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セレスタ 弟さんの結婚式編

ヴォルフの幼馴染

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「買わなくて良かったのか?」
 何も買わないで宿に戻ろうとするとヴォルフがそんなことを聞いてくる。
「かさばるしね」
 荷物を増やしても困るでしょう。
 後ろ髪は引かれているけれど、諦めた。
 宿に戻ると御者さんが慌てた様子でヴォルフを呼んだ。
「ヴォルフ様!」
 ちらりとマリナを見て焦りを強める。
 いない方がいいのかと、部屋に戻ってると言おうとしたところで、後ろから声が掛けられた。
「あら、久しぶりね? ヴォルフ」
 低く、ゆったりとした声は聴いていて心地よい響きをしている。
 振り返ると濃い紺色のドレスを纏った女性がヴォルフを見つめていた。
 ゆるく巻いた黒髪には花を模した髪飾りがよく映えて髪の艶やかさを強調している。
 一見して黒く見える瞳はおもしろいものを見つけたように輝きに溢れていた。
 全体的に暗い色彩ばかり身に纏っているのに彼女から受ける印象は正反対。
 身の内から溢れる生命力が目に見える気すらした。
 一瞬だけ視線がこちらを掠めてヴォルフに戻る。
「元気そうじゃない。 変わらないわね、その無表情な顔!」
 失礼な言葉で挨拶をする、それくらいではヴォルフが機嫌を損ねないとわかっているのだろう。
 敬称を付けずにヴォルフを呼ぶ声に相手が誰だか知れた。
 幼馴染?とか言っていた結婚してもかまわない相手。
 そういえば戻ってきてから彼女の誕生日に贈り物はしたのかな。
 答えはすぐに得られた。
「まったく今年の誕生日には連絡もないかと思えば。
 遅れて寄越したのがカード一枚なんて、どういった心境の変化があったのかしら?」
 瞳だけがマリナを見る。
 理由は知っているのにそういって絡む。文句なのか、からかいなのかわかりづらい態度。
「書いただろう」
 ヴォルフの返答に彼女が笑顔のまま表情を固める。
 笑顔で無表情…。矛盾しているけれどそう表現するのが一番近い気がした。
「そうね」
 ふっと吐いた息に乗せた感情はマリナにはわからない。
 ここで女性の瞳がマリナに向く。
「ところでそちらのお嬢さんは?」
 紹介してくれないの?と問う視線はマリナを値踏みするもの。
 王宮にいるときのように意識を切り替えて笑みを浮かべた。
 嫌そうな顔でヴォルフが女性を紹介する。
「マリナ、彼女はアデーレ。 一応幼馴染みということになる。
 アデーレ。 こちらはマリナだ。 俺と同じ双翼で、アレクの結婚式に共に出席することになっている」
 簡略し過ぎな紹介にアデーレ様が文句を言う。
「ちょっと! もっとちゃんと紹介しなさいよ」
 うん、適当にも程がある。
「まあいいわ、私はアデーレよ。 一応侯爵家ということになるわ」
 ヴォルフと同等の家格。このタイミングで会ったということは、もしかして彼女も結婚式に出席するのだろうか。
「マリナと申します。 家名はございませんが、魔術師として王子に仕えております」
 厳密に言うとマリナにも家名はあるが、魔術師は弟子入りをするときに家名を捨て師匠を後見人とする慣習があるため、アデーレ様も特に何も言わなかった。
「ふぅん…」
 一瞬でマリナの全身を見て頷く。
 何かに納得したらしいアデーレ様はヴォルフに向き直ってにっこりと笑った。
「私もアレクの結婚式に向かうところなの。
 良かったらご一緒しましょう」
 良かったらと言いながらも有無を言わせない口調。
 特に断る理由もないので了承するしかなかった。


 その日の夕食はアデーレ様の話を揃って聞く会になっていた。
 アデーレ様の話すヴォルフの昔話に相槌を打つ。
「へえ、そうなんですか」
「本当よ? あの頃のヴォルフって全く気が利かなかったわ。
 それは今もだけどね?」
 誕生日のことをまだ気にしているのか、時折ちくりと嫌味を混ぜながらしゃべり続ける。
「まだ私が八つくらいの頃は、よく侯爵家に遊びに行ったのよ?
 ヴォルフはいつも剣を振っていて、横でお茶している私やアレクのことなんて目に入らなかったわね。
 稽古が早く終わったときだけ私の入れたお茶を飲んでくれたわ。
 おいしいともなんとも言わないから悔しくって! ヴォルフがおいしいって言うまで猛特訓したもの!」
 小さくても人の本質って変わらないんだな、と思わせるヴォルフの昔話だった。
 夕食が終わっても続くアデーレ様の話にヴォルフが明日も早いからと口を挿む。
 不満そうな様子も意に介さず退出するヴォルフに倣って頭を下げる
 ようやく部屋に戻れた時には予定していたよりかなり遅い時間になっていた。
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