146 / 368
セレスタ 弟さんの結婚式編
ヴォルフの幼馴染
しおりを挟む
「買わなくて良かったのか?」
何も買わないで宿に戻ろうとするとヴォルフがそんなことを聞いてくる。
「かさばるしね」
荷物を増やしても困るでしょう。
後ろ髪は引かれているけれど、諦めた。
宿に戻ると御者さんが慌てた様子でヴォルフを呼んだ。
「ヴォルフ様!」
ちらりとマリナを見て焦りを強める。
いない方がいいのかと、部屋に戻ってると言おうとしたところで、後ろから声が掛けられた。
「あら、久しぶりね? ヴォルフ」
低く、ゆったりとした声は聴いていて心地よい響きをしている。
振り返ると濃い紺色のドレスを纏った女性がヴォルフを見つめていた。
ゆるく巻いた黒髪には花を模した髪飾りがよく映えて髪の艶やかさを強調している。
一見して黒く見える瞳はおもしろいものを見つけたように輝きに溢れていた。
全体的に暗い色彩ばかり身に纏っているのに彼女から受ける印象は正反対。
身の内から溢れる生命力が目に見える気すらした。
一瞬だけ視線がこちらを掠めてヴォルフに戻る。
「元気そうじゃない。 変わらないわね、その無表情な顔!」
失礼な言葉で挨拶をする、それくらいではヴォルフが機嫌を損ねないとわかっているのだろう。
敬称を付けずにヴォルフを呼ぶ声に相手が誰だか知れた。
幼馴染?とか言っていた結婚してもかまわない相手。
そういえば戻ってきてから彼女の誕生日に贈り物はしたのかな。
答えはすぐに得られた。
「まったく今年の誕生日には連絡もないかと思えば。
遅れて寄越したのがカード一枚なんて、どういった心境の変化があったのかしら?」
瞳だけがマリナを見る。
理由は知っているのにそういって絡む。文句なのか、からかいなのかわかりづらい態度。
「書いただろう」
ヴォルフの返答に彼女が笑顔のまま表情を固める。
笑顔で無表情…。矛盾しているけれどそう表現するのが一番近い気がした。
「そうね」
ふっと吐いた息に乗せた感情はマリナにはわからない。
ここで女性の瞳がマリナに向く。
「ところでそちらのお嬢さんは?」
紹介してくれないの?と問う視線はマリナを値踏みするもの。
王宮にいるときのように意識を切り替えて笑みを浮かべた。
嫌そうな顔でヴォルフが女性を紹介する。
「マリナ、彼女はアデーレ。 一応幼馴染みということになる。
アデーレ。 こちらはマリナだ。 俺と同じ双翼で、アレクの結婚式に共に出席することになっている」
簡略し過ぎな紹介にアデーレ様が文句を言う。
「ちょっと! もっとちゃんと紹介しなさいよ」
うん、適当にも程がある。
「まあいいわ、私はアデーレよ。 一応侯爵家ということになるわ」
ヴォルフと同等の家格。このタイミングで会ったということは、もしかして彼女も結婚式に出席するのだろうか。
「マリナと申します。 家名はございませんが、魔術師として王子に仕えております」
厳密に言うとマリナにも家名はあるが、魔術師は弟子入りをするときに家名を捨て師匠を後見人とする慣習があるため、アデーレ様も特に何も言わなかった。
「ふぅん…」
一瞬でマリナの全身を見て頷く。
何かに納得したらしいアデーレ様はヴォルフに向き直ってにっこりと笑った。
「私もアレクの結婚式に向かうところなの。
良かったらご一緒しましょう」
良かったらと言いながらも有無を言わせない口調。
特に断る理由もないので了承するしかなかった。
その日の夕食はアデーレ様の話を揃って聞く会になっていた。
アデーレ様の話すヴォルフの昔話に相槌を打つ。
「へえ、そうなんですか」
「本当よ? あの頃のヴォルフって全く気が利かなかったわ。
それは今もだけどね?」
誕生日のことをまだ気にしているのか、時折ちくりと嫌味を混ぜながらしゃべり続ける。
「まだ私が八つくらいの頃は、よく侯爵家に遊びに行ったのよ?
