青の姫と海の女神

桧山 紗綺

文字の大きさ
上 下
32 / 56

お姉様

しおりを挟む
 いつものように庭園でお茶をしているとふと、庭園の入口が賑やかになった。
  複数の足音が近づいてくる。
  先頭に立っているのは影からすると女性のようだ。
 「まあ…! あの子が認めるだけのことはあるわねぇ……」
  影は近くまで来ると感嘆するような声でそんなことを言った。。
 「エレミア様! 突然そのようなことをおっしゃられても驚きますよ」
  答えるのはレナの声。
 「ああ、セシリア様。 こちらは―――」
 「イリアスの姉よ。 よろしくね」
  お姉様のことは前にイリアス様から聞いたことがある。華やかな声はイリアス様に雰囲気が似ていて、とても美しい。
 「初めまして、セシリアと申します。 イリアス様には大変お世話になって―――」
 「まあ、噂通りね!」
  話しを遮ってエレミア様が笑う。
  楽しそうにころころと笑う声は少女のように軽やかだ。
 「あの子が他人を世話するなんて……!」
  感動したような声に首を傾げる。イリアス様は優しくて面倒見のいい人だと思う。
  不思議そうなセシリアにエレミア様は説く。
 「あの子ったら近寄ってくる女性に冷たくて、良いのは外面だけ。 傍に置くなんて、よほど貴女のことが気に入ったのね」
  以外な評価に驚く。人当たりが良いのは演技だとエレミア様は言う。
 「イリアス様はどなたにでもお優しいのではないでしょうか…?」
  なにしろ浜辺で倒れていた身元のしれないセシリアを世話してくれるくらい面倒見の良い人なので。正直信じられない。
 「まああなたの言う通り優しい子だとは思うわ。
  ただ、本当に無条件で優しくする相手は限られているけれど。 あなたはその珍しい例外ね」
  応えられずにいるとイリアス様の足音が聞こえた。


 「姉上!」
  イリアス様が近づいてくる。
 「城に行ったら姉上が帰ってると聞いて、慌てて引き返してきましたよ」
  息を切らせているくらいなので、余程急いで帰ってきたみたいだった。
 「だって貴方ったら紹介してくれないんだもの。 そうしたら、自分で来るしかないじゃない」
 「連絡くらいしてください。 立場だってあるんですから」
  お姉様と話すイリアス様は少し口調が違っていて、おもしろい。
 「ああ、セシリア。 驚かせてすまない。 姉上が失礼をしなかったかい?」
  イリアス様の言葉に首を振る。
 「いいえ、失礼なんて……。 お話をさせていただいただけですから」
 「話……。 余計なことを言ってはいないでしょうね」
 「心配しなくても大したことは話していないわよ」
 「…」
  信用できないというような沈黙も気にすることなくイリアス様のお姉様は私に話しかける。
 「それよりも私にも歌を聞かせてくれないかしら。 貴女の噂を聞いてからずっと聴いてみたかったのよ」
 「突然ですね。 人の家を訪ねていきなりする要求ですか」
  イリアス様が咎めるような声で答える。
 「何よ。 文句があるの?」
 「その言い方だと命令しているように聞こえますよ」
 「ちゃんとお願いしてるじゃない」
 「依頼の形をとった命令でしょう。 貴女の立場だと」
  言い合う二人の横でセシリアは首を傾げた。また立場という言葉を使っている。
  イリアス様も軽々しい身ではないと知っているけれど、お姉様はさらに高貴な身の上なのかもしれない。
  そんなことをセシリアが考えていると姉弟の声が険悪になり、慌てて間に入る。
 「あの、私でよろしければ聴いていただけますか?」
 「セシリア、気を使う必要はないよ。 無理を言っているのは姉上のほうなのだから、嫌なら断ってかまわない」
 「いいえ、歌を聴きたいと言っていただけるのはうれしいです」
  大切な歌を誰かと共有できるひと時は心地よい。
  望まれるのは幸せなこと。それが好きな人であるならなおさら。
 「あの……、イリアス様もお時間がお有りでしたら、聴いていってくださいませんか?」
  一番望んで欲しい人に願う。誰よりも聴いて欲しいのはイリアス様だから。
  聴いて欲しい。聴きたいと言って欲しい。
  願うことは甘く心を蕩かす。
  イリアス様が頷いたのを感じてさらなる喜びが胸を駆けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

処理中です...