Faith

桧山 紗綺

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35 革命

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「さて! これから忙しくなるぞ!」
 外に出たところでジェラールが嬉しそうに手を叩く。
 アーリア自身もいつになく高揚していた。
「まずはシリルの父親への交渉ですかね」
 大事な一人息子の身柄と引き換えに侯爵はどこまでの要求を呑むだろうか。
 本気を見せるためにも、アーリアが実際に侯爵と会って交渉を進める必要がある。
「レイドもよろしくお願いしますね」
 彼が交渉の場に立てば、自分たちが不利な立場に置かれたことがより理解できるだろう。人質を得て事態を動かしているのはすでに自分たちではないのだと思い知ることになる。
「改めてよろしく、の前に確認したいことがあるのですが」
「なんですか?」
「どうやってアルドたちの居場所を…、いや、その前にあなた方は何時から結託して動いていたんですか」
「結託って、元々仲間なのだけれど…」
「それは知っています。 そうではなくて、いつの時点からこのために動いていたんですか!
 私の知る限りあなたたちが相談したりする時間はなかったはずです!」
 珍しく声を荒げるレイドにアーリアとジェラールは目を瞬く。
「いつから…。 レイドが好きでシリルに協力してるわけじゃないのは態度でわかったから、何か理由があるんだろうなって思って」
 シリルは快く協力関係を築ける人間ではない。
「俺がアーリアを騎士団から追い出すつもりがないことにはいつ気づいた?」
 ジェラールがそんなことを聞く。
 気づかせるのが前提でも酷いやり方だ。アーリアは本気で泣いた。
「攫われた夜の時点でわかってましたよ。 だって本気でそうするつもりなら黙って連れてくればよかったんだし、わざわざ私に言う必要ないじゃないですか」
「そもそも私がジェラール殿から協力の申し出を受けたのもその夜なのですが…。
 急展開過ぎて頭がついていきません」
「そうか? 十分ついてきてると思うけどな」
「成り行きでOKしたわけではないでしょう」
 ふたりで反論するとレイドがうなだれてしまう。
「あ、えーと。 ちゃんと説明するから…」
 そんな顔をされるとこちらが悪いような気がする。
「まず、私がジェラールと話をしたのはさっきゴードン氏と会談していたときが初めてです」
 アーリアの言葉にレイドが目を見開く。どうやって意思の疎通を図ったのかといえば…。
「まあ、勘…というか。 目的がわかればジェラールの考えは大体わかるというか」
 行き当たりばったりなところも多いので、ここまで上手く行ったのは運もよかったんだと思う。
「さっぱりわかりません。 私が人質を取られてシリルに協力していると知ったのは?」
 要領を得ない説明にレイドから質問をする。
「船で知りました。 レイドと話しているときに」
「は?! どうやって!?」
「あの時鳥が飛んでいたでしょう。 彼が教えてくれたんです」
「暗号ですか?」
 にわかには信じがたいといった表情をしている。確かに普通の鳥には難しいかもしれない。
「まあ詳細は省くとして、あの時にレイドが人質を取られてシリルに協力していることと、人質の居場所を掴んだことを教えて貰ったんです」
 誰が連絡をよこしたかと言えば騎士団のみんなだ。
「人質の場所をわざわざ調べたのなら助けに行くことも想像がつきます」
「俺たちが攫われたことを騎士団に伝えたのもその鳥だ。
 すぐに調査に当たったんだろうが思った以上に優秀だったな。
 お前の仕事だけでなく、お前の人質のことまで一日で調べ上げてきた」
「私の仕事も知らないのに飛び込んできたというわけですか」
 ジェラールがレイドに協力を切り出したのは攫われた後のことだ。
「ああ、俺のやりたいことはこいつに自分の立場を思い知らせることだったからな。
 極端な話、お前が本当に犯罪目的でアーリアを攫うつもりだったとしても別に構わなかったんだ」
「は?! 彼女に何かあったらどうするつもりだったんですか!」
 レイドがジェラールに詰め寄る。
「それくらいなんとかするさ。 俺もこいつも、だてに修羅場をくぐってきていないからな。 助けが来るまでくらいどうとでも出来る」
 信頼、という言葉で表しきれない感情がそこには浮かんでいた。
「それにお前がアーリアに危害を加える気がないことはすぐにわかったしな。」
「そうですか…」
「そうですね。 どちらかと言えば乱暴なのはシリルの方でしたね。
 レイドは人質のことさえなければ、きっと協力してくれると思っていました」
 今回問題だったのはレイドよりもシリルの存在だ。
 アーリアたちが無事に脱出したとしても、彼をそのまま帰しては今後より面倒な事態が起こることは明白だった。
「彼の存在は放置しておけませんでした。 何か対策を講じる必要があった」
「確かに貴族派はあなたを放っておくことはないでしょうね」
「ええ、かといって国軍派に彼を渡してもろくな使い方をしないと思いました」
 想像でしかないが、泥沼をさらに広げることになったと思う。
「そうでしょうね…。 彼らのやり方は」
 アーリアの予想にレイドも頷く。
「革命派が存在することは前から知っていたので、この際彼らに国を任せてみるのはどうかと思いまして」
「そんな単純な理由ですか」
「消去法というやつですね」
 納得できない顔をしたのでちゃんと説明する。
「貴族派を残しておくことは私のためにできない。 その為に手を組むには国軍派は不足でした。
 行動を聞く限り信頼できないし、彼らは私たちの力を必要としていない。
 となれば革命派に可能性を見出すのは当然ではないでしょうか」
「革命派は力こそ不足しているが、潜在的な支持は他の二派よりも大きいと見ている」
「それは、確かにそうですが…」
「都市伝説のように不確かだからこそ、人はそこに大きな希望を見出す。 そう考えられませんか?」
 これからの演出次第で彼らの力は如何様にも変わる。
「荒廃した国を立て直すために立ち上がった憂国の士。
 どこにでもいる民の一人だった彼らが声を上げたのは、この大地で暮らす自分たちと同じ民のため。 …いいと思いませんか?」
 多少の芝居は演出の範囲内。自分も大地の一員になりたいと思う者も出てくるだろう。
「まあ、ちょっと無謀だった気もしますが、結果的にこれ以上ないくらい成功です」
 革命派がすんなり協力してくれるとも限らなかったので、今日イエスを貰えたのは大きな成果だろう。
「なんだか最初から最後まであなた方に乗せられた気がします」
「そんなことはありませんよ。 私が騎士団にいることまで突き止めたあなたの力を脅威とも思いますし、その能力に敬意も感じています。 だからこそ、協力してほしかった」
 レイドに捕まったときはこの十数年ほとんど騎士団宿舎から出ない生活を送っていたのが無駄になった瞬間だった。
「そう言われると恐縮ですが、実は突き止めたというわけでもないのですよ」
「え?」
「夜会に時折現れる令嬢がアルクディーリア様によく似た特徴を備えていたというだけで、本人だとは確信できていませんでした。 まさか十年以上も前に姿を消した姫が生きているとは正直思いませんでしたし、あなたを匿っているのが騎士団でなければよく似た別人だで片づけたでしょうね」
「なら、どうして?」
「さあ? そもそも私が侯爵に命じられていたのはそのよく似ている令嬢を連れてくることでしたから。 でもこうなってみれば、侯爵には確信に至る情報があったんだとしか思えませんね」
 レイドもそこは知らないらしい。侯爵独自の情報網でもあるのだろうと推察はできるが、不気味なものは消えなかった。
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