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22.誓い
しおりを挟む屋敷に戻ってきてからもどことなくぎこちない空気のまま夕食を終え、湯あみを済ませる。
夜を迎えた屋敷では廊下のカーテンが開けられ、光る星が見えた。
王宮の自室から見えた切り取られたものとは当然ながら違う景色。
窓の側に立って空を見上げる。王都よりも町の灯りが少ないせいだろうか、星がきれいに見えた。
「アクアオーラ?」
声のした方を見ると湯上りらしきアイオルドが立っていた。
雑に拭ったのか雫の垂れそうな髪が寝間着を濡らしている。
「アイオルド、ちゃんと拭かなかったの?」
手招きをすると大人しく近づいてくる。
手にしていたタオルを取ってアイオルドの髪に被せるとゆっくり雫を吸い取っていく。
しっとりとした髪を手に取って背に流す。
せっかく綺麗な髪なのに、傷んでしまうと苦言をする。
「なら明日もアクアオーラが髪を拭いてくれる?」
「別に構わないけれど、慣れていないからあまり上手く拭けないわよ?」
自分の髪すら王宮ではいつも女官がやってくれていたから、決して上手くない。
「いいよ、アクアオーラがいい」
真剣な声音にときめきながら了承の肯きを返す。
アクアオーラが拙い手つきで髪を拭うのを大人しく待っている。
傷つけないようにと丁寧に拭き取っていく。
誰もいない静かな廊下に髪と布が擦れるわずかな音だけがしていた。
あらかた拭き終わったところでアイオルドにタオルを返す。
「アクアオーラ、その、母さんが言ってたことどう思う?」
お義母様が言っていたこと……。
一瞬アイオルドとの関係に言及されたことを想い出して頬が火照る。
「結婚の儀式のことよね」
誤魔化すように発した言葉は妙に早口でそれがまた恥ずかしい。
私の異変には気が付かなかったようで胸を撫で下ろす。
「うん、アクアオーラはどう思う?」
「結婚式はどちらでもいいけれど、儀式の方はしておいた方がいいと思うの」
せっかくお義母様が気を使って教えてくれたのだからと続けようとして、違うと呟く。
それは、アクアオーラの一番大きな本心じゃなかった。
「……いいえ、違う。
したいわ。
アイオルドと結婚の儀式がしたい」
「……っ」
もう結婚したとみなされる関係ではあるけれど、そういった対外的なことではなくアイオルドと結ばれたという実感が欲しい。
「わかった、部屋で待っていて。
準備して持っていくから」
こくんと頷いてアクアオーラに与えられた部屋に戻る。
いよいよだと思うと胸が際限なく高鳴った。
「アクアオーラ、入るよ」
盆に小瓶とグラスを乗せたアイオルドが入ってきた。
テーブルに盆を置き、部屋の灯りを落とす。
明るさに慣れた目が一瞬アイオルドの姿を見失う。
衣擦れの音が近づき、外からの光にすぐ慣れた目がテーブルの上でグラスに酒を注ぐアイオルドの手を捉える。
「元々は結婚の誓いをする際に女神様に祝福を得ようと始まった儀式で、女神様の花をそれぞれのグラスに浮かべて酒を注いで飲み干すというのがこの地方で続く結婚の儀式なんだ」
女神様の花と言われて脳裏にちらりと舞の祝福で頂いた花が頭に浮かんだ。
「でも花を浮かべないの?」
不思議に思って聞くと困惑したような顔が返ってくる。
「いや、本来は浮かべるものなんだけど……」
歯切れの悪いアイオルドがグラスをそれぞれの前に置く。
グラスに光る液体は透明でとろりとしている。それほど強いお酒じゃないと言われていたから飲み干しても大丈夫だろう。
グラスを手に取って見つめる。
視線を送るとアイオルドもグラスを掲げた。
「……っ!」
お互いにグラスを掲げた瞬間、グラスが光を発し見覚えのある花びらがそれぞれのグラスに浮かんでいた。
「はは……、やっぱりこういうことか」
驚きと納得を宿した声でアイオルドが呟く。
疑問に思っていると準備中に起こっていた不思議を教えてくれる。
「準備をしているとき、盆に乗せた花が消えてて……」
風で落ちたのかと思って別の花を置いたらそれも消えていて、それをもう一度繰り返したところで花の用意はいらないという女神様からの啓示だと悟ったという。
グラスに浮かぶ花びらを見つめ、感動に潤んだ目を瞬く。
「うれしいわ」
祝福してくれる人がいる、それだけで救われるのに。
女神様からもこんな祝福をいただけるなんて、幸せで胸が震える。
「うん、本当に。
こうして女神様にまで祝福をもらうなんて、俺がアクアオーラを幸せにできる相手だって認めてもらえたようで嬉しい。
俺はこれからもアクアオーラを幸せにするのに全力を尽くすよ。」
温かな笑みを浮かべるアイオルドにもう幸せになってると伝える。
「私、もう幸せだわ」
「もっとだよ。
アクアオーラはもっと幸せになれる」
「アイオルドも幸せ?」
「ああ、俺はアクアオーラがいてずっと幸せだけど、これから先はもっと言葉にならないくらい幸せになれるって確信してる」
自信たっぷりに宣言をするアイオルドに笑みが零れる。
アクアオーラも同じ。
アイオルドがいて、ずっと幸せだった。
それでもこの先は未知の幸せがあるって疑っていない。
「アクアオーラ、愛しい君とこの先も幸せになることを誓うよ。
君と出会った瞬間から俺には君しかいない」
琥珀の瞳が真っ直ぐに見つめる。
同じようにアクアオーラもアイオルドだけを見つめている。
「私も同じよ。
あの日アイオルドが私の手を引いてくれた時から私の心にはあなただけなの。
ずっとこうして誓いを交わす日を待ち望んでいたわ。
これからもずっと一緒に幸せを作っていきましょう」
どちらからともなくグラスを合わせお酒を飲み干す。
唇の中に花びらが流れてきた瞬間、溶けて喉奥に落ちていった。
飲み干したグラスをテーブルに戻すと手を絡められた。
指と指を絡めるような繋ぎ方は初めてでくすぐったい。
そのまま手を引かれ倒れ込んだベッドで見つめ合う。
ちゅ、と繋いだ手に口づけられふわふわとした幸せに酔う。
耳の側を撫でた手が頬を捉える。
「……」
落とされたキスは溶けそうなほど甘い。
星明かりに煌めいて、アイオルドの瞳も潤んでいた。
繰り返されるキスの合間に囁きが繰り返される。
愛を告げるその響きにうっとりと聞き入り目を閉じた。
アクアオーラは間違いなくこの夜一番幸せな花嫁になったのだった。
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