拝啓、聖女様

桧山 紗綺

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聖女と妹姫

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  拝啓 聖女様。
  私の側に騎士団長がいるのは何故なんでしょう。
  国が亡くなり、全てを失わなければならない私に、まだ共にいてくれると言う。
  この人の手を取っていいのでしょうか。
  国王や姉妹、民への裏切りにはならないのでしょうか。
  私は、まだ迷っています―――。



  聖殿の奥に元気な声が響き渡った。
 「お姉ちゃーん!」
  普段静かな聖域に、少女の声は場違いな明るさをもっている。
  その場に居合わせた人々は眉を顰める者や微笑ましそうに目を細める者、いくつか存在したが、概ね好意的に受け入れられていた。
 「エニシア。 どうしたの?」
  答えたのもまだ歳若い少女だったが、こちらには歳に見合わない落ち着きが見える。
 「あのね…!」
 「少し待ってね」
  軟らかい表情を浮かべて妹を見やると、聖女は女官に向き直った。
 「どうぞ、続けて?」
  女官の報告を優先させようとする姉に不満そうにくちびるを尖らせる。その様子を見て女官の一人が笑った。
 「姫様のご用事を先に聞いて上げてくださいな。私達の用件は後で事足りますから」
 「いいの? ありがとう!」
 「あら、本当にいいの? 先に報告を済ませてしまった方がゆっくりと時間が取れると思うんだけど……」
  素直に喜びを表す妹をやんわりと窘めて、聖女は側にいた青年に呼びかけた。
 「ごめんなさい、アルノルト。 エニシアをお願いしてもいいかしら?」
  問いの形を取っていても、断りの言葉が返ってくるとは微塵も思っていない。信頼と親愛に満ちた視線を交わすふたりを見て、エニシアの表情がわずかに曇った。



  控えの間に映されたエニシアはさっきとは打って変わって不機嫌そうな顔をしていた。
 「どうした、さっきから黙って。 具合でも悪くなったのか」
  ぞんざいな口調で言われて反射的に口を開く。
 「アルノルト。 お姉ちゃんの前と態度違いすぎ」
  自分より頭二つ大きい青年を見上げて睨む。
  この国では珍しい黒髪に冷淡な眼差し、怖がられるのもわかる気がする。
  聖女を前にした親愛の表情なんて欠片もない。
  アルノルトがそういった感情を見せるのはお姉ちゃんの前だけだった。
 「聖女様に対して礼を持って接するのは当たり前だろう」
  騎士だから、の後に続く言葉もエニシアにはわかっていた。
 「それに、エリノア様は俺がこの世で唯一尊敬する御方だ。 言葉だって自然と改まるさ」
 「お姉ちゃんは普通に話してくれたほうが喜ぶと思うけど……」
  悔し紛れに呟いた言葉はアルノルトには届かなかったらしい。そっと胸をなで下ろす。
  いつもこうだ。口に出した後に後悔する。
  聡明で美しく慈愛に満ちた聖女。
  自分とは何もかも違う姉に対する醜い嫉妬。自分でもわかっているからこそ嫌になる。
  国王陛下にも敬語を使わない騎士団長に敬愛され、民にも崇拝される尊い存在。
  すごいと思っているし、大好きなのに、大好きなはずなのに……。
  時々襲ってくる黒い気持ちはエニシアに自身の醜さを突きつける。
 「お待たせ」
  政務を終わらせてエリノアが入ってくる。
  清廉さを表すかのような薄青の髪。抜けるような白い肌。身に纏った白い聖衣もあって、アルノルトと並ぶと対照色である白と黒が混ざり合うような錯覚を見せる。
  完璧なまでの美を体現した人だとエニシアはいつも思っていた。
 「では、私は控えておりますので、何かありましたらお呼びください」
  エニシアに対するものとは全然違う態度でアルノルトがエリノアに言い残す。
  アルノルトを見送ってエリノアの視線がエニシアに戻る。
 「今日はどうしたの?」
 「あ、街の報告!」
  普段城の外どころか部屋の外へさえもほとんど出ないエリノアに色々な話を聴かせるのがエニシアの日課だった。
  エリノアの自室はやわらかな光が差し込み清逸な空気を作り出している。
  心地良い空気に自然と頬が笑みを作る。
  エニシアが語る他愛ない話を、穏やかな微笑みで聴いてくれる。
  この二人だけの穏やかな時間が、エニシアは好きだった。
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