青の光跡

桧山 紗綺

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28 突きつけられた期限

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 オリヴァーが勤めている商会に入るのは久しぶりだ。
 ここに来るのはそれこそ何も知らないでいられた頃、子供の頃以来だった。
 陳列は変わっていても雰囲気は変わらない。
 子供の頃は何度か来たこともあったのに。
 行商を始める少し前から近寄ることすらもなくなっていた。
 原因となった人間はアイリーン様に店内の品の紹介をしている。
 従業員に応接室の準備をするように命じ、準備が整うまで店内を案内していた。
 準備が整ったと従業員の一人がオリヴァーに報告をする。
 その姿がオリヴァーのこの商会の中での地位を表していた。
 見習いだったオリヴァーがここまでのし上がったのは彼の実力もあったのだと思いたい。
 そうでなければ彼女・・が憐れだった。
 応接室に続く階段を上がろうとするソフィアは彼女の姿に気が付いていた。
 ソフィアやシンシアの姿を目にし、廊下の端に縮こまり息を潜める。
 その様子を見れば声を掛けられることを望んでいないのがわかる。
 ソフィアも彼女の姿を見て懐かしさに声を掛けたくなることもなかった。
 何も言わず、視線を階段へ戻し応接室に向かう二人に続く。
 ソフィアたちが立ち去った後でほっと息を吐いているだろう彼女に向けるのは他人に向けるような憐みだけだった。
「ソフィア?」
 後ろを歩いていたアルフレッドがソフィアを呼ぶ。
 どうしたのかと視線で問うと階段の下の方を見ながらなんでもないと答える。
 機微を察するのが上手いアルフレッドにはソフィアが視線を向けていた彼女と面識があることに気付いたみたい。
 それだけでなく、声を掛けることをためらうような関係だとも察しているようだった。
 応接室の前で扉を開けるオリヴァーがソフィアたちを忌々しそうに見る。
 本来ならソフィアたちを入れたくはなかっただろうに。
 アイリーン様が共にいることを許可してくれたのでソフィアたちも青光石をこの目で見ることができる。
 この目で確かめて、そしてアイリーン様の意図を考えないといけない。
 どう考えてもアイリーン様が入ってくるのはおかしいのだから。
 全員が席に着いたところで早速石が入ったケースが運ばれてくる。
「こちらが当方が入手した青光石です」
 そう言って開けられたケースに入っていたのは紛れもなくソフィアが盗まれた青光石だった。
 貴人の前なので口に出さないけれど、入手したというところに文句をつけたくて仕方ない。
「まあ……。 確かにこれは素晴らしい物ね。 ここ数年見た中で一番美しいわ」
 感嘆と共にアイリーン様から賞賛の言葉が石に向かって掛けられる。
「ぜひとも姪のためにこの石を使った装飾品を贈りたいわ」
 アイリーン様の言葉に目の色を変えるオリヴァーと弟さんとは裏腹にアルフレッドとソフィアは顔色を変えた。
 先ほどの話を彼女がどこまで聞いていたのか、盗品というところまで聞いていたのなら彼女の願いは不自然だ。
 内心焦るソフィアをアイリーン様の瞳が捉える。
 オリヴァーが石に視線を移した一瞬の隙にソフィアに向かって微笑んで見せた。
 突然見せられた微笑みに戸惑うソフィアの前でアイリーン様とオリヴァーの商談は進んでいく。
 成り行きを見守るしかない状態は歯痒いが、黙って見守る。
「気に入ったわ、ただ条件があるの。
 この石を加工する職人はこちらで選んでもいいかしら」
「それはかまいませんが……」
「そう、ありがとう。
 具体的な話は明日でもいいかしら? お代はそのとき即金で払うから」
「は!? はい! かしこまりました!!」
 まさかの発言にオリヴァーが声が声を裏返して返事をする。
 ソフィアも絶句した。
 即金!?
 あまりの驚きにアルフレッドやシンシアも固まっている。
 弟さんは青褪め、何かを言おうと口を震わせている。それをアルフレッドが視線で止めた。
「ではまた明日伺うわ」
 立ち上がってにこやかに笑うアイリーン様から放たれた次の言葉に現状を突き付けられる。
「その時までに片付けておいて頂戴ね」
 掛けられた言葉にその場の全員が顔を強張らせた。
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