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22 存在の否定
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閉じた扉が視界に映っている。
いつのまに立ち上がっていたことに気づくと、足から力が抜けた。
座り込んだ自分を支える手がまだ震えている。
彼、とは誰のこと?
こんなにショックを受けているのは―――。
ノブを回す小さい音がやけに大きく響く。
ゆっくりとした動作で顔を上げると、そこにはアーリアが想像していた通りの顔があった。
「リア…」
目の前に立つジェラールは痛ましい顔をして、アーリアを見つめている。
「ジェラール…」
一緒に捕まって閉じ込められているはずのジェラールが何故この部屋にいるのか。
「あなたなの…?」
アーリアの言葉にジェラールが顔を歪めた。
「お前は、騎士団に居ない方がいい」
なんで―――。
言葉にならない呟きを聞いてジェラールが続ける。
「これから先も、ずっと身を隠して生きる。 それでいいのか」
良いと言った。傍に居られるのならそれで構わないと。
「俺はそれでいいとは思えない」
だから、レイドと結託してアーリアを他国へ連れ出すと言うの?
答えが怖くて疑問を口に出すことも出来ない。
「俺は、傷つくことを厭わないお前が怖いんだ。
いつか突然失ってしまいそうで、守れないことが怖い」
「無理なんてしたことない」
アーリアは望んで騎士団にいた。危険と言われる任務にも就けるような能力を付け、いくつも修羅場を駆け抜けてきた。
「それを無理じゃないと言わせてしまうのは俺たちのせいだ」
大好きだから、傍にいられるなら、傷なんていくら増えたってかまわない。
相手を悲しませるだけの言葉は口に出せずに胸の中で暴れる。
一緒にいたいと願うことが彼らを傷つけていた?
任務の前に掛けられた言葉を思い出す。
守る。そのために全力を尽くすから。
これも、そのため?
言葉に出来ない感情が瞳から零れ落ちる。
「俺たちとは別の場所で生きた方が幸せを見つけられる」
頬に流れる涙をジェラールの指が拭う。
離れて生きるなんて考えたことがなかった。
ずっと同じままにはいられなくても、騎士団に居る限りは失わないと思っていた、なのに。
「リア、お前のいた場所へ帰れ。 俺たちといなくても、お前は生きられる」
アーリアを想って告げられたその言葉は彼女を突き放すもの。
震えるくちびるがひとつの言葉を紡ぐ。
「いやです…」
「何?」
「いや!」
瞳の奥からさらに涙があふれてくる。
「いや、ひとりにしないで」
「一人じゃない。 お前を支えてくれる人間は俺たち以外にもたくさんいる。 この国にも、それ以外にも」
「守るって、言ったじゃないですか…!」
ジェラールが息を呑む。
絞り出すように告げられた言葉はジェラールのものとは思えないほど弱々しいものだった。
「守るよ。 全てから、お前を」
「嘘!」
離れたら守れない。傍にいなければ意味がないのに。
ジェラールからの拒否は、アーリアの存在意義を否定するかのように響いた。
「俺があの時お前を連れて来たのは間違いだった」
自分の中核を否定する言葉に溜まらず声を上げる。
「止めてください!」
「一時の感情で情勢を見誤った。 俺の責任だ」
だから自分の手で正す、そう決めた瞳。
言葉はもう届かないのだと思い知る
背を向けるジェラールをアーリアは見送るしかなかった。
「どうして…?」
ジェラールがアーリアに背を向ける日が来るなんて考えたこともなかった。衝撃に立ち上がることも出来ない。
誰よりも近いところにいると思っていた。
側にいるのが当たり前で、離れた道を歩くときは偽装の為。
けれどさっきの言葉は違った。本気で、アーリアが傍にいない方がいいと思っている。
「いや…」
初めて感じる恐怖だった。ずっとジェラールがいて、団長がいて、団員のみんなが常に傍にいた。ひとりになるなんて想像したこともない。
「行きたくない…」
帰る場所と思うのは騎士団だけ。今さら、戻ってどうなるのか。
「なんで…?」
一緒にいたいと思ってくれてると思ってた。
ジェラールは私がいなくなった方がいいと思っていたの?
次から次へと涙が零れてくる。
ジェラールに拾われてから、こんなに泣いたのは初めてだった。
いつのまに立ち上がっていたことに気づくと、足から力が抜けた。
座り込んだ自分を支える手がまだ震えている。
彼、とは誰のこと?
こんなにショックを受けているのは―――。
ノブを回す小さい音がやけに大きく響く。
ゆっくりとした動作で顔を上げると、そこにはアーリアが想像していた通りの顔があった。
「リア…」
目の前に立つジェラールは痛ましい顔をして、アーリアを見つめている。
「ジェラール…」
一緒に捕まって閉じ込められているはずのジェラールが何故この部屋にいるのか。
「あなたなの…?」
アーリアの言葉にジェラールが顔を歪めた。
「お前は、騎士団に居ない方がいい」
なんで―――。
言葉にならない呟きを聞いてジェラールが続ける。
「これから先も、ずっと身を隠して生きる。 それでいいのか」
良いと言った。傍に居られるのならそれで構わないと。
「俺はそれでいいとは思えない」
だから、レイドと結託してアーリアを他国へ連れ出すと言うの?
答えが怖くて疑問を口に出すことも出来ない。
「俺は、傷つくことを厭わないお前が怖いんだ。
いつか突然失ってしまいそうで、守れないことが怖い」
「無理なんてしたことない」
アーリアは望んで騎士団にいた。危険と言われる任務にも就けるような能力を付け、いくつも修羅場を駆け抜けてきた。
「それを無理じゃないと言わせてしまうのは俺たちのせいだ」
大好きだから、傍にいられるなら、傷なんていくら増えたってかまわない。
相手を悲しませるだけの言葉は口に出せずに胸の中で暴れる。
一緒にいたいと願うことが彼らを傷つけていた?
任務の前に掛けられた言葉を思い出す。
守る。そのために全力を尽くすから。
これも、そのため?
言葉に出来ない感情が瞳から零れ落ちる。
「俺たちとは別の場所で生きた方が幸せを見つけられる」
頬に流れる涙をジェラールの指が拭う。
離れて生きるなんて考えたことがなかった。
ずっと同じままにはいられなくても、騎士団に居る限りは失わないと思っていた、なのに。
「リア、お前のいた場所へ帰れ。 俺たちといなくても、お前は生きられる」
アーリアを想って告げられたその言葉は彼女を突き放すもの。
震えるくちびるがひとつの言葉を紡ぐ。
「いやです…」
「何?」
「いや!」
瞳の奥からさらに涙があふれてくる。
「いや、ひとりにしないで」
「一人じゃない。 お前を支えてくれる人間は俺たち以外にもたくさんいる。 この国にも、それ以外にも」
「守るって、言ったじゃないですか…!」
ジェラールが息を呑む。
絞り出すように告げられた言葉はジェラールのものとは思えないほど弱々しいものだった。
「守るよ。 全てから、お前を」
「嘘!」
離れたら守れない。傍にいなければ意味がないのに。
ジェラールからの拒否は、アーリアの存在意義を否定するかのように響いた。
「俺があの時お前を連れて来たのは間違いだった」
自分の中核を否定する言葉に溜まらず声を上げる。
「止めてください!」
「一時の感情で情勢を見誤った。 俺の責任だ」
だから自分の手で正す、そう決めた瞳。
言葉はもう届かないのだと思い知る
背を向けるジェラールをアーリアは見送るしかなかった。
「どうして…?」
ジェラールがアーリアに背を向ける日が来るなんて考えたこともなかった。衝撃に立ち上がることも出来ない。
誰よりも近いところにいると思っていた。
側にいるのが当たり前で、離れた道を歩くときは偽装の為。
けれどさっきの言葉は違った。本気で、アーリアが傍にいない方がいいと思っている。
「いや…」
初めて感じる恐怖だった。ずっとジェラールがいて、団長がいて、団員のみんなが常に傍にいた。ひとりになるなんて想像したこともない。
「行きたくない…」
帰る場所と思うのは騎士団だけ。今さら、戻ってどうなるのか。
「なんで…?」
一緒にいたいと思ってくれてると思ってた。
ジェラールは私がいなくなった方がいいと思っていたの?
次から次へと涙が零れてくる。
ジェラールに拾われてから、こんなに泣いたのは初めてだった。
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