34 / 41
34 非公式の同盟
しおりを挟む
レイドとアーリアの話が纏まった後、青年は部屋を出て行く。
怪我がないとはいえ、彼はまだ本調子でない。今一番必要なのは休養だった。
レイドも安心したようで、本来の余裕が出てきたようだ。
それに反して顔色をなくしたのがシリルだ。レイドが彼に従う理由も、彼を守る理由も、もう何一つない。
侯爵に対する人質になり得る彼は手土産としてゴードンの監視下に置くことになった。
ゴードンの部下に連れて行かれるシリルは、肩を落とし力無い足取りで部屋を後にした。完全に立場は逆転している。
「しかし人の隠れ家でいろいろやってくれるな」
男が咎めるが言葉はおもしろそうに笑っていた。
「あんたらは結局何者だ。 お嬢ちゃんも王家の血を引くただの小娘ってわけじゃないだろう」
ここに至るまでアーリアもレイドも、当然ジェラールも自身の所属について話していない。
レイドについてはアーリアが明らかにしたが、本人たちはクロスフィールド騎士団の人間であると言っていない。男が疑問を持つのは当然の流れだった。
「紹介が遅れたのは申し訳ないが、見てわからないか」
ジェラールが指し示したのは自身が身にまとっている軍服。
黒を基調にした軍服は襟に何処の騎士団であるかを示す紋章が刺繍されている。
わかりづらいように同色で縫われてある紋章を見て、男も流石に息を呑んだ。
「よく、そんなものを着て外を歩いてこられましたね」
レイドが感嘆ともつかない声で言う。
敵として戦ったことのある国で纏うには危険な服だ。
「遠目からはわからないし、ちゃんと上からコートを着ていたからな」
胸を張って言うが、そういう問題でもない。何が起こるかわからない他国で不用心すぎる。それだけ自信があるということなのだろうけれど。
「クロスフィールド王国騎士団の紋章…? まさか、本物なのか」
「本物だ。 信じられないのならこれも見せよう」
そう言ってジェラールが取り出したのは一振りの剣。柄に埋め込まれた宝石と刻まれた紋章に男の顔が真剣なものになっていく。
「本物か…。 いや、もういい。 ありがとう」
男が真剣になるのも当然だ。本来騎士が与えられた剣を他人に見せることなどないからだ。身分証でもあるが、王から賜った剣を一介の市民に身分の証として見せることなど、通常あり得ない。
そこにジェラールの本気を感じ取ったから男も黙ったのだろう。
男の目がアーリアに移る。
「私には彼のように証明するものは何もありませんが、彼と同じ騎士団に所属しております」
一礼して顔を上げたアーリアは雰囲気を一変させ、凛とした気配を身にまとう。
男もこの答えは意外だったようだ。女の騎士がいるなどとはこの国どころかこの大陸でも聞いたことがないからだろう。
「騎士…? あんたがか?」
「叙任されていませんので、騎士ではありません。 私の存在は国王陛下も知りませんから」
非公式に騎士団に所属していると聞いて男が更に驚いた。
「レイフィールド王家の血を引く娘がクロスフィールドの王国騎士団で秘密裏に働いてるって…」
頭を抱えて唸る。彼は今、知らなければよかったと思っていることだろう。
秘密など、極力知らない方が平和に生きていける。
男から平穏に生きる道を奪ったアーリアは平然とした顔で話を続ける。革命組織のリーダーをやっている時点ですでに平和とは程遠いが。
「革命派がこの国で力を得るためには国軍派と貴族派を排除、または力を削ぐ必要がありますが、まだあなた方にそれだけの力はない」
現状を知っている故に厳しい顔をする男に、アーリアは力に満ちた声で宣言した。
「私たち王国騎士団が力添えいたします」
アーリアの言葉にその場にいる人間が唖然とした顔で彼女を見つめる。
他国の内乱に介入するなんて前代未聞な話だからだ。
「もちろん人数の問題などがありますから表だって戦闘に参加することはできませんが、事前工作や戦闘訓練などは任せてください」
この国に来ている騎士団の人員は十数名だと言う。一度に他国に派遣する人数としても少ないし、集団戦闘が出来るほどの人数はいない。
また、人数が揃っていたところで戦闘に参加などできるわけもない。
他国に軍事介入することを知られるわけにはいかないからだ。特に国王や貴族には知られるわけにはいかない。そんなことが知られれば騎士団の存続そのものが怪しくなる。
「正気か、あんたら…」
男の言葉はかなり失礼だったが、レイドも同じ気持ちだった。
「そうでなくてこんな場所まで来ると?」
ジェラールが不敵な笑みで答えれば、姫も口の端を上げて笑う。
並んだその笑みはそっくりに、よく似ていた。
「ばれたら首が無くなる可能性もありますね」
姫が笑んだままとんでもない未来を語る。彼らはその覚悟もしているのだ、本気で。
「我々はそれでも手を貸す価値があると思っています」
重大な結果をもたらす決断を、男が迷ったのは一瞬だった。
「…改めて頼む。
俺たちに力を貸してくれ。 この国を変えるにはあんたたちの力がいる」
男の言葉にジェラールが頷き、手を差し出す。
「クロスフィールド王国騎士団副団長ジェラールの名を以て、貴殿らへの助力を約束する」
ジェラールの手を強く握り返し、決して表に出ることのない非公式の同盟は結ばれた。
怪我がないとはいえ、彼はまだ本調子でない。今一番必要なのは休養だった。
レイドも安心したようで、本来の余裕が出てきたようだ。
それに反して顔色をなくしたのがシリルだ。レイドが彼に従う理由も、彼を守る理由も、もう何一つない。
侯爵に対する人質になり得る彼は手土産としてゴードンの監視下に置くことになった。
ゴードンの部下に連れて行かれるシリルは、肩を落とし力無い足取りで部屋を後にした。完全に立場は逆転している。
「しかし人の隠れ家でいろいろやってくれるな」
男が咎めるが言葉はおもしろそうに笑っていた。
「あんたらは結局何者だ。 お嬢ちゃんも王家の血を引くただの小娘ってわけじゃないだろう」
ここに至るまでアーリアもレイドも、当然ジェラールも自身の所属について話していない。
レイドについてはアーリアが明らかにしたが、本人たちはクロスフィールド騎士団の人間であると言っていない。男が疑問を持つのは当然の流れだった。
「紹介が遅れたのは申し訳ないが、見てわからないか」
ジェラールが指し示したのは自身が身にまとっている軍服。
黒を基調にした軍服は襟に何処の騎士団であるかを示す紋章が刺繍されている。
わかりづらいように同色で縫われてある紋章を見て、男も流石に息を呑んだ。
「よく、そんなものを着て外を歩いてこられましたね」
レイドが感嘆ともつかない声で言う。
敵として戦ったことのある国で纏うには危険な服だ。
「遠目からはわからないし、ちゃんと上からコートを着ていたからな」
胸を張って言うが、そういう問題でもない。何が起こるかわからない他国で不用心すぎる。それだけ自信があるということなのだろうけれど。
「クロスフィールド王国騎士団の紋章…? まさか、本物なのか」
「本物だ。 信じられないのならこれも見せよう」
そう言ってジェラールが取り出したのは一振りの剣。柄に埋め込まれた宝石と刻まれた紋章に男の顔が真剣なものになっていく。
「本物か…。 いや、もういい。 ありがとう」
男が真剣になるのも当然だ。本来騎士が与えられた剣を他人に見せることなどないからだ。身分証でもあるが、王から賜った剣を一介の市民に身分の証として見せることなど、通常あり得ない。
そこにジェラールの本気を感じ取ったから男も黙ったのだろう。
男の目がアーリアに移る。
「私には彼のように証明するものは何もありませんが、彼と同じ騎士団に所属しております」
一礼して顔を上げたアーリアは雰囲気を一変させ、凛とした気配を身にまとう。
男もこの答えは意外だったようだ。女の騎士がいるなどとはこの国どころかこの大陸でも聞いたことがないからだろう。
「騎士…? あんたがか?」
「叙任されていませんので、騎士ではありません。 私の存在は国王陛下も知りませんから」
非公式に騎士団に所属していると聞いて男が更に驚いた。
「レイフィールド王家の血を引く娘がクロスフィールドの王国騎士団で秘密裏に働いてるって…」
頭を抱えて唸る。彼は今、知らなければよかったと思っていることだろう。
秘密など、極力知らない方が平和に生きていける。
男から平穏に生きる道を奪ったアーリアは平然とした顔で話を続ける。革命組織のリーダーをやっている時点ですでに平和とは程遠いが。
「革命派がこの国で力を得るためには国軍派と貴族派を排除、または力を削ぐ必要がありますが、まだあなた方にそれだけの力はない」
現状を知っている故に厳しい顔をする男に、アーリアは力に満ちた声で宣言した。
「私たち王国騎士団が力添えいたします」
アーリアの言葉にその場にいる人間が唖然とした顔で彼女を見つめる。
他国の内乱に介入するなんて前代未聞な話だからだ。
「もちろん人数の問題などがありますから表だって戦闘に参加することはできませんが、事前工作や戦闘訓練などは任せてください」
この国に来ている騎士団の人員は十数名だと言う。一度に他国に派遣する人数としても少ないし、集団戦闘が出来るほどの人数はいない。
また、人数が揃っていたところで戦闘に参加などできるわけもない。
他国に軍事介入することを知られるわけにはいかないからだ。特に国王や貴族には知られるわけにはいかない。そんなことが知られれば騎士団の存続そのものが怪しくなる。
「正気か、あんたら…」
男の言葉はかなり失礼だったが、レイドも同じ気持ちだった。
「そうでなくてこんな場所まで来ると?」
ジェラールが不敵な笑みで答えれば、姫も口の端を上げて笑う。
並んだその笑みはそっくりに、よく似ていた。
「ばれたら首が無くなる可能性もありますね」
姫が笑んだままとんでもない未来を語る。彼らはその覚悟もしているのだ、本気で。
「我々はそれでも手を貸す価値があると思っています」
重大な結果をもたらす決断を、男が迷ったのは一瞬だった。
「…改めて頼む。
俺たちに力を貸してくれ。 この国を変えるにはあんたたちの力がいる」
男の言葉にジェラールが頷き、手を差し出す。
「クロスフィールド王国騎士団副団長ジェラールの名を以て、貴殿らへの助力を約束する」
ジェラールの手を強く握り返し、決して表に出ることのない非公式の同盟は結ばれた。
3
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
秘密の姫は男装王子になりたくない
青峰輝楽
恋愛
捨て子と言われて苛められながらも強く育った小間使いの少女リエラは、赤ん坊の時に死んだと思われていた王女だった。
リエラを迎えに来た騎士は彼女に、彼女の兄の王太子の身代わりになって欲しいと願うけれど――。
男装の姫と恋愛に不器用な騎士。国を二分する内乱。シリアス多めのラブラブエンドです。
「小説家になろう」からの転載です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
影の弾正台と秘密の姫
月夜野 すみれ
恋愛
女性に興味がなくて和歌一筋だった貴晴が初めて惹かれたのは大納言(上級貴族)の姫だった。
だが貴晴は下級貴族だから彼女に相手にされそうにない。
そんな時、祖父が話を持ち掛けてきた。
それは弾正台になること。
上手くいけば大納言の姫に相応しい身分になれるかもしれない。
早くに両親を亡くした織子(しきこ)は叔母の家に引き取られた。叔母は大納言の北の方だ。
歌が得意な織子が義理の姉の匡(まさ)の歌を代わりに詠んでいた。
織子が代詠した歌が評判になり匡は若い歌人としてあちこちの歌会に引っ張りだこだった。
ある日、貴晴が出掛けた先で上の句を詠んだところ、見知らぬ女性が下の句を詠んだ。それは大納言の大姫だった。
平安時代初期と中期が混ざっていますが異世界ファンタジーです。
参考文献や和歌の解説などはnoteに書いてあります。
https://note.com/tsukiyonosumire/n/n7b9ffd476048
カクヨムと小説家になろうにも同じものを投稿しています。
お嬢の番犬 ブルー
茜琉ぴーたん
恋愛
20××年、どこかの街の大きなお屋敷に住む少女とその番犬2人の、それぞれの愛と恋と秘密、そして血の話。
*同じ設定の独立した『ピンク』『ブルー』『ブラック』の3編です。
*キャラクター画像は、自作原画をAI出力し編集したものです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる