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今日はアルフレッドに商品を見せてもらう予定だ。
昨日のおじさんに教えてもらった刺繍をしまう。
ソフィアが購入したのは花を刺繍したものが多い。小さく、ちょっとした場所に飾ることも出来るし、手元に置いて眺めることも出来る手頃なサイズ。
かさばるほどの大きさでないのが一番うれしいところだ。
「さて、こんなものかな」
あと数日で次の街に向かう。
この後は東寄りに各都市を経由しながら王都に行くつもりだった。
王都にはおしゃれに気を使った女性も多い。
今回仕入れた物がどのような評価を受けるのか、楽しみだ。
「アルフレッド! お待たせー!」
せっかくなので市場で食事をしてから行こうと待ち合わせをしていた。
今日もいい天気で市場にはたくさんの屋台が出ている。
旅をしている間は食事を選ぶことができない。
視線をあちらこちらに向けながら美味しそうなお店を探す。
こうして色んな食事を出す屋台が集まっているのは楽しくてしょうがない。
「ソフィア、あそこの串焼きもおすすめ。 新しい店なんだけど評判いいんだ」
「へえ、じゃあまずはあそこね!」
勧められた串焼きはこんがりと焼いた鳥の肉に付けられたたれが本当においしかった。
柑橘系のさわやかな酸味が感じられてソフィアの好みにも合う。
「おいしい!」
素直な賛辞に気を良くしたアルフレッドがジュースを奢ってくれる。
他にも小麦粉を練って薄く焼いてクリームを挟んだお菓子や牛肉を串に刺して焼いたもの、勧められるままに買って行く。
牛串はさっきの鳥の串焼きより味が濃かった。
少しだけ果汁を入れた水で口の中をさっぱりさせて手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
アルフレッドに勧められた物はどれもおいしくて少し食べ過ぎてしまった。
にっこり笑うとアルフレッドも食べていた物を飲み込んで笑い返す。
「よかった。 俺も久々に誰かと屋台に来たから色々食べられて楽しかったよ」
串のゴミは市場にある共同のゴミ箱に捨て、カップはそれぞれの店に帰しに行く。
「さて、お腹も膨れたところで行きましょうか」
「そうだね」
アルフレッドの店に向かう。
先に立って案内してくれるアルフレッドは少し表情が硬い。
本当にわずかなものだったけど、商売で色んな人と顔を合わせるソフィアにはアルフレッドの変化がわかる。
(やっぱり変わらないのね…)
簡単なものではないんだとわかっていても気遣わずにはいられなかった。
大きな通りから入ったところにアルフレッドの店がある。
小さいけれど落ち着いた佇まいのお店はソフィアも何度か足を運んだことがあった。
「どうぞ」
「お邪魔しまーす」
入ると店の隅にいた背は低いけれど貫録のあるおじさんがアルフレッドとソフィアをじろりと睨む。
「戻ったか」
「ああ、店番してもらってすまない。 変わるから親父は休んでていいよ」
アルフレッドに返事もしないで立ち上がったおじさん、アルフレッドのお父さんがソフィアを見て言い捨てる。
「また女を連れてきたのか、安物売りはひっそりと屋台でも出せばいいものを。
お前のせいでこの店は格を落としたんだ」
普通なら眉を顰める言葉を浴びせられてソフィアは心の中でため息を吐く。
(相変わらずだな、このおじさんも)
暴言にも表情を崩さないソフィアを見ておじさんは面白くなさそうに鼻を鳴らして階段を上がって行った。
完全に足音がしなくなってアルフレッドが店と住居を繋ぐ扉を閉める。
「すまない、ソフィア」
苦い顔で謝るアルフレッドを見て首を振る。雰囲気を変えるように明るい声を出す。
「気にしてないからいいわ。
変わらないわね、おじさんも」
最後だけ苦笑を滲ませるとアルフレッドも眉を下げたまま笑う。
「さあ、これが今回の新商品だ。 ソフィアにもらった石で作った物も入ってる」
トレーで差し出された品を見て感嘆の息を吐く。
「すごい…、このブレスレッド薄いブルーの石が綺麗…、この花の形ってもしかして星のくちづけを模してるの?」
「ああ、よくわかったね」
「そりゃあね」
いくらアレンジされてるといっても形を見ればわかる。
こういうアクセサリーに使う花の意匠は限られているし、ぱっと浮かぶのは『星のくちづけ』という名前のこの花しかない。
可愛らしい見た目と花言葉の意味から意匠としてよく使われる。
贈り物としても好まれる花なので、恋人へ送るアクセサリーとしてもぴったりだ。
「今回はシリーズとして揃えてみた」
素直な感嘆に照れながら商品の説明をするアルフレッド。
長めの髪がわずかに顔を隠すけれど頬が赤くなっているのがばっちり見えた。
星のくちづけを意匠化した商品は全部で5種類。
細い鎖のブレスレッド、短めの鎖を編み合わせたチョーカー、華やかに胸元を覆うネックレス、光を受けると輝くイヤリング、海を渡った遠国から伝わった簪をイメージし複数の飾りを垂らした髪飾りなど。
そのどれもに星のくちづけの意匠が鏤められており、とても美しい。
「すごい…!」
興奮に顔が紅潮しているのが自分でもわかる。
「完璧よ!」
今まで見た中で一番美しくて人を選ばない。ソフィアが欲していた物がここにあった。
「そんなに褒められると照れるな。 売れそうだと思うか?」
「もちろん! これを欲しくない人なんていないわよ!!」
手が届く値段というのも良い。
できればセットで売りたいけど、バラでも買いたい人はいっぱいいると思う。
「何セットあるの?」
言われた数は持って行けるギリギリの数。ソフィアは迷わず全部購入した。
「良い品をありがとう!」
「こちらこそ、ソフィアに買ってもらえるとこっちでも自信持って売れるよ」
そんなことを言うアルフレッド。謙遜ならいいけど本心なら彼は自分を知らな過ぎだと思う。
商談が終わり、店内の他の品を軽く見せてもらって店を出る。
アルフレッドが商品を運んでくれると言うのでお願いした。
「それにしても今回の商品は良かったわ。 これなら青光石を買える日も遠くないんじゃない?」
お世辞抜きに本当に良い物を仕入れられたと思う。
掛け値なしの本音だったけどアルフレッドは苦笑するだけだった。
「後どのくらいいるんだ?」
「2~3日くらいかな。 王都に行って、今度は東の方に行くつもり」
アルフレッドのアクセサリーがとても良い品だったので王都に行ってから東へ向かうことにした。
王都は国の中央に位置し、この街からなら一週間から十日ほどで辿り着ける。
「そっか、大丈夫だと思うけど気をつけて」
「ええ、ありがとう」
宿屋に着いてアルフレッドから品物を受け取る。次に会うのはまた半年後くらいになるのかな。
旅の行方次第なのでまた今度としか言いようがない。
「アルフレッドも元気でね!」
また、と言って別れる人がいるのは幸せなことだった。
昨日のおじさんに教えてもらった刺繍をしまう。
ソフィアが購入したのは花を刺繍したものが多い。小さく、ちょっとした場所に飾ることも出来るし、手元に置いて眺めることも出来る手頃なサイズ。
かさばるほどの大きさでないのが一番うれしいところだ。
「さて、こんなものかな」
あと数日で次の街に向かう。
この後は東寄りに各都市を経由しながら王都に行くつもりだった。
王都にはおしゃれに気を使った女性も多い。
今回仕入れた物がどのような評価を受けるのか、楽しみだ。
「アルフレッド! お待たせー!」
せっかくなので市場で食事をしてから行こうと待ち合わせをしていた。
今日もいい天気で市場にはたくさんの屋台が出ている。
旅をしている間は食事を選ぶことができない。
視線をあちらこちらに向けながら美味しそうなお店を探す。
こうして色んな食事を出す屋台が集まっているのは楽しくてしょうがない。
「ソフィア、あそこの串焼きもおすすめ。 新しい店なんだけど評判いいんだ」
「へえ、じゃあまずはあそこね!」
勧められた串焼きはこんがりと焼いた鳥の肉に付けられたたれが本当においしかった。
柑橘系のさわやかな酸味が感じられてソフィアの好みにも合う。
「おいしい!」
素直な賛辞に気を良くしたアルフレッドがジュースを奢ってくれる。
他にも小麦粉を練って薄く焼いてクリームを挟んだお菓子や牛肉を串に刺して焼いたもの、勧められるままに買って行く。
牛串はさっきの鳥の串焼きより味が濃かった。
少しだけ果汁を入れた水で口の中をさっぱりさせて手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
アルフレッドに勧められた物はどれもおいしくて少し食べ過ぎてしまった。
にっこり笑うとアルフレッドも食べていた物を飲み込んで笑い返す。
「よかった。 俺も久々に誰かと屋台に来たから色々食べられて楽しかったよ」
串のゴミは市場にある共同のゴミ箱に捨て、カップはそれぞれの店に帰しに行く。
「さて、お腹も膨れたところで行きましょうか」
「そうだね」
アルフレッドの店に向かう。
先に立って案内してくれるアルフレッドは少し表情が硬い。
