常夏の国の冬の姫

桧山 紗綺

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番外編

少しだけ素直な夜 <エリレア視点>

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 婚礼衣装を脱ぎ、女官が整えてくれた姿で伴侶となった人を待つ。
 慣れ親しんだ自室ではなく夫婦で使うための部屋は緊張を高めるばかり。
 シオネのように自室を改装して住む方が良かったかもと思ってしまう。

「エリレア? 待たせましたね」

 入口から掛けられた声に心臓が跳ねる。
 顔が広いためまだ訪れないだろうと思っていた当てが外れた。
 心の準備なんて全然できていない。
 自分と同じように婚礼衣装を脱ぎ夜着に着替えたローデリオは普段の装いでさえ隠れていなかった色気が溢れていた。
 ムリ、と弱気な自分が顔を出す。
 アクアオーラからもらったアドバイスを試すどころか直視することすら難しかった。

「早かったわね、つかまってもっと掛かると思ってたわ」

「彼らとて婚礼の夜は遠慮しますし、俺も花嫁を待ちぼうけさせることはしたくなかったので」

 少し飲みますか?と聞かれたので首を振る。
 式の最中も沢山グラスを傾けたのでもうお酒はいらない。
 緊張のせいか全然酔っている感覚がないのだけれど。

 そうですか、と答えたローデリオが腰かけた寝台が音を立て、身を硬くする。

「エリレア、緊張していますか?」

「当たり前じゃない、緊張しないわけがないわ」

 初めてで未知のことに対する緊張と不安は当然ある。
 じゃあ俺と一緒ですね、と浮かべた笑みは艶やかで緊張を窺わせる要素はどこにもない。
 けれど同じだと言ってくれたことに少し安堵した。
 物慣れない姿に失望されなくて済んでよかった。いえ、物慣れていた方が問題かもしれないけれど。
 みっともない姿を見せなくない、その気持ちが強かった。

 頬を撫でた手に顔を上げられキスを落とされる。
 嬉しそうに緩められた表情は、いつもの余裕を残すもの。
 ここでできなければこの先もずっと変わらないかもしれない。アクアオーラの助言を頭に思い浮かべる。
 大丈夫、そんなに難しくない。
 自分で自分を勇気づけて行動に移した。


 頬に添えられた手を両手でぎゅっと握る。
 細い繊細な指。けれどエリレアよりも骨張った男性の手だった。

「エリレア?」

 目を丸くして見つめるローデリオ。
 羞恥に目を逸らしたくなるのを堪えて瞳をじっと見つめる。
 握っている手が戸惑うようにぴくりと動く。離れていかないように手の力を強めた。

「ローデリオ……」

 何も言えないときは名前を呼ぶだけで良い。助言の通りにローデリオの名前を呼ぶ。
 見つめ続けているとゆっくりと手を引き抜かれた。
 失敗かと思う前にローデリオに強く抱きしめられる。

「何故煽るようなことをするんです、優しくしたいと思っていたのに」

 耳に吹き込むように囁かれた言葉にぞくりとした。
 顔を上げたローデリオは作った笑みを消して、睨んでいるようにも感じられるギラついた瞳でエリレアを見つめている。
 嬉しくて口元が綻ぶ。

「やっと、初めて余裕のない顔が見れたわ」

「……っ!」

 嬉しいと告げるとはっきりとローデリオの空気が変わり、先ほどとは違う荒々しいキスをされる。

「酷い人ですね、余裕のある男を装いたい気持ちを汲み取ってくれないんですか」

「どんな顔でも見せてほしいの」

「貴女を疎む顔でも?」

 意地悪なことを言う。

「……それは嫌だわ」

 嫌われたくないし、そんな顔は見たくない。でも。

「でも、笑みで隠して内心で疎まれる方が嫌。
 もし、私を疎む日が来たならちゃんと教えてほしいの。
 距離感を変えればそれでも上手く過ごせるかもしれないし」

 とても悲しいけれど、気持ちが永遠じゃない以上いつかそんな日が来るのかもしれない。
 真剣に答えたらローデリオが嫌そうな顔をした。自分で言ったくせにどうしてそんな顔をするのかしら。

「貴女が貴女であれば俺が貴女を疎むことはありませんよ。
 ……貴女は俺の理想なので」

「……は?」

 言われた言葉の意味がわからなくてまじまじと顔を見つめる。
 意味を飲み込めていないエリレアを気にせずローデリオが言葉を重ねて来る。

「凛として真っ直ぐなところも思慮深く責任感の強いところも好きですし、照れ屋で素直に気持ちを表現できないところも可愛いと思ってますよ、あと容姿も好みです」

 流れるように告げられるのは今まで一度も聞いたことのないエリレアの好きなところ。
 タガが外れたように落とされた言葉に続けられたのはローデリオの隠さない本音だった。

「貴女は多分唯一の俺の弱点なので」

 隠したいと思うのは当然でしょう?と微笑まれる。
 ローデリオらしくてつい笑ってしまう。

「秘密にしてくださいね」

「私しか知らない重大な秘密なんでしょう?」

 当然よ、と答えたところで気づく。
 ローデリオの笑みが余裕のあるものに戻っていることに。
 咎める視線を送ると苦笑して見せる。

「俺を翻弄しないでください」

 翻弄なんてしてないと否定する前に口を塞がれる。
 キスを落としながら優しくしたいので、と囁く声はとても甘くて……。
 けれど帯びた真剣さがそれだけではない情動を窺わせる。
 ね?と耳に口づけられ、もう何も言えなくなってしまう。

 翻弄されているのはこちらの方だと思いながらも、それすら喜びだった。
 余裕に隠された焦燥が見える度に幸せを感じる。
 名前を呼ぶと嬉しそうに表情を緩めるローデリオが愛しくて。
 もう何も言葉はいらなかった。


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