Faith

桧山 紗綺

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25 傷つける覚悟

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 瞳を開けて伸びをする。
 窓がないので時間はわからないが、体感からするともう夜は明けているはずだ。
 与えられた部屋で仮眠を取ったジェラールはぼんやりとアーリアのことを考えていた。
 昨夜のことを思い出す。アーリアの涙が頭から離れない。
 わざと傷つく言葉を選んでぶつけた。なのに、常日頃見ることのないアーリアの涙に少なからず動揺した。
「何をやってるんだ俺は…」
 自分で選んだことなのに後悔している。
 やったことそのものは後悔していないが、あんな顔を見ると胸が痛む。別の方法もあったんじゃないかと自問してしまう自分が滑稽だ。
 何度も考えた上で決めたことだ。傷つけなければ意味がない。
 アーリアを一番傷つけられるのは自分だろう。
 団長でも他の誰でもない、ジェラールがやるべきことだ。
 だからと言って喜びが浮かぶような歪んだ愛情は持ち合わせていないので、ジェラール自身も痛い。
 馬鹿なことをしているだろうか。
 フレッドやアンネムは怒るだろうな。エリクやジェイドはきっと悲しむ。
 団長は…、どうだろうな。怒るかもしれない、呆れるかもしれない。
 一人一人の顔を思い浮かべ覚悟を新たにする。
 これは必要なことなんだ。彼女と、自分のために。
 部屋を出ると待ち構えていたようにレイドが姿を現した。
「昨日はお騒がせして申し訳ありませんでした」
「俺に謝罪は不要だ」
 レイドが謝っているのはあのアーリアの従兄弟だと言う男が騒いだことを言っているのだろう。あまり冷静に話の出来るタイプではないようだ。
 ジェラールも交渉の相手には選ばない。
「レイド、いつごろ移動するつもりだ?」
「まずは姫に納得いただいてから、と思っていましたが、それも難しそうですね」
「あの馬鹿を排除して話をすれば考えはするだろう」
 理を諭せば聞く耳は持っている。頷くかはわからないが。
「全く、あの方にも困ったものです。 あれで姫にすっかり警戒されてしまった」
 アーリアの性格からしてあの男を好意的に受け入れることはないな。
 レイフィールドの貴族派からは好意を得ることを求められて派遣されたんだろうが、逆効果だ。
「黙っていれば女性が放ってはおかない見た目だというのに、もう少し有効利用してほしいですね」
「お前は最大限に利用しつくしているからな」
 単なる感想だが、レイドは皮肉に受け取ったらしい。口の端を持ち上げ暗い瞳で笑う。
「そうしないと生きていけないんですよ。 私のような弱者はね」
「弱者に甘んじている人間の言い訳だな」
 何の力もない子供ならそれも通用するが、こいつはすでに自分に合った武器を見つけて戦うことができる。好きこのんで後ろ暗い道を歩く人間の心理など想像する気もなかった。
「言ってくれますね、騎士殿は」
「御託はいい。 あいつを説得するなら早くしろ、この場所はすぐに知れる」
 コーラルが報告すれば騎士団が動く。猶予は無い。
「わかっていますよ。 ご協力感謝します」
 心にもない言葉を薄い笑みで述べ、レイドは立ち去った。
 その背を見送って足を階下に向ける。
 一階の廊下は侵入や逃亡を防ぐため、かなり狭い。レイドの部下たちは一人通るのがやっとだろう。アーリアやジェラールのような小さい人間には左程問題にはならないが、騎士団の人間なら多少の足止めにはなるだろう。
 フレッドやエリクもまだ身体は小さいが、団長は彼らを先頭に立たせるような馬鹿な真似はしない。ある程度一人でも戦える人間を突入させるはずだ。
 腕が立ち、狭い場所でも問題にしない人物であればジェイドも可能性はある。
 彼は医療班の指揮をとる必要もあるが、今回のように治療を必要とする人間が多くないときには部下に任せて前線に出ることもあった。
 部下たちの顔を浮かべながら誰が来るか予想を立てる。
 ジェラールの役割はレイドらがアーリアを連れて逃げるまでの時間稼ぎだ。
 実力も戦い方もよくわかっている相手を迎え撃つのは、簡単そうに見えて骨が折れる。
(さて、俺が誘拐犯に協力していると気づくヤツはいるかな)
 試すような気持ちで迎え撃つ算段を始める。
 妨害はありふれた方法なので気づかれることはないだろうが、警戒するに越したことはなかった。
 ここで露見しては水の泡なのだから。
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