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セレスタ 弟さんの結婚式編
魔術師の素養 4
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自分の望みを言い切ったミリアム様はキラキラした目でマリナの返事を待っている。
その瞳に宿ったのが純粋な憧れなのを察して瞳を閉じた。
本当にもう嫌になる。
あの日彼女が馬車に同乗していなければ…。
なんてもしもを考えてもしょうがないんだけど。
「そんな嫌そうな顔をなさらないでくださいな、お姉様」
にっこり笑って言う。何を嫌がっているのかわかっているくせに。
「そのお姉様っていうの止めてください」
「尊敬するからこその呼び方ですのに」
くすくすと笑って言われても説得力がない。
絶対に嫌がるのをおもしろがっているでしょう。
「ミリアム様の方が年が上なのにおかしな呼び方だと思います」
「ミリアと呼んでくださいと言ったのに」
歳など大した問題ではありませんよ、と笑うミリアム様が口を尖らせる。
「どうかミリアと呼んでくださいな」
男性が言われたら何も考えずに肯いてしまいそうな蠱惑的な瞳だった。
「お断りします」
同性のマリナに効くはずもないのですぱっと断る。
「帰ってくれませんか」
冷たい声の拒否に何故か喜ぶ。
言葉で遊ぶ彼女にアデーレ様とはまた違う会話のし難さを感じた。
「まだお答えを頂いていませんもの。
私に魔術を教え、地上から離れる術を教えてくださいませんか?」
彼女の望みは一貫している。空を飛ぶ術を知り、飛びたい。
焦がれる瞳は最初会った時から同じ色を宿している。
どうしてそこまで拘るのか、とは聞かない。
マリナの答えは決まっている。
「嫌です」
はっきりと否定をする。
二度目の否定にも関わらずミリアム様は微笑むだけで引き下がろうとしない。
これくらいで諦める人なら王宮まで押し掛けたりはしないだろう。
「どうしてですか? 私どうしても空を飛びたいのです!」
ミリアム様は本当に心からそう思っているらしかった。
だからこそ頭が痛い。
「ご冗談を。 その身を危険に晒す魔術など、貴族令嬢に教えられるわけがありません」
マリナだけでなく他の人でもそんな危険な魔術を教えるわけがない。
「怪我をする危険があるから、なんて月並みな言葉で誤魔化すつもりですか?」
「誤魔化しではなくただの事実です」
本当に偽りなく危険だから言っているのだ。
決して彼女を受け入れたくないがために大げさに言っているのではない。
「あら、多少の怪我なら許容の範囲ですのに」
普通の令嬢なら絶対に言わないことを平気な顔をして言う。
諦めることを知らないような突き抜けた発言に覚えるのは恐怖だけだ。
危険を知っていてよくそんなことが言える。
「ミリアム様がそれでよろしくてもご家族は違うのではないですか」
家族が知ればマリナに非難が向く。貴族令嬢が傷を作るなんて有ってはならない。通常は。
「心配はいりません、しかるべき時に政略の駒として嫁げる程度であれば何も言いません」
「…そうですか」
本当に性質の悪い人だ。
今度は同情を引くような言葉でマリナを籠絡しにかかっている。
その程度で落ちるつもりはないが。
「憧れの為に命を捨てるおつもりなのですか?」
空に憧れるのは多くの魔術師も同じこと。
魔術を習い空を飛べるようになりたいと、子供のように目を輝かせる魔術師は多い。
しかし、多くの魔術師が途中で断念する。
自らの身体を浮かせることは容易くとも、それを持続することと自在に動かすことは難しい。
人間の姿のままでは難しいと鳥に変化する者もいるが、空中で他の鳥に襲われたときにも集中を持続できるかどうか。
大概は慌てて人の姿に戻り、翼を失って落下する。
鳥の姿のまま他の魔法を行使し、相手を撃退できる者はごく稀な存在だ。
空の上では制御を失えば命がない。
落ちれば死ぬ。
空に憧れるというのなら後悔はないのかもしれないが、こちらはそれでは困るのだ。
「小鳥のあなたは必死に私の指にしがみついておいででした。
空に憧れると言いながら身体は反対の行動をする。
空が恐ろしい所だと、あなたは知っているのではありませんか?」
死にたいわけではないでしょう?とマリナが脅すと令嬢はおかしそうに笑った。
「それこそつまらない冗談ですわね。
私が本当に命を惜しまない人間だったら、絶対に教えてなどくださらないのに」
言い当てられて顔を顰める。
