双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

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セレスタ 弟さんの結婚式編

医務室 2

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 休めと言う師匠の言葉に従ってベッドに寝転ぶ。
 気持ち悪さは抜けていたけれど、少し身体がだるい。
 本当に、あんなところで暴走しなくて良かった。シャレにならない。
 メルヒオールがどうしてあんなところにいたのかはわからなかったけど、助かった。
「すみません師匠」
 師匠の手も煩わせてしまって申し訳ない。
「これが私の仕事よ、すみませんなんて言うんじゃないの」
 叱られても笑顔になってしまう。
 心配される心地よさに笑みを浮かべる。
 横になってひんやりしたシーツに頬を付けた。
 師匠の手がマリナの頬に触れる。
「師匠?」
 見上げると視線を遮るように目を覆われた。
 師匠の指はひんやりしていて気持ちいい。
 すべらかな肌の感触に目を閉じる。
 触れる指先からは複雑な心情が感じられた。
 まだ気にしていたことを師匠はどう思ったんだろう。
 父親に会う、そう想像しただけで容易く動揺しているマリナに呆れているんだろうか。
 忘れたい…。
 普段忘れたように振る舞っていてもこの体たらくだ。
 中途半端な自分が嫌になる。
「泣いてもいいのよ?」
 泣いたら少しは気持ちが晴れると言われ息を吐く。
「泣けないんです」
 泣きたくない。
 考えることを拒否してるみたいに感情が動かなかった。
「よくない兆候ね」
「ですね」
 ただ困った笑いを浮かべることしか出来ない。
 考えたくないとか、逃げていても仕方ないのに。
 いっそメルヒオールのようにはっきりと会いたくないと思えれば良かった。
 けれどマリナの感情はあれほど強烈な拒否を訴えているわけじゃない。
 考えたくない理由…。
 目を背け続けてきた理由は…。
「こら、考え過ぎないの」
 師匠の声で思考が止まる。
「どうしても考えちゃうなら眠らせてあげるわよ?」
 そう言って師匠が魔力を広げる。反射的に対抗する魔力を練り上げ、止めた。
 抵抗するのを止め、眠りに落ちていく。
 考えないのは今だけ…。
 繊細で綺麗な魔力を感じながら眠りに落ちて行った。
 夢も見ないくらい深い眠りだったのは師匠の優しさかもしれない。




 声をかけられる前に目が覚めた。
 師匠は椅子に座ったまま机に向かっている。
「師匠、おはようございます」
「ああ、起きたの。
 まだ随分と早い時間よ、もう少し寝ていたら?」
「もう十分寝ました」
 これ以上寝たらかえってだるくなってしまいそうだ。
 一晩眠ったら頭もすっきりしている。
「師匠! せっかくなので朝ご飯食べに行きましょう」
 ベッドから起き上がって師匠をご飯に誘う。
「ええ? 私はいいわよ」
「たまにはいいじゃないですか。 食事は元気な身体の資本ですよ」
 面倒なのか嫌がる師匠に言い募る。
 置いてあった紙に食堂へ行っています、と書いて師匠の机に置く。
「さ、行きましょう!」
 にっこり笑って再度声を掛けると渋々といった様子ながら立ち上がった。
 早朝の廊下を歩くのは限られた人間しかいない。
 早くから訓練をしている騎士たちは建物内にはいないし、女官たちは余程朝が早い人付きでなければまだ自分の部屋にいるだろう。
 食堂はそんな朝が早い人や夜勤をしていた人たちの為にすでに開いている。
 マリナたちが入って行くと真っ先に食堂のおばさんが気が付いた。
「おや、久しぶりだね。 最近忙しかったのかい?」
 親しげに話しかけてくれるおばさん。
 噂好き、話し好きというところを除けば良い人だ。
「ええ、まあ」
 王宮の外に行っていたことや自炊していたこともあって食堂に来るのは久しぶりだ。
「少し痩せたんじゃないのか、食事はちゃんと食べないと駄目だよ」
「気のせいですよ、ちゃんと食べてます」
 むしろヴォルフにつられて食べ過ぎなくらいだったのに。
「そうかい? ならいいんだけど。
 食べないと大きくなれないからね!」
 子供に言うような言葉で注意されて師匠が吹きだす。
 睨むけれど、師匠はマリナの視線を気にした様子もなく笑い続ける。
 マリナがむくれながら料理を取ると、今度はおかしそうに笑っている師匠に矛先が向いた。
「先生も顔を出すのは久しぶりだね。
 食堂に来られないくらい忙しいなら若いのに何か運ばせるから言ってくれるかい?
 いつ食事をしてるんだっていうくらい姿を見かけないから心配だよ。
 医者が身体を悪くしちゃいけないよ、食事はしっかり取らないと!」
 おばさんの流れるようなしゃべりに『これがあるから嫌だったのよ』と言いたげな顔をしている師匠。
 不摂生してる自分が悪いんです、と舌を出すとすごい眼で睨まれた。
 師匠の身体を心配したおばさんによってサラダを多く盛られたトレーを持って端の席に座る。
「アンタのせいよ」
 恨みがましい眼で見てくる師匠に仕方ないなあと溜め息を吐く。
「こっちの蒸し野菜と交換してあげますから」
 火の通っていない物が嫌いな師匠と皿を交換する。
「そっちの玉子も寄越しなさいよ」
「仕方ないですね、半分だけですよ」
 香ばしい焦げ目の付いた玉子料理を半分に割って師匠の皿に移す。
 これにも野菜が入っているのでおばさんも文句は言わないだろう。
 常にないにぎやかな朝食に自然と笑みが浮かぶ。
 憂鬱だったはずの朝が楽しいものになった気がする。
 久しぶりに師匠と取ったご飯はとてもおいしかった。
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