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不安
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「………うわ」
眠れぬ夜を過ごしたエニシアの顔はひどいことになっている。
自分じゃないみたいだ……。
鏡を見る時は少しでも魅力的になるように、いつも笑顔でいた。
それが今は酷い顔をしている。
笑顔を失うだけでこんな顔になるわけじゃない。
昨日聞いたことへの衝撃がエニシアの表情を暗くしていた。
悪い夢、そう思って片付けてしまうには深刻すぎる話だ。
顔を洗って髪を整えると幾分ましな顔になる。
「よしっ」
顔色が良くなっていることを確認して、部屋を出た。
「確かめないと……」
呟くエニシアの脳裏に昨日の映像が浮かんでくる。
見つめ合うふたりの姿―――。
頭を振って追い払うとエリノアの居住する区域に向かって歩きだす。
部屋に向かっていると、珍しく部屋の外にいる姉の姿が見えた。
見覚えのない神官と話す姉の顔には危険が迫っている様子など欠片も見られない。
ためらっている間に話を終えたエリノアが、エニシアに気づいた。
「どうしたの?」
いつもと変わらぬ姉の顔を直視できずに、ごまかす。
「あの人は誰? 見たことないよね」
「ああ、あまり城にはいない人だから……。 神官の一人で地方の教会との連絡をしている人よ」
「ふーーん……」
エニシアの様子を訝しんだエリノアが手を伸ばす。
小さい子をあやすように乗せられた手を反射的に払い落とした。
「あ……!」
呆然としたエリノアの顔に自分がしてしまったことに気づく。
言葉を探していると、エリノアの後ろの扉が開いた。
「どうしました?」
部屋から出てきたアルノルトはエニシアとエリノアの様子を見て、何かあったことを察したらしい。
じっと二人を見つめた後アルノルトはエリノアに向かって口を開いた。
「エリノア様は部屋にお戻りください」
その言葉にエリノアはエニシアを気にしながらも部屋に入っていった。
どこまで思い知らせたら気が済むのかと、理不尽な想いが湧き上がる。
扉が閉じられたのを確認してからアルノルトがエニシアに向き直った。
「行くぞ」
返事をするのも嫌で黙って後ろをついていく。
アルノルトが足を止めたのは尖塔に続く渡り廊下だった。
周りを見渡しても人の影はひとつもない。
あえてこの場所を選んだ意図にもエニシアは気づいた。
「知ってたの? 昨日私が聞いていたこと」
人気のない場所で話をしようをするのは、聞かれては困る話をするためだ。
アルノルトは隠すでもなく、あっさりと肯定した。
「ああ」
「だったら、私が聞きたいこともわかってるよね」
別にこんなところまで来る必要なんてないじゃない。
「お姉ちゃんの部屋で話したってよかったんじゃない?」
「エリノア様の前でお前、冷静に話ができたのか」
ぐっと言葉を呑む。確かにさっきだったら話なんて出来なかったかもしれない。
「昨日話していたことは本当なの?」
「ああ」
深刻さの欠片もない口調で言われても全く危機感が伝わってこない。
「大変じゃない……」
「まあな」
「なんでそんなに緊張感がないのよ!」
平坦な声で答えるアルノルトに怒りが爆発した。
戦争が起こるなんて言われて落ち着いている方がおかしい。
アルノルトやお姉ちゃんよりもエニシアの反応が普通のはずだ。
「静かにしろ。怒鳴らなくても話はできる」
エニシアの怒りなど歯牙にもかけない、その態度にまた頭に血が上る。
またエニシアが怒鳴る前に頭に手が乗せられた。
「俺もエリノア様も戦争を回避するためにできるだけのことはしている。
お前は、心配する必要はない」
エニシアの頭に乗せた手が、あやすように軽く叩く。
甘やかされる心地良さと関わらせてもらえない悔しさを同時に感じる。
「私には関わらせてくれないの?」
核心をついたつもりの問いは、見当違いだというように無視された。
「俺たちが何をしようとも最終的に決めるのは国王だ。
……何が起こってもいいように街に出るのは控えておけ」
その言葉に不安が蘇ってきたが、心細いと訴えるのは子供じみているような気がして頷くしかできない。
『俺たち』にエニシアが入っていないのは嫌というほどわかっている。
関わろうとするのが使命感じゃなく、置いてきぼりにされる不安感からだとも……。
