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23 彼女の過去
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夕食後、アルフレッドはシンシアを捕まえて気になっていたことを聞いてみる。
今日遭遇した男が誰なのか、ソフィアとどういった関係なのか。
悪意に塗れた雑言を吐く男に同じような嫌味で返すソフィアに驚いた。
ただアルフレッドの目には、ソフィアが言葉で相手を叩き潰すことを楽しんでいるようには見えなかった。
あまりに汚い言葉を吐く彼に注意をしようとしたアルフレッドを止めたソフィアの行動の理由を考える。
わからないが、彼にアルフレッドを紹介したくなかったというのは理解できた。
商売敵の商会に雇われた仲の良くない人間がいると言っていたのは彼のことか。
だからと言って同じ街で商売をするもの同士と考えるとあまりに彼の態度は無礼だ。
腹に抱えているものがあろうとも客の前ではにこやかに握手を交わし不和など悟らせない。
商人とは大体そういうものだとこれまでの取り引きの経験から思っていたのだが、彼は例外だろうか。
「シンシア、ソフィアの知り合いに灰色の髪に灰色の目の男の人って誰か知ってるかな?」
唐突な質問にシンシアが目を見張る。
「灰色の髪って少しが緑がかってましたか?」
「ああ、そうだったな」
デリクを見かけた場所の近くでソフィアが声を掛けられたと言うとシンシアが拳を握り詰めるのが見えた。
「あの男……! お姉様の視界に入るなってあれほど言ったのに!!」
抑えた怒声には恨みが篭っている。
「とりあえず場所を変えましょう。 お姉様には聞かせたくない話ですから」
シンシアに促されて部屋に移る。娯楽室といった位置づけらしい部屋にはカードやボードゲームが置いてあり、シンシアはそのうちの一つをテーブルに持ってきて並べ始めた。
「その男についてお姉様は何か言っていましたか……?」
「商会の縁で子供の頃からの知り合いだけど、昔から親しくなかったということくらいしか」
アルフレッドの表情を見てシンシアが口を開く。
「確かに、子供の頃からお姉様はオリヴァーと仲が良くはなかったわ。
それでも顔を合わせる機会は多かったし、オリヴァーもいずれはうちの商会で働くつもりだったから子供の言い合いで済んでいたの」
意外な言葉に目を瞬く。
「そうなのか? 彼は別の商会で働いていると思っていたんだが」
「今はね」
短い答えに含まれた嫌悪感に口を噤む。
「彼は最低の裏切り者よ」
シンシアから放たれた怒りにアルフレッドは息を呑んだ。
「オリヴァーはうちが昔から取引をしている工房の子供で、彼は家を継ぐことに興味がなかったから子供の頃からうちに奉公に来てたわ。
工房で鍛えられた真贋を見極める目はそれなりのものだったし、金勘定も得意だったからそのままうちで働き続けるにしても工房に戻って経営に携わるにしても上手くやっていけると思ってたの」
アルフレッドも肯く。
アルフレッドの家も金勘定の苦手な家族がいたから彼の能力の大切さは身に沁みてわかる。
「お姉様とも馬は合わなかったけれど、好敵手として切磋琢磨してた……、と思ってたわ。 私たちは」
シンシアの声が怒りから悔しさと悲しみに変わった。
「でもオリヴァーはある日突然姿を消したわ。 私たちも、オリヴァーの家族も何かあったんじゃないかって心配して探し回った。
居所が知れたのはそれから二か月後よ。
うちの商会のライバルだった商会からある商品が発売されたの。
それはうちの商会とオリヴァーのお父様が思考錯誤して作ってきた物とほぼ同じだった」
「それは……」
あまりの話に絶句する。それを成せるのは一人。
「オリヴァーはその商品を含めたいくつもの構想や試作品を手土産にその商会に雇われたのよ」
アルフレッドも似たような話は聞いたことがあるが、オリヴァーのそれはあまりに酷い。
「彼は自分の家族も、小さなころから商売の基本を教えてきた私たちも裏切ったわ。
そしてお姉様にも酷い裏切りを働いた」
ソフィアの話に触れたシンシアは悲しみを湛えた瞳でアルフレッドを見つめた。
「お姉様が家を出たのはオリヴァーの一件が原因よ。
それまで後継ぎとしてお父様の仕事の手伝いや勉強をしていたのに、止めて行商を始めると言い出したの」
側でオリヴァーを見ていたのに動向に気付かなかった未熟な自分が許せないと言って、シンシアや両親がどれだけ説得しても意見を変えなかったという。
「だから次にオリヴァーを見たら絶対にお姉様に近づかせないで頂戴!!」
悲しみを湛えた瞳から一転して怒りが噴き出す。
商会を出たときにも二度と顔を見せるなと言ったのに!と怒るシンシアに、アルフレッドは自分の口の前に指を当てて扉に視線を向ける。
「あら、二人で遊んでいたの?」
扉を開けて入ってきたソフィアがボードゲームを見て懐かしいわね、とシンシアに笑顔を向ける。
驚いたのは一瞬だけで、シンシアがお姉様もやりましょう!と誘う。
誤魔化されたようすもなく、ソフィアは自然に席に着いた。
思わぬ過去を知ってしまったアルフレッドも何事もなかったかのように新しい駒を拾い上げてソフィアに渡す。
シンシアに言われるまでもない。
二度とソフィアにあのような暴言を吐かせないと心で決めて、賽を振った。
今日遭遇した男が誰なのか、ソフィアとどういった関係なのか。
悪意に塗れた雑言を吐く男に同じような嫌味で返すソフィアに驚いた。
ただアルフレッドの目には、ソフィアが言葉で相手を叩き潰すことを楽しんでいるようには見えなかった。
あまりに汚い言葉を吐く彼に注意をしようとしたアルフレッドを止めたソフィアの行動の理由を考える。
わからないが、彼にアルフレッドを紹介したくなかったというのは理解できた。
商売敵の商会に雇われた仲の良くない人間がいると言っていたのは彼のことか。
だからと言って同じ街で商売をするもの同士と考えるとあまりに彼の態度は無礼だ。
腹に抱えているものがあろうとも客の前ではにこやかに握手を交わし不和など悟らせない。
商人とは大体そういうものだとこれまでの取り引きの経験から思っていたのだが、彼は例外だろうか。
「シンシア、ソフィアの知り合いに灰色の髪に灰色の目の男の人って誰か知ってるかな?」
唐突な質問にシンシアが目を見張る。
「灰色の髪って少しが緑がかってましたか?」
「ああ、そうだったな」
デリクを見かけた場所の近くでソフィアが声を掛けられたと言うとシンシアが拳を握り詰めるのが見えた。
「あの男……! お姉様の視界に入るなってあれほど言ったのに!!」
抑えた怒声には恨みが篭っている。
「とりあえず場所を変えましょう。 お姉様には聞かせたくない話ですから」
シンシアに促されて部屋に移る。娯楽室といった位置づけらしい部屋にはカードやボードゲームが置いてあり、シンシアはそのうちの一つをテーブルに持ってきて並べ始めた。
「その男についてお姉様は何か言っていましたか……?」
「商会の縁で子供の頃からの知り合いだけど、昔から親しくなかったということくらいしか」
アルフレッドの表情を見てシンシアが口を開く。
「確かに、子供の頃からお姉様はオリヴァーと仲が良くはなかったわ。
それでも顔を合わせる機会は多かったし、オリヴァーもいずれはうちの商会で働くつもりだったから子供の言い合いで済んでいたの」
意外な言葉に目を瞬く。
「そうなのか? 彼は別の商会で働いていると思っていたんだが」
「今はね」
短い答えに含まれた嫌悪感に口を噤む。
「彼は最低の裏切り者よ」
シンシアから放たれた怒りにアルフレッドは息を呑んだ。
「オリヴァーはうちが昔から取引をしている工房の子供で、彼は家を継ぐことに興味がなかったから子供の頃からうちに奉公に来てたわ。
工房で鍛えられた真贋を見極める目はそれなりのものだったし、金勘定も得意だったからそのままうちで働き続けるにしても工房に戻って経営に携わるにしても上手くやっていけると思ってたの」
アルフレッドも肯く。
アルフレッドの家も金勘定の苦手な家族がいたから彼の能力の大切さは身に沁みてわかる。
「お姉様とも馬は合わなかったけれど、好敵手として切磋琢磨してた……、と思ってたわ。 私たちは」
シンシアの声が怒りから悔しさと悲しみに変わった。
「でもオリヴァーはある日突然姿を消したわ。 私たちも、オリヴァーの家族も何かあったんじゃないかって心配して探し回った。
居所が知れたのはそれから二か月後よ。
うちの商会のライバルだった商会からある商品が発売されたの。
それはうちの商会とオリヴァーのお父様が思考錯誤して作ってきた物とほぼ同じだった」
「それは……」
あまりの話に絶句する。それを成せるのは一人。
「オリヴァーはその商品を含めたいくつもの構想や試作品を手土産にその商会に雇われたのよ」
アルフレッドも似たような話は聞いたことがあるが、オリヴァーのそれはあまりに酷い。
「彼は自分の家族も、小さなころから商売の基本を教えてきた私たちも裏切ったわ。
そしてお姉様にも酷い裏切りを働いた」
ソフィアの話に触れたシンシアは悲しみを湛えた瞳でアルフレッドを見つめた。
「お姉様が家を出たのはオリヴァーの一件が原因よ。
それまで後継ぎとしてお父様の仕事の手伝いや勉強をしていたのに、止めて行商を始めると言い出したの」
側でオリヴァーを見ていたのに動向に気付かなかった未熟な自分が許せないと言って、シンシアや両親がどれだけ説得しても意見を変えなかったという。
「だから次にオリヴァーを見たら絶対にお姉様に近づかせないで頂戴!!」
悲しみを湛えた瞳から一転して怒りが噴き出す。
商会を出たときにも二度と顔を見せるなと言ったのに!と怒るシンシアに、アルフレッドは自分の口の前に指を当てて扉に視線を向ける。
「あら、二人で遊んでいたの?」
扉を開けて入ってきたソフィアがボードゲームを見て懐かしいわね、とシンシアに笑顔を向ける。
驚いたのは一瞬だけで、シンシアがお姉様もやりましょう!と誘う。
誤魔化されたようすもなく、ソフィアは自然に席に着いた。
思わぬ過去を知ってしまったアルフレッドも何事もなかったかのように新しい駒を拾い上げてソフィアに渡す。
シンシアに言われるまでもない。
二度とソフィアにあのような暴言を吐かせないと心で決めて、賽を振った。
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