双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

文字の大きさ
上 下
37 / 368
異世界<日本>編

海へ

しおりを挟む
 出かける準備を済ませて誰もいない部屋を振り返る。
  ヴォルフがいないだけで広く感じた。
  もう、この部屋にはマリナしか住んでいない。
  それを確かめるために毎日何度も部屋を見渡す。
  部屋だけじゃなく、帰り道でも。
  いない、そう確認していても、無意識にヴォルフの存在を探してしまう。
 「いつになったら慣れるかな…」
  この様子だとまだまだ時間がかかりそうだ。
  鍵を閉めてアパートの階段を降りる。
  ぎらぎらした太陽が作り出す濃い影の中から眩しい光を見つめる。
  これから夏が始まる。昼が長くなる季節は熱くて眩しい。余計なことなんて考えていられないくらい。
 「忙しくなればいいな…」
  バイト先も少しずつ忙しくなってきていた。
  夏休みという休暇期間になればもっと人が増えるらしい。
  その前に少し遠出しておこうと思って、こうして出かけてきた。
  遠出、と思って最初に海が浮かんだ。
  叶わなかった思い出を引きずるのが嫌で今のうちに叶えておきたかった。
  電車にも結局一緒に乗ることはなかった。乗っておけば向こうで役に立ったかもしれないのに。
  ヴォルフが利便性を上手く説明できればの話だけど。
  王都から魔力を動力とした鉄道を走らせることは不可能じゃない。
  それが可能になれば、セレスタは大陸一の繁栄を手にすることになる。
  街から街へ移動するのにかかる時間はぐっと短くなって、人々の距離も近くなるだろう。
  会いたい人に会うことも、今よりずっと容易くなる。
  離れた街に住む恋人が、都市で働く子供と田舎の親が、会いたいときに会える。それはとても素晴らしいことだ。
  前から国のためだけでなく人のために働いていたつもりだけど、こうして世界を隔てた場所に来て、会いたい人がとても遠くにいるからこそ余計にそう思う。
  今ならもっと力を尽くせる。考えても仕方のないことだけれど。
  車窓が変化していくのを見つめる。この電車は地下にも潜るらしいけど、それにはあまり興味がない。景色が変わっていく方が、見ていてずっと楽しい。この先に懐かしい景色や待っている人がいると余計に楽しく感じるんだろう。
 (作りたいな…)
  乗ってみると電車はマリナの知るどの乗り物よりも遥かに快適だった。
  速度は元より揺れも少ないし、安全性も高い。何故向こうの技師たちが造らなかったのかと思うくらい素晴らしい。
  窓には日差しを弱める効果があるらしく、外を見ていてもそれほど負担に感じない。そのおかげで夏の陽が射す車内も熱くなかった。
 (さすがにこれはムリかな?)
  この窓は再現できないな。
  冷房くらいなら向こうで使われていた技術を応用してどうにかなるけれど、このUVカットという技術は聞いたことがない。似たような技術も、ないだろうな、多分。
  日除けにカーテンを付ければいいのかもしれないが、景色が見えなくてはおもしろくない。
  ぼーっと魔動鉄道の想像をしていたらいつのまにか景色が変わっていた。
  せっかくの景色を見逃してしまったが帰りもあるからいいかと思い直す。
  電車を降りると不思議な匂いがした。これが潮の匂いかな?
  海を目指して歩く。車内から海が見えたので、多分それほど遠くないだろう。
  実は今も海は見えているけれど、建物が視界を遮っている。
  開けた場所へ出るまで、真っ直ぐ海に向かって歩く。
  ほどなく海が見渡せる場所へ出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【書籍化・3/7取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...