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32 交渉
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「あ、レイド。 そちらではありません」
商店が立ち並ぶ通りに案内しようとすると姫がそれを止めた。立ち寄ろうとしているのは服飾店ではないのだろうか。
「どこへ行くんだ? アルクディーリア。 服を買うなら大通りの方だろう」
シリルの問いに答える姫の顔は笑顔なのに感情が伴っていない。シリルは気づかないだろうが、レイドはその違和感に引っかかる。
「実はこの先にとても腕の良い職人がいるのです。 私が直接知っているわけではないのですが、母は生前とてもよく利用していたそうです」
嘘だ、と思った。
彼女の母君が利用した頃からそんな店があったのなら、レイドが知らないはずがない。
「ほう、そんな話は初めて聞いたな。 君の言う通りの店であれば僕も何か買っていこう」
シリルは全く疑うことなく狭い路地に入っていく。
警戒心が皆無だ。本音を言えば彼の身などどうでもいいが、今はまだ彼を無事に返すのは自分の役目だ。
彼女はどんどん奥へと歩いて行く。昼間に歩いていて襲われるような場所でないとはいえ、明らかに周囲から浮いている自分たちがどう見られているか、レイドにはよくわかった。
部下たちもいるが、多勢に来られたらどうなるかわからない。
姫は周りを気にするでもなく早足で路地を曲がっていく。この国にいたのはかなり幼い頃のはずだがその足には迷いがなかった。
流石のシリルも自分たちが向かう通りの様子と周囲の視線に気が付いたらしく、しきりに周りを見回している。
「あ、アルクディーリア? 本当にこっちでいいのか?
さっきから店ひとつないし、道も汚いし、なんだか様子がおかしいような…」
シリルの言葉に姫は笑みを深めて脅かすような言葉を口にした。
「あまりきょろきょろしない方がよろしいですよ。 絡まれたりしたら面倒ですので」
びくっ、と肩を震わせシリルが黙る。ここにきてようやく姫の様子が違うことに気が付いたようだ。
入り組んだ路地を何度も曲がり、レイドですらもう戻れる気がしない。
彼女が足を止めたのはくすんだ色の建物の前だった。年代を感じさせる石造りの建物は薄汚れてはいても、周りの建物からするときれいな部類に入る。人の手が入っているのだろう。
看板などもなく、彼女が言っていた職人がいるとはとうてい思えない外観だった。
戸を叩くと目つきの悪い男たちが出てきた。こちらを威嚇するように鋭い目で睨める。
「ゴードンさんにお会いしたいのですが」
無言の威圧を意に介せず、姫は用向きを述べた。
「約束は」
「今日とはお約束していませんが、連絡はしています」
「…入りな」
顎をしゃくり男が道を開けた。一人の男が先頭に立って案内をする。後ろを見ると残った男が入口を塞ぐように立ち、こちらを見ていた。
緊迫した空気。感じる視線は警戒と敵意が混じり、緊張を高めている。
「ここだ」
通された部屋はそれほど広くない。4人も入れば狭く感じるほどだ。
簡素な木のテーブルを挿んだ先に一際凄味のある男が座っていた。
年のころ34,5だろうか。赤茶けた髪色と暗い緑の瞳が特徴的だ。
「わざわざこんな所まで訪ねてくるのがどんな奴かと思えば、可愛いお嬢ちゃんとはな」
深みのある声は意外にも穏やかだったが、こんな場所に隠れ住む人間だと思えば警戒が増す。
「何の用だ? 面識はないはずだが」
「ええ、お会いするのはこれが初めてです」
彼女の目的はこの男と会うことだったようだ。何者だ?
「私の名前はアーリア・グレフィス。 この方からはアルクディーリアと呼ばれています」
姫に示されて男の視線がシリルに向く。男の迫力に卒倒しそうなほど真っ青になっている。
「へえ…。 悪名高き侯爵のご子息か」
相手が自分を知っていたことにシリルは驚いたようだが、レイドも驚いていた。
顔を見ただけで素性を当てるとはただ事ではない。シリルを見れば貴族なのはわかるだろうが、どこの家の誰かまで把握しているなんて。
「で、ずいぶん上等な服を着ているようだがあんたもコイツのお仲間か?」
男の目が凄味を増す。答えを間違えたら危険な響きがあった。
「正式にはアルクディーリア・イルナク・レイフィールドと申します」
姫の名乗りに男から殺気が湧き上がる。レイフィールドを名乗れるのは王家の人間だけ。男がそう聞いて殺気を出したのは王家に怨みがあるということだろう。
殺気が形になる前に、姫が言葉を継いだ。
「捨てた名ですが」
姫の言葉に男の殺気が揺らぐ。姫の言葉をどう判断していいのか迷っている。
姫と男の視線がぶつかり相手の本質を見極めようと探り合う。
目を伏せたのは男の方だった。
「意味がわからねえ。 あんたは何をしに来たんだ」
降参するように肩をすくめて椅子に身体を投げ出す。
「あなたの活動にお力添えしたいと思いまして伺いました」
「はあ!?」
意味のわからないものを見るような目が姫の上をなぞる。
その視線が不快でレイドは男を睨みつけた。
「本気で言っているのか?」
男から再び敵意が飛ぶ。興味と警戒。姫の言葉が真実か見極めようとしている。
「ええ、もちろん。 そうであればこそ、こうして手土産持参で参ったのです」
口元は笑いながら瞳は挑むように男を見ていた。
姫の意図に気が付いた男がシリルを見る。
口も出せずに成り行きを見ていたシリルだが、男の視線と姫の言葉の意味を察し震え出した。
姫は彼を取引材料として差し出すと言ったのだ。予想もしなかった判断と、それを下せる彼女に驚愕する。
「あんたからすれば従兄弟だろう」
「あいにく血縁以外は繋がっていませんから」
他の部分は認められるところがない、ということなのだろう。あっさりとした答えに立っていることも出来なくなったのかシリルがふらつく。
「大丈夫ですか? 座っていた方がよろしいですよ。 長くなるかもしれませんから」
優しく微笑む彼女を怯えきった表情で見つめる。まさか自分が売られるとは思ってもみなかったに違いない。
「あ、アルクディーリア…。 君は国を売る気か? こんな下賤な輩に…」
ゴードンに睨みつけられて小さく悲鳴を上げる。さぞ生きた心地がしないことだろう。
「そう言われましても。 私はこの国に何の思い入れもありませんから、自分の国に帰るために必要と思われることをしているだけですよ」
彼女を姫として欲しがっている人間がいる限り戻れないから、そういう人間を消す、そういう意味に聞こえた。
「ここは君の生まれた国だろう!」
叫んだシリルを姫の冷たい瞳が貫いた。
「生まれた国がどこであろうと私を育てたのはクロスフィールドの麦と水です。
あの国の禄で私は生きてきた。
それを勝手に連れてきて女王になれだのと言われたところで聞けるわけもない。
そこまで恩知らずにはなれません」
騎士団で育った彼女は真実国から与えられた物で生きてきた。だからこその台詞だった。
「他国で平穏に生きていた人間を誘拐して王座に据えたところで、この国の問題が解決するわけでもない。
あなたがお父上から言われていたことは夢まぼろしに過ぎないものです」
「で、でも…」
「この国から王が消えてどれだけ経ったと思っているんです。 今さら前王家の血筋が見つかったところで民が納得するとでも?」
「僕と君が結婚すれば前のようなすばらしい国になる! 父上が言っていたんだ! 本当だ!」
「あなたは本当に何もわかっていないんですね」
微かな憐みと呆れが憤りに交じる。
「前王の頃からこの国は荒れ始めていました。
実感したことはないでしょうが、王が亡くなる前の数年は天候が悪く作物も不作が続いていた。
追い打ちをかけるように南部では洪水、東部では干ばつ、北部では大雪で多くの人命も失われた」
レイドもよく覚えている。
握った手から完全に熱がなくなって、自分の手の熱が奪われていっても手が離せなくて…。
落ちる雪を見ながら、このまま握っていたら自分も凍って何も感じなくなれると思った。
幸か不幸かそうはならなかったわけだが。
「王家が満足な態勢を取らなかったことで不満が募り、散発的ではあったけれど民衆による反乱もいくつか起きています」
姫がシリルを見る目には激しい憤りがある。この歳まで何も知らずにいたのは彼の責任ばかりではないが、知ろうとすればいくらでも機会はあった。自ら望んで目と耳を塞ぎ、遊興に明け暮れていた人間に同情する気はない。
「すばらしい国だと思っていたのは一握りの人間だけ、それも国軍派の反乱までのことです。
この十数年で国土は荒れ、さらに恵みは少なくなっている」
戦争は長く続かなかったが、その後の内乱は終わる気配を見せない。
「本当に何も気づかなかったのですか?
あなたが交流していたご令嬢も何人か姿を消していると聞いていますが」
どこから聞いたのか不明だが、姫の言っていることは確かだ。危険を感じたり、今までの生活を続けられないという理由で国を去った者もいるし、巻き込まれて亡くなった者もいる。
「彼女たちは、他国に嫁いだと…」
シリルの言葉に姫が大きなため息を吐いた。
「無知なだけでなく目も耳も悪いんですね。 中身が入っていないのなら人形の方がましです」
「見たところ顔だけだな」
男が口の端を上げて小馬鹿にするように笑う。
「顔ならレイドの方が良いです。 彼なら顔だけで女性を籠絡できますから」
「姫…」
唐突に矛先が向いて反論が遅れた。
「おお、確かに。 女相手の寸借詐欺に向いてそうな顔だな」
男を睨みつけて姫に向き直る。
「勘弁してください。 私はこの顔を利用はしていますが、これで女性を騙したことはありません」
「ええ、知っています」
反論を姫は軽く流してしまう。レイドの言葉に引っかかったのはシリルの方だった。
「嘘を言うな! お前が各地で女を攫って売り飛ばしていることは知ってるぞ!
だからアルクディーリアを迎えに行くとき、父上がお前を連れて行けと言ったんだ!」
「ほう、おもしろいな」
男の目が剣呑に光る。人身売買を不快に感じるタイプの人間であるようだ。
「本当、おもしろいですね。 話が大分捻じ曲がって伝わっているようで」
姫の言葉にレイドは思わず目を見開いた。
商店が立ち並ぶ通りに案内しようとすると姫がそれを止めた。立ち寄ろうとしているのは服飾店ではないのだろうか。
「どこへ行くんだ? アルクディーリア。 服を買うなら大通りの方だろう」
シリルの問いに答える姫の顔は笑顔なのに感情が伴っていない。シリルは気づかないだろうが、レイドはその違和感に引っかかる。
「実はこの先にとても腕の良い職人がいるのです。 私が直接知っているわけではないのですが、母は生前とてもよく利用していたそうです」
嘘だ、と思った。
彼女の母君が利用した頃からそんな店があったのなら、レイドが知らないはずがない。
「ほう、そんな話は初めて聞いたな。 君の言う通りの店であれば僕も何か買っていこう」
シリルは全く疑うことなく狭い路地に入っていく。
警戒心が皆無だ。本音を言えば彼の身などどうでもいいが、今はまだ彼を無事に返すのは自分の役目だ。
彼女はどんどん奥へと歩いて行く。昼間に歩いていて襲われるような場所でないとはいえ、明らかに周囲から浮いている自分たちがどう見られているか、レイドにはよくわかった。
部下たちもいるが、多勢に来られたらどうなるかわからない。
姫は周りを気にするでもなく早足で路地を曲がっていく。この国にいたのはかなり幼い頃のはずだがその足には迷いがなかった。
流石のシリルも自分たちが向かう通りの様子と周囲の視線に気が付いたらしく、しきりに周りを見回している。
「あ、アルクディーリア? 本当にこっちでいいのか?
さっきから店ひとつないし、道も汚いし、なんだか様子がおかしいような…」
シリルの言葉に姫は笑みを深めて脅かすような言葉を口にした。
「あまりきょろきょろしない方がよろしいですよ。 絡まれたりしたら面倒ですので」
びくっ、と肩を震わせシリルが黙る。ここにきてようやく姫の様子が違うことに気が付いたようだ。
入り組んだ路地を何度も曲がり、レイドですらもう戻れる気がしない。
彼女が足を止めたのはくすんだ色の建物の前だった。年代を感じさせる石造りの建物は薄汚れてはいても、周りの建物からするときれいな部類に入る。人の手が入っているのだろう。
看板などもなく、彼女が言っていた職人がいるとはとうてい思えない外観だった。
戸を叩くと目つきの悪い男たちが出てきた。こちらを威嚇するように鋭い目で睨める。
「ゴードンさんにお会いしたいのですが」
無言の威圧を意に介せず、姫は用向きを述べた。
「約束は」
「今日とはお約束していませんが、連絡はしています」
「…入りな」
顎をしゃくり男が道を開けた。一人の男が先頭に立って案内をする。後ろを見ると残った男が入口を塞ぐように立ち、こちらを見ていた。
緊迫した空気。感じる視線は警戒と敵意が混じり、緊張を高めている。
「ここだ」
通された部屋はそれほど広くない。4人も入れば狭く感じるほどだ。
簡素な木のテーブルを挿んだ先に一際凄味のある男が座っていた。
年のころ34,5だろうか。赤茶けた髪色と暗い緑の瞳が特徴的だ。
「わざわざこんな所まで訪ねてくるのがどんな奴かと思えば、可愛いお嬢ちゃんとはな」
深みのある声は意外にも穏やかだったが、こんな場所に隠れ住む人間だと思えば警戒が増す。
「何の用だ? 面識はないはずだが」
「ええ、お会いするのはこれが初めてです」
彼女の目的はこの男と会うことだったようだ。何者だ?
「私の名前はアーリア・グレフィス。 この方からはアルクディーリアと呼ばれています」
姫に示されて男の視線がシリルに向く。男の迫力に卒倒しそうなほど真っ青になっている。
「へえ…。 悪名高き侯爵のご子息か」
相手が自分を知っていたことにシリルは驚いたようだが、レイドも驚いていた。
顔を見ただけで素性を当てるとはただ事ではない。シリルを見れば貴族なのはわかるだろうが、どこの家の誰かまで把握しているなんて。
「で、ずいぶん上等な服を着ているようだがあんたもコイツのお仲間か?」
男の目が凄味を増す。答えを間違えたら危険な響きがあった。
「正式にはアルクディーリア・イルナク・レイフィールドと申します」
姫の名乗りに男から殺気が湧き上がる。レイフィールドを名乗れるのは王家の人間だけ。男がそう聞いて殺気を出したのは王家に怨みがあるということだろう。
殺気が形になる前に、姫が言葉を継いだ。
「捨てた名ですが」
姫の言葉に男の殺気が揺らぐ。姫の言葉をどう判断していいのか迷っている。
姫と男の視線がぶつかり相手の本質を見極めようと探り合う。
目を伏せたのは男の方だった。
「意味がわからねえ。 あんたは何をしに来たんだ」
降参するように肩をすくめて椅子に身体を投げ出す。
「あなたの活動にお力添えしたいと思いまして伺いました」
「はあ!?」
意味のわからないものを見るような目が姫の上をなぞる。
その視線が不快でレイドは男を睨みつけた。
「本気で言っているのか?」
男から再び敵意が飛ぶ。興味と警戒。姫の言葉が真実か見極めようとしている。
「ええ、もちろん。 そうであればこそ、こうして手土産持参で参ったのです」
口元は笑いながら瞳は挑むように男を見ていた。
姫の意図に気が付いた男がシリルを見る。
口も出せずに成り行きを見ていたシリルだが、男の視線と姫の言葉の意味を察し震え出した。
姫は彼を取引材料として差し出すと言ったのだ。予想もしなかった判断と、それを下せる彼女に驚愕する。
「あんたからすれば従兄弟だろう」
「あいにく血縁以外は繋がっていませんから」
他の部分は認められるところがない、ということなのだろう。あっさりとした答えに立っていることも出来なくなったのかシリルがふらつく。
「大丈夫ですか? 座っていた方がよろしいですよ。 長くなるかもしれませんから」
優しく微笑む彼女を怯えきった表情で見つめる。まさか自分が売られるとは思ってもみなかったに違いない。
「あ、アルクディーリア…。 君は国を売る気か? こんな下賤な輩に…」
ゴードンに睨みつけられて小さく悲鳴を上げる。さぞ生きた心地がしないことだろう。
「そう言われましても。 私はこの国に何の思い入れもありませんから、自分の国に帰るために必要と思われることをしているだけですよ」
彼女を姫として欲しがっている人間がいる限り戻れないから、そういう人間を消す、そういう意味に聞こえた。
「ここは君の生まれた国だろう!」
叫んだシリルを姫の冷たい瞳が貫いた。
「生まれた国がどこであろうと私を育てたのはクロスフィールドの麦と水です。
あの国の禄で私は生きてきた。
それを勝手に連れてきて女王になれだのと言われたところで聞けるわけもない。
そこまで恩知らずにはなれません」
騎士団で育った彼女は真実国から与えられた物で生きてきた。だからこその台詞だった。
「他国で平穏に生きていた人間を誘拐して王座に据えたところで、この国の問題が解決するわけでもない。
あなたがお父上から言われていたことは夢まぼろしに過ぎないものです」
「で、でも…」
「この国から王が消えてどれだけ経ったと思っているんです。 今さら前王家の血筋が見つかったところで民が納得するとでも?」
「僕と君が結婚すれば前のようなすばらしい国になる! 父上が言っていたんだ! 本当だ!」
「あなたは本当に何もわかっていないんですね」
微かな憐みと呆れが憤りに交じる。
「前王の頃からこの国は荒れ始めていました。
実感したことはないでしょうが、王が亡くなる前の数年は天候が悪く作物も不作が続いていた。
追い打ちをかけるように南部では洪水、東部では干ばつ、北部では大雪で多くの人命も失われた」
レイドもよく覚えている。
握った手から完全に熱がなくなって、自分の手の熱が奪われていっても手が離せなくて…。
落ちる雪を見ながら、このまま握っていたら自分も凍って何も感じなくなれると思った。
幸か不幸かそうはならなかったわけだが。
「王家が満足な態勢を取らなかったことで不満が募り、散発的ではあったけれど民衆による反乱もいくつか起きています」
姫がシリルを見る目には激しい憤りがある。この歳まで何も知らずにいたのは彼の責任ばかりではないが、知ろうとすればいくらでも機会はあった。自ら望んで目と耳を塞ぎ、遊興に明け暮れていた人間に同情する気はない。
「すばらしい国だと思っていたのは一握りの人間だけ、それも国軍派の反乱までのことです。
この十数年で国土は荒れ、さらに恵みは少なくなっている」
戦争は長く続かなかったが、その後の内乱は終わる気配を見せない。
「本当に何も気づかなかったのですか?
あなたが交流していたご令嬢も何人か姿を消していると聞いていますが」
どこから聞いたのか不明だが、姫の言っていることは確かだ。危険を感じたり、今までの生活を続けられないという理由で国を去った者もいるし、巻き込まれて亡くなった者もいる。
「彼女たちは、他国に嫁いだと…」
シリルの言葉に姫が大きなため息を吐いた。
「無知なだけでなく目も耳も悪いんですね。 中身が入っていないのなら人形の方がましです」
「見たところ顔だけだな」
男が口の端を上げて小馬鹿にするように笑う。
「顔ならレイドの方が良いです。 彼なら顔だけで女性を籠絡できますから」
「姫…」
唐突に矛先が向いて反論が遅れた。
「おお、確かに。 女相手の寸借詐欺に向いてそうな顔だな」
男を睨みつけて姫に向き直る。
「勘弁してください。 私はこの顔を利用はしていますが、これで女性を騙したことはありません」
「ええ、知っています」
反論を姫は軽く流してしまう。レイドの言葉に引っかかったのはシリルの方だった。
「嘘を言うな! お前が各地で女を攫って売り飛ばしていることは知ってるぞ!
だからアルクディーリアを迎えに行くとき、父上がお前を連れて行けと言ったんだ!」
「ほう、おもしろいな」
男の目が剣呑に光る。人身売買を不快に感じるタイプの人間であるようだ。
「本当、おもしろいですね。 話が大分捻じ曲がって伝わっているようで」
姫の言葉にレイドは思わず目を見開いた。
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