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セレスタ 弟さんの結婚式編
式の日 2
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アデーレ様が新しく見えた顔見知りの招待客に挨拶をしに行ったら手持無沙汰になってしまった。
会場を見渡すと人の入りはまだ六割といったところ。
招待客たちは近くにいる人と談笑しながら式の始まりを待っていた。
テーブルには軽食や飲み物も用意されていたけれど、のどは渇いていない。
ヴォルフが逃げて来るまで大人しくしてようかな。
見つけやすいところに移動しようかと思ったマリナに何かがぶつかってきた。
「…!」
肘から腰にかけて冷たい何かが掛かった。
腕を伝う感触から何らかの液体が付着したのがわかる。
ぶつかってきたものに視線を向けると笑みに歪んだ顔が目に入った。
「失礼いたしました、視界に入らなかったものですから」
小さくて…と、空になったグラスを持った令嬢が笑う。
何をしたか誇示するようにグラスをゆらす令嬢。
自分が無表情になっていくのがわかる。
端の方にいたとはいえ人が増え始めた会場で、マリナ達は注目を集めていた。
ふふっと令嬢が忍び笑いを漏らす。
とっても楽しそうな顔を見ているとふつふつと闘志が湧き上がる。
令嬢が手にしていたグラスには果実酒が入っていた。
透き通った赤色の果実酒は飲みやすさから令嬢によく好まれている。
ただこの場合飲むために持っていたのではないでしょうね。
見下ろすまでもなくドレスは汚れている。
「あらあら、大変。 すぐに着替えないと」
くすくすと楽しそうに笑う令嬢。わざとだと隠そうともしない。
主役が登場する前とはいえ、祝いの席でこのような騒動を起こすのは如何なものでしょうか。
令嬢が楽しそうなのでマリナも楽しくなってきた。
「着替えお持ちかしら? 無ければ私の物をお貸ししますけれど」
一張羅に決まってますよね、と言いたげな顔。
マリナを害したと思って得意気な令嬢に、マリナからも笑みが零れた。
派手な水音が辺りに響き渡る。
「えっ…!?」
ざわりと会場がどよめく。
頭上から降ってきた水にマリナも令嬢もずぶ濡れになっていた。
会場中の視線が集まったのを感じて魔力を広げる。
心得があるらしき何人かが顔色を変えた。
(やだわ、危ないことなんてしないのに)
おかしくて笑い出しそうになったが、場違いなので微笑むに留める。
刹那生まれた風が肌を撫でると濡れていたドレスは乾いていた。
何が起こったのか理解できない令嬢が辺りを見回す。
その瞳がマリナに戻ったところで笑みの浮かぶ唇を開く。
「失礼、零れたお酒で汚れてしまったので洗い流しました」
お互い汚れてしまいましたものね、と笑みを向ける。
はっと令嬢が自分の髪に触れる。水を被ったはずの髪もドレスもすっかり乾いていた。
何が起こったのか理解しきれずに口を開けてマリナを見ている。
「あら」
マリナが手を伸ばすとびくりと身体を揺らす。
伸ばした手で指し示したのは令嬢の頭部。
急激に乾かされたせいか令嬢の髪は少し広がっている。
「申し訳ありません、慌ててしまったので乾かし方が甘かったようですね」
綺麗に整えた髪が崩れ、ドレスが綺麗な分余計に滑稽な姿になっていた。
「お部屋を借りて直しましょうか、先程よりも丁寧に致しますのですぐ直りますよ」
二人きりでお話ししましょう、と暗に言われているように感じたのか令嬢が青褪める。
「結構よ! 私の侍女は髪結いを得手としているので彼女に頼むわ!」
「それは良かったです。 では…」
視線を巡らせると、タイミングを見計らったかのようにヴォルフが近づいてきた。
「部屋を用意させたのでそちらへどうぞ、メイドが案内します」
「…!」
ヴォルフに見られていたと知って令嬢の顔が羞恥に染まる。
視界の端でアデーレ様が力強く頷いていた。
タイミングばっちり!という声が聞こえる気がする。
俯き、足早に会場を出ていく令嬢を見送る。令嬢の背には囁くような笑い声が掛けられ、彼女は耳まで赤く染めていた。
「お前は大丈夫か?」
確かめるようにヴォルフがマリナの髪を梳く。
「当然」
マリナは綺麗に乾いている。
彼女の髪だけちゃんとしなかったのはわざとだ。
崩れた髪を見られただけでも恥だろうけれど、その前のいざこざを仕掛けたのも彼女だと知られている。
恋物語に憧れる少女たちは令嬢に厳しい眼を向けていたし、良識のある部類のご婦人や紳士も冷めた眼差しで彼女を見ていた。
酒を掛けてきたのが相手だからヴォルフもやり過ぎだとは言わない。
騒がせたことに軽く頭を下げると歓談していた何人かがこちらに近づいてきた。
「面白い見世物だったよ」
「本当! あんな派手な余興は中々ないわ」
侯爵の友人だという男性とその夫人は至極楽しそうに称賛の言葉を述べた。
「お騒がせしてしまったのかと思いましたが」
気にしなくてよかったらしい。
男性はマリナの心配を笑い飛ばした。
「あれくらいなら余興の一つだよ」
「ええ、侯爵様も気になさらないと思いますわ」
ちらりとヴォルフを見上げると渋い顔をしながら頷いた。
「むしろ見られなかったことを残念がるかもしれませんね」
ひとしきり賛辞を述べると二人は他の方に挨拶をするため離れていく。
周りの視線が離れそれぞれ歓談に戻ったのを確認して、ヴォルフがマリナの頭を撫でる。