ヴォルフはいつも剣を振っていて、横でお茶している私やアレクのことなんて目に入らなかったわね。
稽古が早く終わったときだけ私の入れたお茶を飲んでくれたわ。
おいしいともなんとも言わないから悔しくって! ヴォルフがおいしいって言うまで猛特訓したもの!」
小さくても人の本質って変わらないんだな、と思わせるヴォルフの昔話だった。
夕食が終わっても続くアデーレ様の話にヴォルフが明日も早いからと口を挿む。
不満そうな様子も意に介さず退出するヴォルフに倣って頭を下げる
ようやく部屋に戻れた時には予定していたよりかなり遅い時間になっていた。
何も買わないで宿に戻ろうとするとヴォルフがそんなことを聞いてくる。
「かさばるしね」
荷物を増やしても困るでしょう。
後ろ髪は引かれているけれど、諦めた。
宿に戻ると御者さんが慌てた様子でヴォルフを呼んだ。
「ヴォルフ様!」
ちらりとマリナを見て焦りを強める。
いない方がいいのかと、部屋に戻ってると言おうとしたところで、後ろから声が掛けられた。
「あら、久しぶりね? ヴォルフ」
低く、ゆったりとした声は聴いていて心地よい響きをしている。
振り返ると濃い紺色のドレスを纏った女性がヴォルフを見つめていた。
ゆるく巻いた黒髪には花を模した髪飾りがよく映えて髪の艶やかさを強調している。
一見して黒く見える瞳はおもしろいものを見つけたように輝きに溢れていた。
全体的に暗い色彩ばかり身に纏っているのに彼女から受ける印象は正反対。
身の内から溢れる生命力が目に見える気すらした。
一瞬だけ視線がこちらを掠めてヴォルフに戻る。
「元気そうじゃない。 変わらないわね、その無表情な顔!」
失礼な言葉で挨拶をする、それくらいではヴォルフが機嫌を損ねないとわかっているのだろう。
敬称を付けずにヴォルフを呼ぶ声に相手が誰だか知れた。
幼馴染?とか言っていた結婚してもかまわない相手。
そういえば戻ってきてから彼女の誕生日に贈り物はしたのかな。
答えはすぐに得られた。
「まったく今年の誕生日には連絡もないかと思えば。
遅れて寄越したのがカード一枚なんて、どういった心境の変化があったのかしら?」
瞳だけがマリナを見る。
理由は知っているのにそういって絡む。文句なのか、からかいなのかわかりづらい態度。
「書いただろう」
ヴォルフの返答に彼女が笑顔のまま表情を固める。
笑顔で無表情…。矛盾しているけれどそう表現するのが一番近い気がした。
「そうね」
ふっと吐いた息に乗せた感情はマリナにはわからない。
ここで女性の瞳がマリナに向く。
「ところでそちらのお嬢さんは?」
紹介してくれないの?と問う視線はマリナを値踏みするもの。
王宮にいるときのように意識を切り替えて笑みを浮かべた。
嫌そうな顔でヴォルフが女性を紹介する。
「マリナ、彼女はアデーレ。 一応幼馴染みということになる。
アデーレ。 こちらはマリナだ。 俺と同じ双翼で、アレクの結婚式に共に出席することになっている」
簡略し過ぎな紹介にアデーレ様が文句を言う。
「ちょっと! もっとちゃんと紹介しなさいよ」
うん、適当にも程がある。
「まあいいわ、私はアデーレよ。 一応侯爵家ということになるわ」
ヴォルフと同等の家格。このタイミングで会ったということは、もしかして彼女も結婚式に出席するのだろうか。
「マリナと申します。 家名はございませんが、魔術師として王子に仕えております」
厳密に言うとマリナにも家名はあるが、魔術師は弟子入りをするときに家名を捨て師匠を後見人とする慣習があるため、アデーレ様も特に何も言わなかった。
「ふぅん…」
一瞬でマリナの全身を見て頷く。
何かに納得したらしいアデーレ様はヴォルフに向き直ってにっこりと笑った。
「私もアレクの結婚式に向かうところなの。
良かったらご一緒しましょう」
良かったらと言いながらも有無を言わせない口調。
特に断る理由もないので了承するしかなかった。
その日の夕食はアデーレ様の話を揃って聞く会になっていた。
アデーレ様の話すヴォルフの昔話に相槌を打つ。
「へえ、そうなんですか」
「本当よ? あの頃のヴォルフって全く気が利かなかったわ。
それは今もだけどね?」
誕生日のことをまだ気にしているのか、時折ちくりと嫌味を混ぜながらしゃべり続ける。
「まだ私が八つくらいの頃は、よく侯爵家に遊びに行ったのよ?
ヴォルフはいつも剣を振っていて、横でお茶している私やアレクのことなんて目に入らなかったわね。
稽古が早く終わったときだけ私の入れたお茶を飲んでくれたわ。
おいしいともなんとも言わないから悔しくって! ヴォルフがおいしいって言うまで猛特訓したもの!」
小さくても人の本質って変わらないんだな、と思わせるヴォルフの昔話だった。
夕食が終わっても続くアデーレ様の話にヴォルフが明日も早いからと口を挿む。
不満そうな様子も意に介さず退出するヴォルフに倣って頭を下げる
ようやく部屋に戻れた時には予定していたよりかなり遅い時間になっていた。
0
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる