95 / 368
セレスタ 帰還編
踊らされた人々 小さな一歩
しおりを挟む
シャルロッテが屋敷に戻ると、お爺様が使っている馬車が止まっているのが見えた。
「お爺様がいらっしゃってるの?」
急なことだ。こんなことならマリナの所になんて行かなければよかった。
マリナはシャルロッテのことを変だと言うけれど、マリナも十分マイペースで変わっていると思う。
シャルロッテの新しい友人(?)は今までにはいない人だった。
フローラにだけはマリナのことを話したけれど、彼女も驚いていた。
そのうち二人を会わせてみたい。
ただ、この間のシャルロッテとマリナの行動のせいで少し怖がっている。
フローラは少し魔術を学んだことがあると言っていた。そのせいで余計にマリナのことを畏怖しているのかもしれない。
実際は人をからかって遊んだり、軽口を叩くこともある。
少女めいた容姿を裏切って大人びた目をしている時もあり、そんなときは声を掛けづらい。
マリナ自身も言っていた。シャルロッテとマリナでは見えているものが違うと。
望まれる役割が違うのだから必要以上に比べようとしないでと言っていた。
そうはいっても人が持っている物を羨ましく感じてしまうのは仕方のないこと。
努力で得られたものなら自分にも得られるかもしれないと思ってしまう。
お爺様がいらっしゃっている部屋の前で息を整える。
お爺様に会うのにこんなに緊張するのは初めてだわ。
自分が言おうとしていることを考えると恥ずかしいし怖い。
けれど、望みがあるのなら黙っていては駄目だとシャルロッテはもう知っている。
勇気を出して扉の取っ手を掴んだ。
扉を開けるとお爺様とお父様お母様が揃って談笑していた。
「ただ今戻りましたわ」
「お帰りなさい、シャルロッテ」
お母様がにっこり笑って立ち上がる。
「今日は遅かったわね、お爺様が待っていたのよ?」
お父様もお母様の横で肯く。シャルロッテも知っていたらもっと早く帰ってきた。
「遅くなってごめんなさい。 お爺様が来ていると知っていたらもう少し早く帰ってきたのに…」
「気にすることはない。 突然来てしまったからな」
謝罪するとお爺様は厳しそうな顔に柔らかい笑みを浮かべる。
たった一人の孫娘だからか、お爺様はシャルロッテに優しい。
従兄弟にはもう少し厳しく接していたはず。
お爺様が近くに座るように招く。
姿勢を正してお爺様に向き直る。緊張に舌を噛まないように、ゆっくりと言葉を発した。
「お爺様」
「ん? どうした、シャルロッテ」
優しく微笑まれて緊張が高まる。これからシャルロッテが話すことを聞いたらその笑みが見られなくなってしまうのではないかと、わずかな迷いが胸を過る。
迷いを振り切って、微笑みを意識しながら口を開いた。
「お爺様に会っていただきたい方がいるのです。 お父様、お母様にも」
のんびりしたお母様には伝わらなかったようだけれど、お爺様とお父様にはすぐに意図が伝わったみたい。
「シャルロッテ、それは…」
お父様が少しだけ目を見開いてシャルロッテの言葉を確かめようとする。
それを遮ったのはお爺様の声だった。
「それは、私が勧めた者ではないな?」
「はい」
お爺様に勧められた相手には近づいてすらいない。
それもお爺様は知っていらしゃるのかもしれなかった。
緊張に握った手が汗をかいている。
「騎士団に差し入れをしに行ったときに出会ったのです。
お爺様が勧めてくださった方のように特別に秀でた方ではありませんが、優しく、誠実な方ですわ」
お爺様が名前を上げた方は双翼のヴォルフ様に匹敵する、とはいかないものの力のある家の方で、ご本人も優秀だと伺った。
「まあ、シャルロッテ。 恋人が出来たの?」
優しく誠実な方、という文脈でお母様が反応した。まあ!と少女のように顔を輝かせている。
そんなお母様の横でお父様が何かを考えるような顔をしていた。
「本当なのだな? 騎士団の者と特別懇意になった、と」
確かめるようにお爺様が繰り返す。
「はい」
お腹に力を入れてはっきりと告げる。
「勝手な願いだとはわかっていますが、どうか認めていただけませんか」
お爺様がシャルロッテに力のある家との結びつきを作ってほしいと思っているのもわかっている。
それでも諦めきれないのです、身勝手だと思っても願わずにいられない。
許さないとも言われていないうちから諦めるなんて出来なかった。
「父上、いいではないですか」
じっとお爺様の瞳を見つめていると横からお父様の声が聞こえた。
「まだ相手に会っていないので認めるとも口に出来ないけれど、反対する理由はないと思いますよ」
お父様の言葉にお爺様が苦々しい表情を浮かべる。
「お前は本当に野心というものがないな…。 どうして弟に比べてこうものんびりした性格になったのか…」
叔父様の顔を思い浮かべて心の中で肯く。
マリナに従兄弟との縁談を持ち込むくらいだもの、野心家なのは間違いないとシャルロッテも思う。
「必要以上の野心は周りとの軋轢を生むだけですから。
それに、父上の推す青年は有力過ぎるのでシャルロッテが嫁いでいくことになるでしょう?
どうせならシャルロッテが家から出なくてもいい相手の方が望ましいですよ」
確かにヴォルフ様をはじめお爺様が上げた名前はシャルロッテが嫁ぐことを前提とした相手だった。
ヴォルフ様なんて侯爵家嫡男なので、シャルロッテが嫁ぐ以外考えられない。
一人娘が嫁いでいくことよりも有力貴族との結びつきの方が価値が高いと考えたお爺様と、一人娘が嫁ぐより婿を貰って家を安定させた方がいいと考えるお父様。
どちらの言うことも間違ってはいない。
「しかしな…」
「シャルロッテが望んだ相手だというなら一度会ってみてもいいでしょう。 話はそれからで」
悩みに唸るお爺様にお父様が簡単に言う。
「ではシャルロッテ、今度連れておいで。 会ってみないことには何の判断も下せないからね」
「っ、ありがとうございます…!!」
まだ認めた訳じゃないよ、と釘を刺すお父様に笑みを返す。
それくらい私だってわかっているわ。
それでも喜んでいいでしょう?
お爺様も、だったら一緒に会うから決まったら連絡するように、と言ってくれる。
こんな簡単なことだったなんて…!
もちろんまだ安心なんて出来ないけれど。
一方的に否定されることなく話を聞いてくれた。
自分がどれだけ恵まれているのか、改めて感じる。
「お爺様、ありがとうございます…!」
うれしさに涙の滲んだ瞳でお爺様を見つめ、感謝を告げる。
少し気まずそうに、それでも照れながら笑みを返してくれるお爺様にもう一度感謝を言葉にして贈った。
「お爺様がいらっしゃってるの?」
急なことだ。こんなことならマリナの所になんて行かなければよかった。
マリナはシャルロッテのことを変だと言うけれど、マリナも十分マイペースで変わっていると思う。
シャルロッテの新しい友人(?)は今までにはいない人だった。
フローラにだけはマリナのことを話したけれど、彼女も驚いていた。
そのうち二人を会わせてみたい。
ただ、この間のシャルロッテとマリナの行動のせいで少し怖がっている。
フローラは少し魔術を学んだことがあると言っていた。そのせいで余計にマリナのことを畏怖しているのかもしれない。
実際は人をからかって遊んだり、軽口を叩くこともある。
少女めいた容姿を裏切って大人びた目をしている時もあり、そんなときは声を掛けづらい。
マリナ自身も言っていた。シャルロッテとマリナでは見えているものが違うと。
望まれる役割が違うのだから必要以上に比べようとしないでと言っていた。
そうはいっても人が持っている物を羨ましく感じてしまうのは仕方のないこと。
努力で得られたものなら自分にも得られるかもしれないと思ってしまう。
お爺様がいらっしゃっている部屋の前で息を整える。
お爺様に会うのにこんなに緊張するのは初めてだわ。
自分が言おうとしていることを考えると恥ずかしいし怖い。
けれど、望みがあるのなら黙っていては駄目だとシャルロッテはもう知っている。
勇気を出して扉の取っ手を掴んだ。
扉を開けるとお爺様とお父様お母様が揃って談笑していた。
「ただ今戻りましたわ」
「お帰りなさい、シャルロッテ」
お母様がにっこり笑って立ち上がる。
「今日は遅かったわね、お爺様が待っていたのよ?」
お父様もお母様の横で肯く。シャルロッテも知っていたらもっと早く帰ってきた。
「遅くなってごめんなさい。 お爺様が来ていると知っていたらもう少し早く帰ってきたのに…」
「気にすることはない。 突然来てしまったからな」
謝罪するとお爺様は厳しそうな顔に柔らかい笑みを浮かべる。
たった一人の孫娘だからか、お爺様はシャルロッテに優しい。
従兄弟にはもう少し厳しく接していたはず。
お爺様が近くに座るように招く。
姿勢を正してお爺様に向き直る。緊張に舌を噛まないように、ゆっくりと言葉を発した。
「お爺様」
「ん? どうした、シャルロッテ」
優しく微笑まれて緊張が高まる。これからシャルロッテが話すことを聞いたらその笑みが見られなくなってしまうのではないかと、わずかな迷いが胸を過る。
迷いを振り切って、微笑みを意識しながら口を開いた。