「悪かったな、一人にして」
「楽しかったわ」
素直な感想を口にすると頭を小突かれた。
会場を見渡すと人の入りはまだ六割といったところ。
招待客たちは近くにいる人と談笑しながら式の始まりを待っていた。
テーブルには軽食や飲み物も用意されていたけれど、のどは渇いていない。
ヴォルフが逃げて来るまで大人しくしてようかな。
見つけやすいところに移動しようかと思ったマリナに何かがぶつかってきた。
「…!」
肘から腰にかけて冷たい何かが掛かった。
腕を伝う感触から何らかの液体が付着したのがわかる。
ぶつかってきたものに視線を向けると笑みに歪んだ顔が目に入った。
「失礼いたしました、視界に入らなかったものですから」
小さくて…と、空になったグラスを持った令嬢が笑う。
何をしたか誇示するようにグラスをゆらす令嬢。
自分が無表情になっていくのがわかる。
端の方にいたとはいえ人が増え始めた会場で、マリナ達は注目を集めていた。
ふふっと令嬢が忍び笑いを漏らす。
とっても楽しそうな顔を見ているとふつふつと闘志が湧き上がる。
令嬢が手にしていたグラスには果実酒が入っていた。
透き通った赤色の果実酒は飲みやすさから令嬢によく好まれている。
ただこの場合飲むために持っていたのではないでしょうね。
見下ろすまでもなくドレスは汚れている。
「あらあら、大変。 すぐに着替えないと」
くすくすと楽しそうに笑う令嬢。わざとだと隠そうともしない。
主役が登場する前とはいえ、祝いの席でこのような騒動を起こすのは如何なものでしょうか。
令嬢が楽しそうなのでマリナも楽しくなってきた。
「着替えお持ちかしら? 無ければ私の物をお貸ししますけれど」
一張羅に決まってますよね、と言いたげな顔。
マリナを害したと思って得意気な令嬢に、マリナからも笑みが零れた。
派手な水音が辺りに響き渡る。
「えっ…!?」
ざわりと会場がどよめく。
頭上から降ってきた水にマリナも令嬢もずぶ濡れになっていた。
会場中の視線が集まったのを感じて魔力を広げる。
心得があるらしき何人かが顔色を変えた。
(やだわ、危ないことなんてしないのに)
おかしくて笑い出しそうになったが、場違いなので微笑むに留める。
刹那生まれた風が肌を撫でると濡れていたドレスは乾いていた。
何が起こったのか理解できない令嬢が辺りを見回す。
その瞳がマリナに戻ったところで笑みの浮かぶ唇を開く。
「失礼、零れたお酒で汚れてしまったので洗い流しました」
お互い汚れてしまいましたものね、と笑みを向ける。
はっと令嬢が自分の髪に触れる。水を被ったはずの髪もドレスもすっかり乾いていた。
何が起こったのか理解しきれずに口を開けてマリナを見ている。
「あら」
マリナが手を伸ばすとびくりと身体を揺らす。
伸ばした手で指し示したのは令嬢の頭部。
急激に乾かされたせいか令嬢の髪は少し広がっている。
「申し訳ありません、慌ててしまったので乾かし方が甘かったようですね」
綺麗に整えた髪が崩れ、ドレスが綺麗な分余計に滑稽な姿になっていた。
「お部屋を借りて直しましょうか、先程よりも丁寧に致しますのですぐ直りますよ」
二人きりでお話ししましょう、と暗に言われているように感じたのか令嬢が青褪める。
「結構よ! 私の侍女は髪結いを得手としているので彼女に頼むわ!」
「それは良かったです。 では…」
視線を巡らせると、タイミングを見計らったかのようにヴォルフが近づいてきた。
「部屋を用意させたのでそちらへどうぞ、メイドが案内します」
「…!」
ヴォルフに見られていたと知って令嬢の顔が羞恥に染まる。
視界の端でアデーレ様が力強く頷いていた。
タイミングばっちり!という声が聞こえる気がする。
俯き、足早に会場を出ていく令嬢を見送る。令嬢の背には囁くような笑い声が掛けられ、彼女は耳まで赤く染めていた。
「お前は大丈夫か?」
確かめるようにヴォルフがマリナの髪を梳く。
「当然」
マリナは綺麗に乾いている。
彼女の髪だけちゃんとしなかったのはわざとだ。
崩れた髪を見られただけでも恥だろうけれど、その前のいざこざを仕掛けたのも彼女だと知られている。
恋物語に憧れる少女たちは令嬢に厳しい眼を向けていたし、良識のある部類のご婦人や紳士も冷めた眼差しで彼女を見ていた。
酒を掛けてきたのが相手だからヴォルフもやり過ぎだとは言わない。
騒がせたことに軽く頭を下げると歓談していた何人かがこちらに近づいてきた。
「面白い見世物だったよ」
「本当! あんな派手な余興は中々ないわ」
侯爵の友人だという男性とその夫人は至極楽しそうに称賛の言葉を述べた。
「お騒がせしてしまったのかと思いましたが」
気にしなくてよかったらしい。
男性はマリナの心配を笑い飛ばした。
「あれくらいなら余興の一つだよ」
「ええ、侯爵様も気になさらないと思いますわ」
ちらりとヴォルフを見上げると渋い顔をしながら頷いた。
「むしろ見られなかったことを残念がるかもしれませんね」
ひとしきり賛辞を述べると二人は他の方に挨拶をするため離れていく。
周りの視線が離れそれぞれ歓談に戻ったのを確認して、ヴォルフがマリナの頭を撫でる。
「悪かったな、一人にして」
「楽しかったわ」
素直な感想を口にすると頭を小突かれた。
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