ミリアム様は人を見抜くのが上手く、やりづらい。
「落ちて死ぬかもしれないという恐怖と地上から解放される高揚感。
どちらも矛盾なく私の胸の中にあります。
恐ろしいと思うからこそ憧れる。 この胸の火が消えることはありませんわ」
熱情のままに言い切るミリアム様にマリナも答えを返す。
「放っておけば火はいずれ小さくなります。
燃料を足すようなことはしませんよ」
「そうおっしゃると思いました。
でも、私諦めるのって苦手なんです。 だって諦めたら終わりじゃないですか」
わかりやすく開示してくれるのはミリアム様なりの誠意なんだろうか。
本当にまっすぐに想いをぶつけてくる。
「あなたが諦めるものがあるとしたら、あなたにとってどうでもいいことだけでしょうね」
本当に欲しい物には引かないと強く訴える瞳。
強硬な姿勢を見せるのはそれだけがほしいから。
他のことはどうでもいいと言わんばかりだ。
「全部を望むなんて、誰にもできませんもの」
彼女はマリナの言葉を否定しなかった。
それどころか嬉しそうに笑って頬を染める。
本格的に頭が痛くなってきた。
「…今日はお引き取りください。 あまり遅い時間に城内をうろうろしていると不審ですから」
すでに日は傾いている。
夜会でもない限り彼女がこれ以上城内に留まるのは不可能だ。
「時間切れではしかたないですわね。 では、今日はこれでお暇します」
ここから一人で帰らせるのも不安なので女官に案内をしてもらおう。
扉を開ける前に一つだけ注意を告げた。
「この建物の周辺は常に魔法や魔道具による危険があります。
以後王宮に来ることがあってもこちらには近寄らないでください」
巻き込まれて怪我でもしたら目も当てられない。
感情のわからない笑みを浮かべたミリアム様が二度瞬きをする。
言われたことを呑み込むと嬉しそうに笑った。
「本当にお優しいですね。
だからあなたを望むのですよ。 マリナ様」
告げられた言葉の意味をマリナが理解する前にミリアム様は部屋を出て行った。
近くにいた女官を呼び止め案内を頼む声が聞こえる。
残された部屋の中でマリナは額を押さえて溜息を吐く。
「なんなの…? 全く…」
あの場に偶然居合わせただけのはずのミリアム様。
脅しの道具に使ったマリナを恨みもせず、好意を持って近づいてくる。
悪意を持って絡んできた彼女よりずっと厄介な相手だった。
その瞳に宿ったのが純粋な憧れなのを察して瞳を閉じた。
本当にもう嫌になる。
あの日彼女が馬車に同乗していなければ…。
なんてもしもを考えてもしょうがないんだけど。
「そんな嫌そうな顔をなさらないでくださいな、お姉様」
にっこり笑って言う。何を嫌がっているのかわかっているくせに。
「そのお姉様っていうの止めてください」
「尊敬するからこその呼び方ですのに」
くすくすと笑って言われても説得力がない。
絶対に嫌がるのをおもしろがっているでしょう。
「ミリアム様の方が年が上なのにおかしな呼び方だと思います」
「ミリアと呼んでくださいと言ったのに」
歳など大した問題ではありませんよ、と笑うミリアム様が口を尖らせる。
「どうかミリアと呼んでくださいな」
男性が言われたら何も考えずに肯いてしまいそうな蠱惑的な瞳だった。
「お断りします」
同性のマリナに効くはずもないのですぱっと断る。
「帰ってくれませんか」
冷たい声の拒否に何故か喜ぶ。
言葉で遊ぶ彼女にアデーレ様とはまた違う会話のし難さを感じた。
「まだお答えを頂いていませんもの。
私に魔術を教え、地上から離れる術を教えてくださいませんか?」
彼女の望みは一貫している。空を飛ぶ術を知り、飛びたい。
焦がれる瞳は最初会った時から同じ色を宿している。
どうしてそこまで拘るのか、とは聞かない。
マリナの答えは決まっている。
「嫌です」
はっきりと否定をする。
二度目の否定にも関わらずミリアム様は微笑むだけで引き下がろうとしない。
これくらいで諦める人なら王宮まで押し掛けたりはしないだろう。
「どうしてですか? 私どうしても空を飛びたいのです!」
ミリアム様は本当に心からそう思っているらしかった。
だからこそ頭が痛い。
「ご冗談を。 その身を危険に晒す魔術など、貴族令嬢に教えられるわけがありません」
マリナだけでなく他の人でもそんな危険な魔術を教えるわけがない。
「怪我をする危険があるから、なんて月並みな言葉で誤魔化すつもりですか?」
「誤魔化しではなくただの事実です」
本当に偽りなく危険だから言っているのだ。
決して彼女を受け入れたくないがために大げさに言っているのではない。
「あら、多少の怪我なら許容の範囲ですのに」
普通の令嬢なら絶対に言わないことを平気な顔をして言う。
諦めることを知らないような突き抜けた発言に覚えるのは恐怖だけだ。
危険を知っていてよくそんなことが言える。
「ミリアム様がそれでよろしくてもご家族は違うのではないですか」
家族が知ればマリナに非難が向く。貴族令嬢が傷を作るなんて有ってはならない。通常は。
「心配はいりません、しかるべき時に政略の駒として嫁げる程度であれば何も言いません」
「…そうですか」
本当に性質の悪い人だ。
今度は同情を引くような言葉でマリナを籠絡しにかかっている。
その程度で落ちるつもりはないが。
「憧れの為に命を捨てるおつもりなのですか?」
空に憧れるのは多くの魔術師も同じこと。
魔術を習い空を飛べるようになりたいと、子供のように目を輝かせる魔術師は多い。
しかし、多くの魔術師が途中で断念する。
自らの身体を浮かせることは容易くとも、それを持続することと自在に動かすことは難しい。
人間の姿のままでは難しいと鳥に変化する者もいるが、空中で他の鳥に襲われたときにも集中を持続できるかどうか。
大概は慌てて人の姿に戻り、翼を失って落下する。
鳥の姿のまま他の魔法を行使し、相手を撃退できる者はごく稀な存在だ。
空の上では制御を失えば命がない。
落ちれば死ぬ。
空に憧れるというのなら後悔はないのかもしれないが、こちらはそれでは困るのだ。
「小鳥のあなたは必死に私の指にしがみついておいででした。
空に憧れると言いながら身体は反対の行動をする。
空が恐ろしい所だと、あなたは知っているのではありませんか?」
死にたいわけではないでしょう?とマリナが脅すと令嬢はおかしそうに笑った。
「それこそつまらない冗談ですわね。
私が本当に命を惜しまない人間だったら、絶対に教えてなどくださらないのに」
言い当てられて顔を顰める。
ミリアム様は人を見抜くのが上手く、やりづらい。
「落ちて死ぬかもしれないという恐怖と地上から解放される高揚感。
どちらも矛盾なく私の胸の中にあります。
恐ろしいと思うからこそ憧れる。 この胸の火が消えることはありませんわ」
熱情のままに言い切るミリアム様にマリナも答えを返す。
「放っておけば火はいずれ小さくなります。
燃料を足すようなことはしませんよ」
「そうおっしゃると思いました。
でも、私諦めるのって苦手なんです。 だって諦めたら終わりじゃないですか」
わかりやすく開示してくれるのはミリアム様なりの誠意なんだろうか。
本当にまっすぐに想いをぶつけてくる。
「あなたが諦めるものがあるとしたら、あなたにとってどうでもいいことだけでしょうね」
本当に欲しい物には引かないと強く訴える瞳。
強硬な姿勢を見せるのはそれだけがほしいから。
他のことはどうでもいいと言わんばかりだ。
「全部を望むなんて、誰にもできませんもの」
彼女はマリナの言葉を否定しなかった。
それどころか嬉しそうに笑って頬を染める。
本格的に頭が痛くなってきた。
「…今日はお引き取りください。 あまり遅い時間に城内をうろうろしていると不審ですから」
すでに日は傾いている。
夜会でもない限り彼女がこれ以上城内に留まるのは不可能だ。
「時間切れではしかたないですわね。 では、今日はこれでお暇します」
ここから一人で帰らせるのも不安なので女官に案内をしてもらおう。
扉を開ける前に一つだけ注意を告げた。
「この建物の周辺は常に魔法や魔道具による危険があります。
以後王宮に来ることがあってもこちらには近寄らないでください」
巻き込まれて怪我でもしたら目も当てられない。
感情のわからない笑みを浮かべたミリアム様が二度瞬きをする。
言われたことを呑み込むと嬉しそうに笑った。
「本当にお優しいですね。
だからあなたを望むのですよ。 マリナ様」
告げられた言葉の意味をマリナが理解する前にミリアム様は部屋を出て行った。
近くにいた女官を呼び止め案内を頼む声が聞こえる。
残された部屋の中でマリナは額を押さえて溜息を吐く。
「なんなの…? 全く…」
あの場に偶然居合わせただけのはずのミリアム様。
脅しの道具に使ったマリナを恨みもせず、好意を持って近づいてくる。
悪意を持って絡んできた彼女よりずっと厄介な相手だった。
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