「お爺様に会っていただきたい方がいるのです。 お父様、お母様にも」
のんびりしたお母様には伝わらなかったようだけれど、お爺様とお父様にはすぐに意図が伝わったみたい。
「シャルロッテ、それは…」
お父様が少しだけ目を見開いてシャルロッテの言葉を確かめようとする。
それを遮ったのはお爺様の声だった。
「それは、私が勧めた者ではないな?」
「はい」
お爺様に勧められた相手には近づいてすらいない。
それもお爺様は知っていらしゃるのかもしれなかった。
緊張に握った手が汗をかいている。
「騎士団に差し入れをしに行ったときに出会ったのです。
お爺様が勧めてくださった方のように特別に秀でた方ではありませんが、優しく、誠実な方ですわ」
お爺様が名前を上げた方は双翼のヴォルフ様に匹敵する、とはいかないものの力のある家の方で、ご本人も優秀だと伺った。
「まあ、シャルロッテ。 恋人が出来たの?」
優しく誠実な方、という文脈でお母様が反応した。まあ!と少女のように顔を輝かせている。
そんなお母様の横でお父様が何かを考えるような顔をしていた。
「本当なのだな? 騎士団の者と特別懇意になった、と」
確かめるようにお爺様が繰り返す。
「はい」
お腹に力を入れてはっきりと告げる。
「勝手な願いだとはわかっていますが、どうか認めていただけませんか」
お爺様がシャルロッテに力のある家との結びつきを作ってほしいと思っているのもわかっている。
それでも諦めきれないのです、身勝手だと思っても願わずにいられない。
許さないとも言われていないうちから諦めるなんて出来なかった。
「父上、いいではないですか」
じっとお爺様の瞳を見つめていると横からお父様の声が聞こえた。
「まだ相手に会っていないので認めるとも口に出来ないけれど、反対する理由はないと思いますよ」
お父様の言葉にお爺様が苦々しい表情を浮かべる。
「お前は本当に野心というものがないな…。 どうして弟に比べてこうものんびりした性格になったのか…」
叔父様の顔を思い浮かべて心の中で肯く。
マリナに従兄弟との縁談を持ち込むくらいだもの、野心家なのは間違いないとシャルロッテも思う。
「必要以上の野心は周りとの軋轢を生むだけですから。
それに、父上の推す青年は有力過ぎるのでシャルロッテが嫁いでいくことになるでしょう?
どうせならシャルロッテが家から出なくてもいい相手の方が望ましいですよ」
確かにヴォルフ様をはじめお爺様が上げた名前はシャルロッテが嫁ぐことを前提とした相手だった。
ヴォルフ様なんて侯爵家嫡男なので、シャルロッテが嫁ぐ以外考えられない。
一人娘が嫁いでいくことよりも有力貴族との結びつきの方が価値が高いと考えたお爺様と、一人娘が嫁ぐより婿を貰って家を安定させた方がいいと考えるお父様。
どちらの言うことも間違ってはいない。
「しかしな…」
「シャルロッテが望んだ相手だというなら一度会ってみてもいいでしょう。 話はそれからで」
悩みに唸るお爺様にお父様が簡単に言う。
「ではシャルロッテ、今度連れておいで。 会ってみないことには何の判断も下せないからね」
「っ、ありがとうございます…!!」
まだ認めた訳じゃないよ、と釘を刺すお父様に笑みを返す。
それくらい私だってわかっているわ。
それでも喜んでいいでしょう?
お爺様も、だったら一緒に会うから決まったら連絡するように、と言ってくれる。
こんな簡単なことだったなんて…!
もちろんまだ安心なんて出来ないけれど。
一方的に否定されることなく話を聞いてくれた。
自分がどれだけ恵まれているのか、改めて感じる。
「お爺様、ありがとうございます…!」
うれしさに涙の滲んだ瞳でお爺様を見つめ、感謝を告げる。
少し気まずそうに、それでも照れながら笑みを返してくれるお爺様にもう一度感謝を言葉にして贈った。
0
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【書籍化・3/7取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる