんて来たことがない。
何年も会っていないのだから、マリナの顔なんて覚えているかどうか。
顔を合わせてもわからないかもしれない。
誰?なんて言われたらと思うと、どうしても一歩踏み出す気になれなかった。
「会ってさあ、お前は誰だとか言われたら嫌じゃない?」
ヴォルフが眼を剥く。
「それは仕方ないにしても名乗っても無関心に素通りされるかもしれないし」
《さすがにそれは無いだろ》
「わからないわよ、だって師匠と一緒に村を出てからも何一つ連絡が無いもの。
会いに来るのは無理だろうけど、手紙くらいなら送ろうと思ったら送れる。
全く何にも便りが無いってことは関心が無いってことでしょう」
王宮という全く未知の世界に行った子供を心配もしない。
どうでもいいんだろう。
「父親にそういう態度を取られたら、多分傷つく」
頭で理解して覚悟をしていても、何も感じないのはきっと無理だ。
「傷つきたくない。
恨みたくないし憎みたくない」
会ったらどちらか想いがはっきりしてしまう。
「だから、考えたくなかったの」
父親のことを逃げてるなんて言えないと自嘲する。
だって嫌なのだ。
誰かを強く憎む自分も、未だに父親の態度に傷ついてしまう自分も。
「会わなければ自分が父親をどう思っているのか気が付かなくて済むと思ったの!
無関心な目を見たらきっと憎んでしまうし、嬉しそうに微笑まれたら今更と恨んでしまう!
不快な感情に振り回されるのは御免なのよ!!」
《…!》
全てを叫び終えたマリナは大きな身体に包まれていた。
変化を解いたヴォルフがマリナを抱きしめている。
背中に回った手が落ち着かせるようにゆっくりと背中を撫でた。
久しぶりに感じたその暖かさに不可解なことに涙が零れた。
「泣くな」
マリナの頬を大きな手で包み、零れ落ちた涙を親指で拭う。
いつものヴォルフの顔に複雑な色を乗せ、マリナを見下ろしていた。
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