本当は、わかっていた―――。
眠れぬ夜を過ごしたエニシアの顔はひどいことになっている。
自分じゃないみたいだ……。
鏡を見る時は少しでも魅力的になるように、いつも笑顔でいた。
それが今は酷い顔をしている。
笑顔を失うだけでこんな顔になるわけじゃない。
昨日聞いたことへの衝撃がエニシアの表情を暗くしていた。
悪い夢、そう思って片付けてしまうには深刻すぎる話だ。
顔を洗って髪を整えると幾分ましな顔になる。
「よしっ」
顔色が良くなっていることを確認して、部屋を出た。
「確かめないと……」
呟くエニシアの脳裏に昨日の映像が浮かんでくる。
見つめ合うふたりの姿―――。
頭を振って追い払うとエリノアの居住する区域に向かって歩きだす。
部屋に向かっていると、珍しく部屋の外にいる姉の姿が見えた。
見覚えのない神官と話す姉の顔には危険が迫っている様子など欠片も見られない。
ためらっている間に話を終えたエリノアが、エニシアに気づいた。
「どうしたの?」
いつもと変わらぬ姉の顔を直視できずに、ごまかす。
「あの人は誰? 見たことないよね」
「ああ、あまり城にはいない人だから……。 神官の一人で地方の教会との連絡をしている人よ」
「ふーーん……」
エニシアの様子を訝しんだエリノアが手を伸ばす。
小さい子をあやすように乗せられた手を反射的に払い落とした。
「あ……!」
呆然としたエリノアの顔に自分がしてしまったことに気づく。
言葉を探していると、エリノアの後ろの扉が開いた。
「どうしました?」
部屋から出てきたアルノルトはエニシアとエリノアの様子を見て、何かあったことを察したらしい。
じっと二人を見つめた後アルノルトはエリノアに向かって口を開いた。
「エリノア様は部屋にお戻りください」
その言葉にエリノアはエニシアを気にしながらも部屋に入っていった。
どこまで思い知らせたら気が済むのかと、理不尽な想いが湧き上がる。
扉が閉じられたのを確認してからアルノルトがエニシアに向き直った。
「行くぞ」
返事をするのも嫌で黙って後ろをついていく。
アルノルトが足を止めたのは尖塔に続く渡り廊下だった。
周りを見渡しても人の影はひとつもない。
あえてこの場所を選んだ意図にもエニシアは気づいた。
「知ってたの? 昨日私が聞いていたこと」
人気のない場所で話をしようをするのは、聞かれては困る話をするためだ。
アルノルトは隠すでもなく、あっさりと肯定した。
「ああ」
「だったら、私が聞きたいこともわかってるよね」
別にこんなところまで来る必要なんてないじゃない。
「お姉ちゃんの部屋で話したってよかったんじゃない?」
「エリノア様の前でお前、冷静に話ができたのか」
ぐっと言葉を呑む。確かにさっきだったら話なんて出来なかったかもしれない。
「昨日話していたことは本当なの?」
「ああ」
深刻さの欠片もない口調で言われても全く危機感が伝わってこない。
「大変じゃない……」
「まあな」
「なんでそんなに緊張感がないのよ!」
平坦な声で答えるアルノルトに怒りが爆発した。
戦争が起こるなんて言われて落ち着いている方がおかしい。
アルノルトやお姉ちゃんよりもエニシアの反応が普通のはずだ。
「静かにしろ。怒鳴らなくても話はできる」
エニシアの怒りなど歯牙にもかけない、その態度にまた頭に血が上る。
またエニシアが怒鳴る前に頭に手が乗せられた。
「俺もエリノア様も戦争を回避するためにできるだけのことはしている。
お前は、心配する必要はない」
エニシアの頭に乗せた手が、あやすように軽く叩く。
甘やかされる心地良さと関わらせてもらえない悔しさを同時に感じる。
「私には関わらせてくれないの?」
核心をついたつもりの問いは、見当違いだというように無視された。
「俺たちが何をしようとも最終的に決めるのは国王だ。
……何が起こってもいいように街に出るのは控えておけ」
その言葉に不安が蘇ってきたが、心細いと訴えるのは子供じみているような気がして頷くしかできない。
『俺たち』にエニシアが入っていないのは嫌というほどわかっている。
関わろうとするのが使命感じゃなく、置いてきぼりにされる不安感からだとも……。
本当は、わかっていた―――。
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