双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

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異世界<日本>編

本当に望んだ未来

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「うわぁ…」
  目に飛び込んできた海原を見て出てきたのは感嘆の溜息だけだった。
  正直ここまですごいとは思わなかった。この国が海に囲まれた島だって知識として知っていたけど、想像と実際の姿は大きく違う。
 「広いなー」
  地平線とはまた違う、世界の広がりを感じさせる姿。
  その先には無限の可能性が広がっているような気さえした。
 「すごい…」
  ヴォルフにも見せたい、と思った。叶わなくても、そう思える人がいるのは幸せだ。
 「この向こうにはまた違う国があるんだよね」
  自由に行き来できる、この世界の可能性に胸が高鳴る。
  自分が何をしたいのか、これから考えていかなければならない。
  向こうの世界なら遅いくらいだが、この国ではまだ将来のことを考える年齢だ。与えられた時間できっと何かを見つけることが出来ると信じていた。
 「私ならどんなことでもできる。 きっと」
  口に出して呟くとそれを強く信じることができる。
 『言霊』というのだと、斎藤さんが教えてくれた。
 「有能だし」
  向こうの世界では、だけど。こっちでもそう言われてみせる。
 「こっちでは、いなきゃ困るって言わせてみせるんだから!」
  振り切るようにはっきりとした声を出す。
  決意表明をするようにぐっと拳を握った。
 「そうだな。 お前は有能で、何でもできて、いないと困る人間だ」
  後ろから聞こえてきた声に時が止まる。
 「現に仕事が滞っているし、ちょっとした助言を聞きたくてもお前がいないから一々専門の人間を呼ばなきゃならない状態だ」
  いるはずのない人間の声。けれど幻聴とするには、声ははっきりと空気を震わせて伝わってくる。
 「お前じゃなきゃ駄目なんだ」
  幻聴じゃないと確信したけれど、都合のいい台詞にやっぱり幻聴なのかと思った。
 「だから、戻ってこい」
  じゃり、と音を立てて一歩近づく。
 (これは、現実…?)
  振り向こうとする意思に反して、身体は硬直して動かない。
 「マリナ」
  声が、振り向かないマリナを焦れたように呼ぶ。
  ゆっくりと、ぎこちない動きで後ろを振り向く。
  人形のような動きで振り返ったマリナを待っていたのは笑みを浮かべたヴォルフだった。
 「な、んで…?」
  思わず全身を上から下まで見る。本当に本人?何で?
  混乱するマリナを余所にヴォルフは平静な様子で告げる。
 「俺たちの傍にいてほしい。 王子の魔術師はお前だけで、俺の対の片翼もお前だけだ」
  意識はこれ以上ないくらいはっきりしている。それでも夢なんじゃないかと疑った。
  ヴォルフは向こうでいつも着ていた騎士服ではなく、こちらの世界でも違和感のないシャツとズボンを身に着けている。
  見たことのない服で現れた以上、これが夢や幻覚でないのは動かしようのない事実。
  そう分析しても、まだ信じられなかった。
 「帰った…、帰したよね。 なんでここにいるの?」
  また魔力溜りにでも落ちた?だとしたらあり得ない確率で不運だ。
 「聞いてなかったのか、お前を迎えに来たんだ。 俺たちの傍に戻ってこい」
 「何で?」
  反射的に問い返す。別に否定するつもりではなかったのだが、聞きようにとっては否定にも取れる答えだった。
  怒るかと思ったら眉を寄せて何か考え込んでいる。
  そう、例えるなら何かが痛むような顔…?でもそんな顔をする理由が見つけられない。
  ヴォルフがゆっくりと距離を詰めてくる。身長差があるので自然と見上げるかたちになる。
  久々に見る顔にじわじわとうれしさが湧いてくる。もう、見ることはないと思っていた顔。
  じっと見下ろす瞳に、目を逸らしたくなるのを意識して抑える。いたたまれない。
  見上げていた頭が急に下がる。すっと膝を折ってヴォルフがマリナを見上げた。
  視線がまっすぐにマリナを射抜く。
 「マリナ…、ずっと考えていたんだ」
  静かな、穏やかな声なのに、びくっと身体が反応した。
  何を、言おうとしてるのか。警戒に身体が強張る。
  世界を越えて文句を言われるほどのことはしてない、と思うけど。
 「向こうに戻ってからずっと、お前のことを考えていた」
  戻ってから色々な人間にマリナの話を聞いたと言う。何の為に?
 「お前が戻りたくない理由がわかった気がした」
 「別に、それは気にしていない」
  ヴォルフが言っているのはマリナを良く思わない人間たちのことだろう。
  今更気にするほど繊細な神経は持ち合わせていない。
  双翼になると決まったときから、いや、師匠に拾ってもらったときから、そういった偏見は当たり前だと思っている。
  否定するとヴォルフもあっさり頷いた。
 「ああ、それを理由に戻らないくらいなら、とっくに双翼を辞退していただろう」
  ?だったら何を言いに来たんだろう。
 「それでわかった気になっていたら、お前は戻らないだろうと思った」
  言いたいことが読めない。
 「俺はどうしてもお前に戻って来てほしい。 その為なら、どんなことでも力を尽くすつもりだ」
  本気の瞳で言われて、胸が軋む。
  それじゃ、駄目なの。
  双翼として傍にいるだけでも幸せでいられた、以前なら。
  今はもうそれだけじゃ足りない。
  誰かを伴侶として迎えるヴォルフを見たくない。遠からず来る未来に、きっと耐えられないと思ったから。
 「それ以上は言わないでよ。 私だって考えて決めたんだから」
  勢いで決めたわけじゃない、ずっと考えていたことだ。
 「マリナ、聞け」
  顔を背けて聞きたくないと示すマリナに、ヴォルフが手を伸ばす。
 「…!」
  優しく取られた手から伝わる熱に切なさが込み上げる。
 「マリナ…」
  困ったような声でマリナの名を呼ぶ。ヴォルフの顔を見たら泣いてしまいそうだ。
 「帰らないだけの理由がある、だから帰らない」
  幼稚だと言われても譲れなかった。祝福なんて出来ない、見たくない、だから…!
  握られた手に、少しだけ力が加わる。
 「好きだ」
  手の甲に触れた感触に目をやる。両手で包むようにヴォルフがマリナの手を取り、口付けている。
  されている行為を理解するまでに数秒の時間を要した。
  ヴォルフが手にくちづけを落としながら囁く。
 「お前が、好きだ」
 「嘘…」
  見つめる瞳には熱がこもっている。こんな瞳で見つめられてその言葉を疑う人間なんていないと思えるほどに。
  けれどマリナから零れ落ちたのは否定の言葉だった。
  ヴォルフが私のことをなんとも思ってなかったのなんて知ってる。
  ずっと前から、一方的な片思いだった。想いを告げて何かが変わるなんて幻想すら抱けないほど。
  優しい手の感触にそれを真実だと信じてしまいたい自分がいる。
  甘い夢に溺れて思考を止めてしまえれば、幸せが手に入る。それを頑なに否定するのも自分自身だった。
 「嘘! ヴォルフが私のことをどうとも思ってなかったの、知ってるもの!
  欠片も、私のことを見てなかった!!」
  言ってて痛いけれど、それが事実だ。事実から目を背けて得る中途半端な幸せはいらない。
 「戻ってくるよう誰かに入れ知恵された? 王子とか、師匠とか?」
  マリナが戻らなくて困るのは王子くらいだろう。新しい双翼との関係を作り直すより、マリナが戻った方が早いというのも理由にはなる。師匠は…。
  積極的にマリナを戻そうとはしなくても、王子に聞かれたら答えは示すだろう。
  あの世界でマリナのことを一番知っているのは師匠だから。マリナの弱点も良く知っているはずだ。
 「流石にその行動は軽蔑するよ。 そういうことはしないと思ってた」
  色で女を繋ぐなんて考えをヴォルフ自身が考えたとは思わない。けれどそれに加担するなら同じ穴の狢だ。
  そこまで『利用される』ことは私自身が許せない。
  どうせ叶わない想いなら、きれいな思い出のままでいさせてほしかった。
 「落ち着け、マリナ」
  矢継ぎ早に言葉を繰り出すマリナに、ヴォルフが少し焦った声で言う。
  取られたままの手を振りほどこうとすると、強い力で止められた。
 「マリナ!」
  落ち着けと言ったヴォルフの方が焦ったように声を荒げる。
 「何よ、離してよ!」
  振り回そうとした手はがっちりと押さえられている。元より力でヴォルフに敵うわけがない。
  腕の中に抱え込まれて、身動きが取れなくなる。
 「落ち着け」
  耳元で囁かれて、かぁっと全身の体温が上がった。羞恥に頬が染まっていく。
  肩に背中に頬に感じる体温に心が震える。
 「マリナ、俺の言葉は信じられないか?」
  そんなことはない。言っているのがマリナへの告白でなければ信じた。
 「信じる要素がどこにあるっていうのよ」
  それこそ別れる瞬間まで、ヴォルフはマリナに特別な関心を持っていなかった。自分でもわかっている。
 「俺は、お前に嘘を吐いたことはない」
 「今までは?」
 「今も、だ。 俺は真実以外口にしていないからな」
  マリナへの告白も真実だと言う。
 「どうして…」
  そんな素振りなんて見せたことがない。
 「俺にもよくわからない。 今まで誰かをそういう意味で特別な人間だと見たことはないが、お前が俺を帰すときのことが忘れられなくてな」
 「…!」
 (ヴォルフを帰した時って…)
  キスのことしか思い当たらない。あれは世界を越える魔力を一時的に得るためだ。
  そこに個人的な感情を全く含まないかといったら嘘になるけれど、必要なことだった。
 「そうだな…。 アレで落ちた、と言ったところか」
 「ばっ、バカなこと言ってないでよ! 侯爵家の娘と結婚するんでしょう? そんな戯言を言ってるようじゃ愛想尽かされちゃうわよ」
  そういった立場の人間は見栄をとても大切にする。一時でも未来の夫が魔女の誘惑に堕ちたなんて聞いたら、それだけで破談になりかねない。
 「彼女と結婚はしない」
  ヴォルフが断言した。
 「あの約束は彼女に不都合がなければの話だ。
  誰かに心を移した相手なんて、彼女が選ぶわけがない。そんな誇りを傷つける真似、しないさ」
  だって、だとしたら…。
 「侯爵家はどうするの! ヴォルフは法知識がゼロなんだから、しっかりした奥さんを貰わなきゃ駄目でしょ!?」
  弟さんが継がない以上、それは誰でもないヴォルフの役目だ。
 「そうだな。 俺には家を切り盛りする能力なんてない」
 「だから…!」
  だから、ちゃんとした伴侶を得なければ…。
 「だから、俺と結婚してくれ」
  ―――思考が停止しそうになった。
 「は?」
  突飛な方向に話が飛んだ。
 「お前は双翼として王子に助言できるくらい法律に詳しい。
  常に勉強を怠らない努力家でもある。
  だから、俺と結婚しても困らないだろう?」
  い、いやいやいや!
 「困るに決まってんでしょ!