本当にわずかなものだったけど、商売で色んな人と顔を合わせるソフィアにはアルフレッドの変化がわかる。
(やっぱり変わらないのね…)
簡単なものではないんだとわかっていても気遣わずにはいられなかった。
大きな通りから入ったところにアルフレッドの店がある。
小さいけれど落ち着いた佇まいのお店はソフィアも何度か足を運んだことがあった。
「どうぞ」
「お邪魔しまーす」
入ると店の隅にいた背は低いけれど貫録のあるおじさんがアルフレッドとソフィアをじろりと睨む。
「戻ったか」
「ああ、店番してもらってすまない。 変わるから親父は休んでていいよ」
アルフレッドに返事もしないで立ち上がったおじさん、アルフレッドのお父さんがソフィアを見て言い捨てる。
「また女を連れてきたのか、安物売りはひっそりと屋台でも出せばいいものを。
お前のせいでこの店は格を落としたんだ」
普通なら眉を顰める言葉を浴びせられてソフィアは心の中でため息を吐く。
(相変わらずだな、このおじさんも)
暴言にも表情を崩さないソフィアを見ておじさんは面白くなさそうに鼻を鳴らして階段を上がって行った。
完全に足音がしなくなってアルフレッドが店と住居を繋ぐ扉を閉める。
「すまない、ソフィア」
苦い顔で謝るアルフレッドを見て首を振る。雰囲気を変えるように明るい声を出す。
「気にしてないからいいわ。
変わらないわね、おじさんも」
最後だけ苦笑を滲ませるとアルフレッドも眉を下げたまま笑う。
「さあ、これが今回の新商品だ。 ソフィアにもらった石で作った物も入ってる」
トレーで差し出された品を見て感嘆の息を吐く。
「すごい…、このブレスレッド薄いブルーの石が綺麗…、この花の形ってもしかして星のくちづけを模してるの?」
「ああ、よくわかったね」
「そりゃあね」
いくらアレンジされてるといっても形を見ればわかる。
こういうアクセサリーに使う花の意匠は限られているし、ぱっと浮かぶのは『星のくちづけ』という名前のこの花しかない。
可愛らしい見た目と花言葉の意味から意匠としてよく使われる。
贈り物としても好まれる花なので、恋人へ送るアクセサリーとしてもぴったりだ。
「今回はシリーズとして揃えてみた」
素直な感嘆に照れながら商品の説明をするアルフレッド。
長めの髪がわずかに顔を隠すけれど頬が赤くなっているのがばっちり見えた。
星のくちづけを意匠化した商品は全部で5種類。
細い鎖のブレスレッド、短めの鎖を編み合わせたチョーカー、華やかに胸元を覆うネックレス、光を受けると輝くイヤリング、海を渡った遠国から伝わった簪をイメージし複数の飾りを垂らした髪飾りなど。
そのどれもに星のくちづけの意匠が鏤められており、とても美しい。
「すごい…!」
興奮に顔が紅潮しているのが自分でもわかる。
「完璧よ!」
今まで見た中で一番美しくて人を選ばない。ソフィアが欲していた物がここにあった。
「そんなに褒められると照れるな。 売れそうだと思うか?」
「もちろん! これを欲しくない人なんていないわよ!!」
手が届く値段というのも良い。
できればセットで売りたいけど、バラでも買いたい人はいっぱいいると思う。
「何セットあるの?」
言われた数は持って行けるギリギリの数。ソフィアは迷わず全部購入した。
「良い品をありがとう!」
「こちらこそ、ソフィアに買ってもらえるとこっちでも自信持って売れるよ」
そんなことを言うアルフレッド。謙遜ならいいけど本心なら彼は自分を知らな過ぎだと思う。
商談が終わり、店内の他の品を軽く見せてもらって店を出る。
アルフレッドが商品を運んでくれると言うのでお願いした。
「それにしても今回の商品は良かったわ。 これなら青光石を買える日も遠くないんじゃない?」
お世辞抜きに本当に良い物を仕入れられたと思う。
掛け値なしの本音だったけどアルフレッドは苦笑するだけだった。
「後どのくらいいるんだ?」
「2~3日くらいかな。 王都に行って、今度は東の方に行くつもり」
アルフレッドのアクセサリーがとても良い品だったので王都に行ってから東へ向かうことにした。
王都は国の中央に位置し、この街からなら一週間から十日ほどで辿り着ける。
「そっか、大丈夫だと思うけど気をつけて」
「ええ、ありがとう」
宿屋に着いてアルフレッドから品物を受け取る。次に会うのはまた半年後くらいになるのかな。
旅の行方次第なのでまた今度としか言いようがない。
「アルフレッドも元気でね!」
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