双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

文字の大きさ
上 下
65 / 368
セレスタ 帰還編

甘い時間の作り方 初級編 5

しおりを挟む
  手に持ったペンを降ろして呟く。
 「…邪魔なんだけど」
  後ろから抱きかかえられ、時折頬や肩に触れられるこの状態。
  考え事をするには不向きすぎる体勢で、集中するどころじゃない。
 「気にするな」
  到底無理なことを言う。
  ヴォルフがマリナの部屋に来ているときは大抵こうしてベッドの上に座って抱きかかえられている。
  マリナも顔が見えないので緊張しすぎることはないけれど、やっぱり落ち着かない。
  普段マリナが使っている一人掛けのソファはヴォルフには狭かったみたいだし、新しい家具を買った方がいいかな。
  急すぎる触れ方で時々犬にされながらもヴォルフは止めようとしない。
  今は頭を撫でながら肩口までしかないマリナの髪を弄んでいる。
 「くすぐったい」
  文句を言いながらマリナも身を離さない。
 「お前の髪は滑らかで心地良いな」
  何が楽しいのか、声が浮かれている。
  書き物をするのは諦めて道具をテーブルに置く。
  ヴォルフと一緒にいるのが落ち着かなくて手を伸ばしただけで、今やる必要はない。
  マリナが諦めたのを見てヴォルフが嬉しそうに笑う。
  顔が見えなくてもどんな顔をしているかわかった。
 「マリナ」
  肩を引かれてヴォルフの胸に体重を預けさせられる。
  広い胸が自分を包んでいることを意識すると、どうしても鼓動が激しくなってしまう。
 「そういえばさっきから変化するたびに指輪が落ちているんだが何故だ?」
 「ああ、多分だけどこの世界の物じゃないから異物として弾かれてるんじゃないかな」
  普通に身に着けている服や装飾品ならその人の一部として一緒に姿を変える。
  ヴォルフも変化したときはただの犬の姿だけど、元の姿に戻した時にはちゃんと服や剣も身に着けている。
  向こうの世界の物は魔力が馴染みづらい性質でもあるのかもしれない。
  そしてさっきから変化するたびに指輪を落っことしている。
 「いっそ鎖に通して持つ? それなら変化したときにも首に下がったままになるでしょうし」
 「お前が慣れればいいだけだ」
  そう言われるとその通りだけど、いつになるかわからないのでマリナが言った案の方が現実的だと思う。
 「すぐにはムリよ」
  顔を見ない状態でこんなに動悸が激しいのに、顔を合わせて動揺しない状態になれるのは何時になるのか、想像もつかない。
  マリナの否定に気分を害したようにヴォルフが黙り込む。
  沈黙が気になりヴォルフを振り返ろうとした時。
 「…っ!」
  こめかみに口付けられて否応なしに魔力が反応する。
 《…ふん》
  拗ねたようにも得意気なようにも見える黒犬に、もう元の姿に戻さないでいようかな、とちょっとだけ思った。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【書籍化・3/7取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...