  知識があることと、実際にそれを使って人を動かすのとは全然違う! ちゃんと教育を受けた人の方が…!」
 「お前じゃないと、駄目なんだ」
  低く囁かれて言葉が止まる。
 「俺は、今まで王子の傍に侍ることしか興味がなかった。 いずれ伴侶を得て、そいつに家のことは任せておけばいいと考えていた。
  でも、それでは駄目だ」
  ヴォルフが言葉を切る。腕の中で身じろぎも出来ずにヴォルフの声を聴いていた。
 「それでは、お前を失う」
  静かな声に、ヴォルフの本音が滲む。
 「お前を失わない為に出来ることは何でもする。
  生半可な理由ではお前は逃げてしまうから」
  だから、結婚なんて言い出したの?
 「お前に支えてほしい、それと同時に俺もお前の支えになりたい。 中には俺の方が知っていることもあるだろう。
  二人ともわからないことがあるなら、一緒に学べばいい」
 「ヴォルフが勉強? 似合わないね」
  思わずふっと笑ってしまう。本を開いているところなんて一度も見たことがない。
 「そうだな。 らしくなくても覚えるさ、惚れた女を繋ぎ止めるためなら」
  惚れた、という単語に反応する。
 「キスで落ちた、とか…」
  マリナの言葉に今度はヴォルフが笑う。
 「口づけの衝撃も忘れられないが、本当に頭から離れないのはその後の泣き顔の方だ」
 「なっ…!」
  泣いてない!と否定するマリナをヴォルフは軽くいなす。
 「そうだな、正確には涙をこらえている顔だな」
  そこは否定できなかった。
 「あんな顔されて、お前を忘れることなんてできるわけないだろう」
 「意味わかんない」
  どんな顔をしていたって言うのか。
 「マリナ。 もう一人でこの世界で生きていく覚悟を決めているとは思う。
  それでも、この世界で何もかも最初からやり直すことより、俺の、俺たちの傍に戻って来てほしい。
  受け入れてくれるか…?」
  新しい世界で人間関係もまっさらの状態から、人生を始める。そうした決意も、脆く崩されてしまう。
 「すっごく酷いことを言ってる自覚ある?」
  人がせっかく新しい人生を送ると決めたのに。
 「ある」
  きっぱりとした台詞に諦めが漂う。自信たっぷりに宣言することか。
 「けれど引けない」
  真剣な声音にヴォルフが本当にマリナを欲しているのだと実感した。
  想いを示すように腕の力が強まる。その感触に抱きしめられていることを思い出す。
 「取りあえず離して」
 「ダメだ。 そうしたら逃げるだろう」
  正直逃げたいけど、ここで逃げても仕方ない。
 「魔法を使って逃げられたら、俺には追いかけられない」
  ヴォルフが心配している理由がわかった。杞憂というものだけど。
 「そんな余分な魔力はないわよ。
  もう、それなら手を離さなきゃいいでしょ? いいから腕を解いて」
  渋々といった様子でヴォルフが腕の拘束を解く。ほっとしたけれど、両腕はしっかりとつかまれている。
 「マリナ、俺は本気だ」
  掴んだ手を引きよせながら囁く。
 「本気でお前に傍にいてほしい。 その為にはお前に戻ってもらわないといけない」
 「ヴォルフもこっちに残るって選択肢は?」
  愚問だと思ったが一応聞いておく。
 「ない」
 「やっぱり?」
 「くだらないことを言ってないで返事をしろ。 お前だってあの国を愛しく思っているだろう?」
  決めつけ…、違うか。ヴォルフも知ってるんだ。国を想う心を。
  だからマリナが断るはずがないと思っている。
 「ずるいな…」
  最初から選択肢なんてなかったみたいだ。
  見上げる瞳は答えを確信している。
  悔しい。それ以上にうれしさが立つ。
  観念して答えを返す。
 「帰る」
  短い返事に笑ったと思ったらすぐに不機嫌な顔になる。誤魔化されてくれないか。
 「俺の求婚への返事は?」
 「…」
  しゃがんでマリナを見上げてくる。手を掴まれているから逃げられない。
 「マリナ」
