34 / 36
番外編
少しだけ素直な夜 <エリレア視点>
しおりを挟む婚礼衣装を脱ぎ、女官が整えてくれた姿で伴侶となった人を待つ。
慣れ親しんだ自室ではなく夫婦で使うための部屋は緊張を高めるばかり。
シオネのように自室を改装して住む方が良かったかもと思ってしまう。
「エリレア? 待たせましたね」
入口から掛けられた声に心臓が跳ねる。
顔が広いためまだ訪れないだろうと思っていた当てが外れた。
心の準備なんて全然できていない。
自分と同じように婚礼衣装を脱ぎ夜着に着替えたローデリオは普段の装いでさえ隠れていなかった色気が溢れていた。
ムリ、と弱気な自分が顔を出す。
アクアオーラからもらったアドバイスを試すどころか直視することすら難しかった。
「早かったわね、つかまってもっと掛かると思ってたわ」
「彼らとて婚礼の夜は遠慮しますし、俺も花嫁を待ちぼうけさせることはしたくなかったので」
少し飲みますか?と聞かれたので首を振る。
式の最中も沢山グラスを傾けたのでもうお酒はいらない。
緊張のせいか全然酔っている感覚がないのだけれど。
そうですか、と答えたローデリオが腰かけた寝台が音を立て、身を硬くする。
「エリレア、緊張していますか?」
「当たり前じゃない、緊張しないわけがないわ」
初めてで未知のことに対する緊張と不安は当然ある。
じゃあ俺と一緒ですね、と浮かべた笑みは艶やかで緊張を窺わせる要素はどこにもない。
けれど同じだと言ってくれたことに少し安堵した。
物慣れない姿に失望されなくて済んでよかった。いえ、物慣れていた方が問題かもしれないけれど。
みっともない姿を見せなくない、その気持ちが強かった。
頬を撫でた手に顔を上げられキスを落とされる。
嬉しそうに緩められた表情は、いつもの余裕を残すもの。
ここでできなければこの先もずっと変わらないかもしれない。アクアオーラの助言を頭に思い浮かべる。
大丈夫、そんなに難しくない。
自分で自分を勇気づけて行動に移した。
頬に添えられた手を両手でぎゅっと握る。
細い繊細な指。けれどエリレアよりも骨張った男性の手だった。
「エリレア?」
目を丸くして見つめるローデリオ。
羞恥に目を逸らしたくなるのを堪えて瞳をじっと見つめる。
握っている手が戸惑うようにぴくりと動く。離れていかないように手の力を強めた。
「ローデリオ……」
何も言えないときは名前を呼ぶだけで良い。助言の通りにローデリオの名前を呼ぶ。
見つめ続けているとゆっくりと手を引き抜かれた。
失敗かと思う前にローデリオに強く抱きしめられる。
「何故煽るようなことをするんです、優しくしたいと思っていたのに」
耳に吹き込むように囁かれた言葉にぞくりとした。
顔を上げたローデリオは作った笑みを消して、睨んでいるようにも感じられるギラついた瞳でエリレアを見つめている。
嬉しくて口元が綻ぶ。
「やっと、初めて余裕のない顔が見れたわ」
「……っ!」
嬉しいと告げるとはっきりとローデリオの空気が変わり、先ほどとは違う荒々しいキスをされる。
「酷い人ですね、余裕のある男を装いたい気持ちを汲み取ってくれないんですか」
「どんな顔でも見せてほしいの」
「貴女を疎む顔でも?」
意地悪なことを言う。
「……それは嫌だわ」
嫌われたくないし、そんな顔は見たくない。でも。
「でも、笑みで隠して内心で疎まれる方が嫌。
もし、私を疎む日が来たならちゃんと教えてほしいの。
距離感を変えればそれでも上手く過ごせるかもしれないし」
とても悲しいけれど、気持ちが永遠じゃない以上いつかそんな日が来るのかもしれない。
真剣に答えたらローデリオが嫌そうな顔をした。自分で言ったくせにどうしてそんな顔をするのかしら。
「貴女が貴女であれば俺が貴女を疎むことはありませんよ。
……貴女は俺の理想なので」
「……は?」
言われた言葉の意味がわからなくてまじまじと顔を見つめる。
意味を飲み込めていないエリレアを気にせずローデリオが言葉を重ねて来る。
「凛として真っ直ぐなところも思慮深く責任感の強いところも好きですし、照れ屋で素直に気持ちを表現できないところも可愛いと思ってますよ、あと容姿も好みです」
流れるように告げられるのは今まで一度も聞いたことのないエリレアの好きなところ。
タガが外れたように落とされた言葉に続けられたのはローデリオの隠さない本音だった。
「貴女は多分唯一の俺の弱点なので」
隠したいと思うのは当然でしょう?と微笑まれる。
ローデリオらしくてつい笑ってしまう。
「秘密にしてくださいね」
「私しか知らない重大な秘密なんでしょう?」
当然よ、と答えたところで気づく。
ローデリオの笑みが余裕のあるものに戻っていることに。
咎める視線を送ると苦笑して見せる。
「俺を翻弄しないでください」
翻弄なんてしてないと否定する前に口を塞がれる。
キスを落としながら優しくしたいので、と囁く声はとても甘くて……。
けれど帯びた真剣さがそれだけではない情動を窺わせる。
ね?と耳に口づけられ、もう何も言えなくなってしまう。
翻弄されているのはこちらの方だと思いながらも、それすら喜びだった。
余裕に隠された焦燥が見える度に幸せを感じる。
名前を呼ぶと嬉しそうに表情を緩めるローデリオが愛しくて。
もう何も言葉はいらなかった。
0
お気に入りに追加
438
あなたにおすすめの小説
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。
自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。
王城の廊下で浮気を発見した結果、侍女の私に溺愛が待ってました
メカ喜楽直人
恋愛
上級侍女のシンシア・ハート伯爵令嬢は、婿入り予定の婚約者が就職浪人を続けている為に婚姻を先延ばしにしていた。
「彼にもプライドというものがあるから」物わかりのいい顔をして三年。すっかり職場では次代のお局様扱いを受けるようになってしまった。
この春、ついに婚約者が王城内で仕事を得ることができたので、これで結婚が本格的に進むと思ったが、本人が話し合いの席に来ない。
仕方がなしに婚約者のいる区画へと足を運んだシンシアは、途中の廊下の隅で婚約者が愛らしい令嬢とくちづけを交わしている所に出くわしてしまったのだった。
そんな窮地から救ってくれたのは、王弟で王国最強と謳われる白竜騎士団の騎士団長だった。
「私の名を、貴女への求婚者名簿の一番上へ記す栄誉を与えて欲しい」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる