Faith

桧山 紗綺

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「何でクレストへ先に行くことになったんだ、おかしいだろう!」
 船から降りていくらか顔色の良くなった青年が常よりは弱々しい声で抗議を入れる。
 青年が何を言おうとこれは決定事項になる。
 変えさせるつもりのないアーリアは青年を懐柔すべく笑顔を作った。
「申し訳ありません。 私が言い出したのですが…」
 アーリアが言ったと聞いて青年の勢いが弱まる。レイドに対して怒ったつもりなので気まずそうだ。
「侯爵様にお会いする前に姿を整えたかったのです。 この服も潮に晒されてとてもお見せできる有様ではありませんもの」
 心の中で馬鹿馬鹿しいと思いながら言葉だけは真剣な声音で紡ぐ。青年のような人間には通じる言い分だろう。
「確かに、父上の前に出るにはふさわしくない格好だな」
 意を得たように青年が肯く。
 アーリアが着ているのはシンプルなデザインだが、貴人の前に出るという観点からも十分に通用するドレスなので青年の考えは全く理解できない。
 レイドが用意した、というだけでも気に入らないのかもしれない。
 そう考えていると青年がレイドを見ながら嘲笑した。
「卑賤な人間の用意したものをいつまでも身に着けていると、君まで賤しく見えてしまうからな。 さっさと新しいものに着替えた方がいい」
 納得した青年はすっきりした顔で馬車へ歩いていく。
 その後ろ姿を見て口元が吊り上る。実に扱いやすい。
「姫は私よりシリル様の扱いがうまいですね」
 レイドが感嘆なのか呆れなのか微妙な声で呟く。
 肩をすくめて、嘆息する。あんなに単純で今までどうやって生きてきたのだろうか。
「それにしてもこれで相応しくないって、謁見用のドレスでも着せるつもりなんでしょうか?」
「さあ、あの人の趣味になんて興味ありませんから」
 アーリアの問いにレイドが毒のある台詞で答える。馬車にいて聞こえないからってそんなことを言っていいのだろうか。最初のころと比べると彼の言葉も大分変化した。
「では、行きましょうか」
 口に出して促すとレイドがアーリアの手を取る。
 馬車までのエスコートは気取ったものでなく、自然な気づかいが感じられた。
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