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20 邂逅
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閉じていた目を開く。扉の向こうから感じた気配に意識を向けた。
まだ夜は明けていないはずの時間に訪問とは礼儀を知らない。
誘拐犯に礼儀を求めるのが間違いかもしれないけれど。
軽い音がして鍵が開く。ノブが回るまで逡巡したかのような間があった。
迷う前にノックをするべきだと思う。
扉はゆっくりと開いていく。中に居る人間に気付かれないように慎重に開いているらしい。
すでに気づいているので無駄な努力だった。
中に入ってきたのは見知らぬ青年。後ろにレイドがいるかと思ったけれど、姿はない。
青年はアーリアと目が合うと目に見えて狼狽えた。まだ起きていると思っていなかったのだろう。
背は高いものの細身な身体と気弱そうな表情のおかげで威圧感が全くない。襟に装飾の多い古風なデザインのシャツを纏い、リボンで髪を結っている。左肩の辺りでまとめられた長い髪は、アーリアによく似た、白金色をしていた。
「あなたは…?」
青年が言葉を発しないのでアーリアの方から問いかける。
「僕は…」
揺れる瞳がアーリアに留まる。青年とアーリアが同時に息を呑んだ。
「同じ色…」
青年が口にした言葉と全く同じことをアーリアも思った。
白金の髪も青い瞳も色合いが自分と全く同じと言っていいくらい似ている。
まるで血を分けた肉親のように。
青年は歓喜に打ち震えた声で誰かの名を呼んだ。
「生きていたんだね…、アルクディーリア!」
その名を聞いてアーリアは血の気が引く思いで青年を見つめ返した。
「こうして会えるなんて思いもしなかった…」
自身の言葉に興奮した青年がアーリアを抱きしめるために手を伸ばす。
アーリアは身を引いておかしなものを見るような目で青年を見やった。
「アルクディーリア? どうしたんだい」
青年はどうしてアーリアが手を避けたのか理解していない様子だ。
不信感をいっぱいに込めた声で青年に答える。
「何を言っているんですか? あなたは誰!?」
「僕のことがわからない? 会ったのは初めてだから無理もないのかな」
青年の言葉は現実感にかけた響きでアーリアの耳に届く。
「僕は君のいとこだよ。 偉大なる君の父上と血を分けたプリンセス・レディナの息子だ」
周知の事実を語るかのような青年を不気味そうに見返す。
自分の言っていることを理解していないと思った青年が顔を歪める。
「混乱しているのかな? もう一度言うよ」
望んでもいない説明を再度繰り返す。
「僕の名前はシリル。 君の父であるレイフィールド国王の妹、プリンセス・レディナの一子。 そして、君とはいとこの間柄になるんだ」
青年は自分の言葉が受け入れられると信じて疑わない。
アーリアの拒否感などお構いなしに距離を詰めようとする。
「…!」
さっきよりも大げさに、わかりやすく手を避ける。青年はきょとんとした顔でアーリアを見下ろした。
「どうしたんだい? せっかく迎えに来たのに、なんで逃げるのかな?」
声に苛立ちと不気味な陰が混じる。
「こんな所まで、僕が迎えに来てあげたのに」
不穏な気配を感じる。青年の言っていることは支離滅裂だ。いきなり抱きしめようとしたりすれば逃げられるのは当たり前だというのに、それがおかしなことのように憤っている。
「あなたは何です? 私を攫った人の仲間ですか?」
青年の体格は到底誘拐のような荒事に関わる人間には見えなかったが『依頼者』である可能性ならあった。
「仲間…?」
言われた言葉を反芻してようやく意味を理解すると、青年の顔が憤怒に歪んだ。
「僕が、あんな薄汚い犯罪者の仲間?!」
アーリアの肩に青年の指が食い込んだ。
「ふざけるな!!」
掴んだ肩を激しく揺さぶり、吠える。
「僕を馬鹿にするな!! 僕は…!」
「そこまでにしてください」
叫び声を聞きつけてきたレイドがアーリアと青年の間に割り込んだ。
「お前…!」
青年がレイドを睨む。憎々しげな視線を受けてもレイドは涼しい顔をしている。
「驚かせてしまいましたね。
アルクディーリア様もいきなり色々言われて混乱されたことでしょう。
私から説明しますのでシリル様はご退室いただけますか」
穏やかながらも有無を言わさぬ声でレイドが青年に告げる。
丁重な扱いをしているがレイドは青年に敬意を払っていないらしい。
笑んだ口元とは裏腹に瞳の冷たい輝きは青年を非難している。
気圧された青年は不満そうではあったが逆らわずに部屋から出て行った。
「やれやれ、単純なのはいいのですが、レディに暴力を振るうのはいただけませんね」
青年が出て行ったのを見てレイドが息を吐く。
吐き出された息には不快そうな感情が滲んでいた。
「お怪我はありませんね?」
問いに頷く。
「それにしてもどうして抵抗なさらないのですか、呼んでくだされば駆けつけたのに」
「…」
さりげない仕草で手を伸ばす。自然な動きに反応がわずかに遅れた。
「傷がつかなくてよかった。
あの方は少し感情が激しいので気をつけてください」
心配しているのは商品の安否なのだろうか。青年の言っていた話からはもっと大きな謀が見えた。レイドはこれまで説明らしい説明をしていない。
青年に言ったようにちゃんと説明する気があるのか、アーリア見る瞳は先程までとは違う色が見える。
