双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

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セレスタ 帰還編

ストレス発散 2

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 マリナが放った初撃はヴォルフの剣に弾かれる。
 手から離れそうになる短剣を握り直す。
 いとも簡単に攻撃を弾かれたことは悔しくもなんともない。
 元よりマリナとヴォルフでは実力差があり過ぎる。
 マリナはあまり運動が得意なわけでもないし、体力もそんなにない。
 だから他の力…魔力で底上げをする。
 ヴォルフが振り下ろした剣を魔力の塊で弾いて一歩踏み出す。
 首筋を狙った一撃は身を捻って躱される。
 そのまま足払いを掛けられそうになったので後ろに跳んで避けた。
(あっぶな…)
 転ばされたら一瞬で勝負がついてしまう。
 冷や汗を流すマリナが構え直す前にヴォルフが目の前に迫っていた。
 咄嗟に伸ばした左手で魔力壁を作り出す。
 ぎぃん、と音がして衝撃にヴォルフが一歩下がる。
 同時にマリナが作り出した魔力弾がヴォルフの足元を狙う。
「…!」
 死角からの攻撃にも関わらずヴォルフは綺麗に避けた。
(もう、どうなってるんだか!)
 魔力の塊は目に見えない。
 それなのにヴォルフは完全に回避しみせた。いつものことだけど理不尽を感じる。
(多分空気の動きとかで感知してるんだろうけど、それだっておかしなことよね)
 高速で動く魔力弾は必ずしも直線の動きではない。
 けれどマリナの作った魔力弾がヴォルフに当たることは稀だ。
 これが鍛練をしている武人との違いなんだろうけど、今日は一発入れたかった。
 絶対に勝つ。
 そう決めたら迷わなかった。
 短剣を左手に持ち替えて手を前に伸ばす。
 ヴォルフが警戒するように剣を構える。
 でももう遅い。
 無数の魔力弾を空間に作り出す。
「っ!」
 マリナが手を振り下ろすと同時に全ての魔力弾が一気に動き出した。
 魔力弾同士がぶつかり、衝撃波を生み出す。
「……っ!!」
 激しい音が訓練所内に鳴り響く。
 嵐のような奔流がヴォルフを襲い、動きを封じていた。
 ヴォルフの周辺を見舞う奔流を新たに作り出した魔力壁で防ぎヴォルフに迫る。
 目を見開いたヴォルフがどうにか塞ごうと上げた剣を魔力弾で弾き飛ばし眼前に辿り着く。
「ていっ!」
 勢いそのままにヴォルフを突き飛ばす。
 仰向けに倒れ込んだ所に伸し掛かり短剣を突きつけた。
「私の勝ち」
 腹の上に片膝を乗せた状態で勝利宣言をする。
 一瞬呆然としたヴォルフだったけどすぐに我に返った。
「今のはずるくないか」
「何よ、魔法は使ってないんだからルールには反してないわ」
 ズルじゃないかといったらズルな気がするけど、訓練所の規則には反していない。
 魔法は使用禁止だけど魔力の使用は禁止事項がないのだから問題はない。心情的にはズルだと思うけどね。
「勝ちは勝ちよ。 敗者は黙って受け入れなさい」
 膝に少し体重をかけると少しだけ顔を顰めたけれど、うめき声も上げない。
 鍛えた腹筋のおかげなのか、あんまりダメージを受けている様子はなかった。
「…はあ」
 溜息を吐いてヴォルフが剣を離した。
 降参、というように手を上げて力を抜く。
 今更だけどヴォルフは大らかというか、こんな小娘に狡い手で土を付かされてもいいんだ。
「怒らないの?」
 普通は怒ると思う。
 聞くとヴォルフが笑う。振動を膝で感じる。
「何故だ? 規則に則った戦いをして、負けた、それだけのことだろう」
 魔力で己を強化するのはやってる奴もいるしな、と事も無げに笑う。
 呆れと同時に胸がきゅぅっと締め付けられた。
「暗器や不意打ちをする奴もいるし…」
 突きつけていた短剣から手を離す。
 膝に体重を掛けないようにしながら身を屈めた。
「マリナ?」
 自分の顔を覗き込むマリナに異変を感じ取ったのか、ヴォルフが言葉を止める。
「怒ってたの」
 ヴォルフの肩に手を置き、顔を見下ろす。
 そう、怒ってた。
 それと同時に申し訳なくも思っていた。
 マリナがもっと大人だったら笑って終わらせただろう。
 一方的に詰って話の途中で逃げ出した。
「ヴォルフにも、自分にも」
 配慮してくれないヴォルフにも、不甲斐ない自分にも。
 もっとこうだったら、と無い物ねだりで自分から目を逸らした。
 ヴォルフは黙って話を聞いてくれる。
 黒い瞳が真摯にマリナを見つめていた。
 伸し掛かった身体がヴォルフの息遣いを感じている。
「勝手な噂にはうんざりなの」
 知らないことを好き勝手に装飾されるのは不愉快だった。
「だから…」
 王子が言っていた。事実だったら平気な顔をしていそうだ、と。
 肩に置いていた手を首の横の床に移す。
 必然的に近づいた距離に心臓が煩く騒ぐ。
「私だって好きにするわ」
 動かないヴォルフに顔を近づけていく。
 驚愕に染まる瞳を見つめながら自分から唇を重ねた。
「………」
 たっぷり5秒は経ってようやくヴォルフが口を開く。
「マリナ…」
 顔を寄せたまま、話す度に唇が触れ合いそうな距離にヴォルフが戸惑っている。
 名前を呼んだものの二の句が継げずに唇を震わせた。
 至近距離で見つめ合うマリナたちが言葉を発する前にバタバタと響く足音が訓練所に飛び込んできた。
「ヴォルフ、大丈夫か…!?」
「……??」
「……!!」
「マリナ、ちょっと待て」
 魔力弾の衝撃音を聞いて心配した騎士たちが訓練所の様子を見に来たのだった。
 彼らが目にしたのはヴォルフに伸し掛かったマリナ。
 先だって流れた噂の内容を肯定するような光景を見せられて騎士たちは衝撃に固まって動かない。
 思い通りの光景にマリナは笑った。
「わざとか?」
 ヴォルフが出入りする訓練所で決定的な場面を目撃させたのは。
「当たり前でしょう」
 散々からかわれて少しは恥ずかしい思いをすればいい。
 そうすればマリナの気持ちが多少はわかるだろう。
 マリナの周りも騒がしくなる捨て身の攻撃だったが、もう構わない。
「誰に憚ることもない関係なんだから、もういいわ」
 噂なんて好きにすればいい。
 前からあった噂に少し彩りが増えるだけだ。
 ヴォルフの顔がわずかに染まる。
 片手を額に当てて参った、と呟く。
 身を起こすとヴォルフも同じように起き上がる。
 衝撃から立ち直った人から訓練所を出て行き、残ったのはマリナとヴォルフだけだった。
 これでまた明日からさらに騒がしくなるだろう。
 でもかまわない。
 事実に基づく噂がどんな風に変化していこうと、事実は二人の間だけにあるのだから
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