  焦れたようにヴォルフが名前を呼ぶ。
 「私を連れ戻すためじゃない?」
  呆れられようとも確認しておかないと、後で泣くことになるのは嫌だ。
  何度も確認するマリナにヴォルフは怒るのではなく、笑った。
 「お前のその素直じゃないところも、かわいく思えてくるから不思議だな」
 「悪かったわね」
  素直じゃない自覚があっても人に言われるとむっとする。それが好きな人ならなおさら傷つく一言だ。
  はーっ、とため息を吐いて覚悟を決める。
 「仕方ないから結婚してあげるわ。
 いくら家柄が良くったって、無愛想で無神経で仕事のことしか頭にないアンタみたいな男なんて女が寄ってくるわけがないんだから。
  私みたいに有能で可愛くて、…ヴォルフのことを好きな奥さんが得られるなんて幸運だと思いなさいよ」
 「お前な…」
  一息で言って見下ろすとヴォルフの呆れた顔が目に入った。
  好きだけでいいだろ、とその目が言っている。
 「まあいいさ。 お前がそういう奴なのは知ってるからな」
  これだけ受け入れてくれればいい。そう言ってヴォルフが手を引く。
  突然近づいた顔に思わず身を引くと、その分距離を詰めてくる。
  手を掴まれている以上マリナに逃げ場所は無く、ヴォルフのくちづけを黙って受け入れるしかなかった。
 「…」
 「何」
  離れたヴォルフが笑う。
 「いや、これが知れたらお前の口づけには魅了の魔法がかかっていると噂になるだろうと思ってな」
 「何が楽しいのよ…」
 「そうしたら多分その魔法を授けてくれと言う奴が列を成してお前の前に並ぶだろうな」
  想像するだけで頭が痛くなってくる。頼むからヴォルフの想像だけであってほしい。
 「そんな魔法があったって使えないわよ。 私には」
  魔法で手に入れたら今度はいつその効力が切れるか、正気に戻ったヴォルフに軽蔑されることを想像して、きっと使うことはできないだろう。
  万能でないことを知っているから、怖くて出来ない。
 「そうだな、お前はそういう人間だ」
  ヴォルフは満足そうに、嬉しそうに微笑んでいる。
 「魔力を使わない、俺だけに効く魔法だ」
  嬉しそうにしている理由はそれらしい。
 「魔法なんか…」
  使ってない、という台詞は再度のくちづけに遮られる。
 「魔法だよ。 一度かかったら胸が騒いでしかたなくなる。
  お前の姿を探さずにいられないし、触れたくて仕方ない」
  そんなの…。
 「そんな症状なら私は前から罹ってるわ。 胸がざわざわして傍にいると落ち着かないのに、いなくなるともっと気になるの。 触れるほどの距離にいると逃げたくなって、見つめるだけの距離になると近くに行きたくなる。 矛盾だらけよ」
  今だってそうだ。
 「今もそうか?」
 「どうしたらいいかわからなくなる」
  うれしくて、幸せで…、それなのに、どうしてか不安に似た気持ちになる。
 「マリナ…」
  自分でも捉えきれない不安を察したみたいにヴォルフがマリナを抱き締めた。
  感情の機微に疎いくせに、今に限って心を読んだような行動をする。
 (ヴォルフのくせに…)
  心中で毒づいて、思い直す。素直に喜べばいいんだ、と。
 「進行したらお互いの姿を見る度に顔を輝かせるようになるかもね?」
  冗談めかして言うとヴォルフも笑う。
 「最終的には目が合うたびにキスをせずにはいられなくなるかもな」
  笑顔で紡がれた台詞にマリナの表情が引きつった。それは勘弁してほしい。
 「冗談ではないぞ。 俺はすでにその前の段階まで症状が進行しているようだ」
 「…!」
  マリナが口を開く前に口づけが反論を封じた。
  口づけられたまま笑みを浮かべる。不安は触れ合った場所から広がる幸福感で消えていく。
  三度目のくちづけでマリナはようやく素直に幸せを受け入れた。
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