「あの人が言っていたことは何ですか」
「まずは座ってください。 お茶でもいれましょう」
レイドは青年よりも余程優雅な所作で促した。
まだ夜は明けていないはずの時間に訪問とは礼儀を知らない。
誘拐犯に礼儀を求めるのが間違いかもしれないけれど。
軽い音がして鍵が開く。ノブが回るまで逡巡したかのような間があった。
迷う前にノックをするべきだと思う。
扉はゆっくりと開いていく。中に居る人間に気付かれないように慎重に開いているらしい。
すでに気づいているので無駄な努力だった。
中に入ってきたのは見知らぬ青年。後ろにレイドがいるかと思ったけれど、姿はない。
青年はアーリアと目が合うと目に見えて狼狽えた。まだ起きていると思っていなかったのだろう。
背は高いものの細身な身体と気弱そうな表情のおかげで威圧感が全くない。襟に装飾の多い古風なデザインのシャツを纏い、リボンで髪を結っている。左肩の辺りでまとめられた長い髪は、アーリアによく似た、白金色をしていた。
「あなたは…?」
青年が言葉を発しないのでアーリアの方から問いかける。
「僕は…」
揺れる瞳がアーリアに留まる。青年とアーリアが同時に息を呑んだ。
「同じ色…」
青年が口にした言葉と全く同じことをアーリアも思った。
白金の髪も青い瞳も色合いが自分と全く同じと言っていいくらい似ている。
まるで血を分けた肉親のように。
青年は歓喜に打ち震えた声で誰かの名を呼んだ。
「生きていたんだね…、アルクディーリア!」
その名を聞いてアーリアは血の気が引く思いで青年を見つめ返した。
「こうして会えるなんて思いもしなかった…」
自身の言葉に興奮した青年がアーリアを抱きしめるために手を伸ばす。
アーリアは身を引いておかしなものを見るような目で青年を見やった。
「アルクディーリア? どうしたんだい」
青年はどうしてアーリアが手を避けたのか理解していない様子だ。
不信感をいっぱいに込めた声で青年に答える。
「何を言っているんですか? あなたは誰!?」
「僕のことがわからない? 会ったのは初めてだから無理もないのかな」
青年の言葉は現実感にかけた響きでアーリアの耳に届く。
「僕は君のいとこだよ。 偉大なる君の父上と血を分けたプリンセス・レディナの息子だ」
周知の事実を語るかのような青年を不気味そうに見返す。
自分の言っていることを理解していないと思った青年が顔を歪める。
「混乱しているのかな? もう一度言うよ」
望んでもいない説明を再度繰り返す。
「僕の名前はシリル。 君の父であるレイフィールド国王の妹、プリンセス・レディナの一子。 そして、君とはいとこの間柄になるんだ」
青年は自分の言葉が受け入れられると信じて疑わない。
アーリアの拒否感などお構いなしに距離を詰めようとする。
「…!」
さっきよりも大げさに、わかりやすく手を避ける。青年はきょとんとした顔でアーリアを見下ろした。
「どうしたんだい? せっかく迎えに来たのに、なんで逃げるのかな?」
声に苛立ちと不気味な陰が混じる。
「こんな所まで、僕が迎えに来てあげたのに」
不穏な気配を感じる。青年の言っていることは支離滅裂だ。いきなり抱きしめようとしたりすれば逃げられるのは当たり前だというのに、それがおかしなことのように憤っている。
「あなたは何です? 私を攫った人の仲間ですか?」
青年の体格は到底誘拐のような荒事に関わる人間には見えなかったが『依頼者』である可能性ならあった。
「仲間…?」
言われた言葉を反芻してようやく意味を理解すると、青年の顔が憤怒に歪んだ。
「僕が、あんな薄汚い犯罪者の仲間?!」
アーリアの肩に青年の指が食い込んだ。
「ふざけるな!!」
掴んだ肩を激しく揺さぶり、吠える。
「僕を馬鹿にするな!! 僕は…!」
「そこまでにしてください」
叫び声を聞きつけてきたレイドがアーリアと青年の間に割り込んだ。
「お前…!」
青年がレイドを睨む。憎々しげな視線を受けてもレイドは涼しい顔をしている。
「驚かせてしまいましたね。
アルクディーリア様もいきなり色々言われて混乱されたことでしょう。
私から説明しますのでシリル様はご退室いただけますか」
穏やかながらも有無を言わさぬ声でレイドが青年に告げる。
丁重な扱いをしているがレイドは青年に敬意を払っていないらしい。
笑んだ口元とは裏腹に瞳の冷たい輝きは青年を非難している。
気圧された青年は不満そうではあったが逆らわずに部屋から出て行った。
「やれやれ、単純なのはいいのですが、レディに暴力を振るうのはいただけませんね」
青年が出て行ったのを見てレイドが息を吐く。
吐き出された息には不快そうな感情が滲んでいた。
「お怪我はありませんね?」
問いに頷く。
「それにしてもどうして抵抗なさらないのですか、呼んでくだされば駆けつけたのに」
「…」
さりげない仕草で手を伸ばす。自然な動きに反応がわずかに遅れた。
「傷がつかなくてよかった。
あの方は少し感情が激しいので気をつけてください」
心配しているのは商品の安否なのだろうか。青年の言っていた話からはもっと大きな謀が見えた。レイドはこれまで説明らしい説明をしていない。
青年に言ったようにちゃんと説明する気があるのか、アーリア見る瞳は先程までとは違う色が見える。
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