Faith

桧山 紗綺

文字の大きさ
上 下
16 / 41

16 攫われた恋人たち

しおりを挟む
「何をやっているのだ」
 空からすべてを見ていたコーラルは思わず呟いた。
 男たちに囲まれたジェラールが素直に捕まったこともそうだが、ジェラールを人質に取られたアーリアの行動にも首を捻る。
「あのくらい何とでもなるだろうに」
 二人の実力ならあの程度の人数に後れを取ることはない。
 コーラルには理解出来ないことばかりだ。
 黙って見ていたのはジェラールが捕まる前に一瞬飛ばした視線のせいだった。
「考えがあるということだろうが…」
 アーリアにとってもジェラールにとっても今回のことは不測の事態だったに違いない。
 それなのにぴたりと合わせた演技をやってのける。
 自分に理解できないところで通じ合っている二人に羨望交じりの憤りを感じてしまう。
「まったく、勝手な奴らだ」
 二人して捕まったのはコーラルがいるのと思ってのことだろう。
 口に出してぼやきながらコーラルは騎士団宿舎へ飛んだ。団長のグラントなら二人の思惑がわかるだろうと期待して動かす羽に力を入れた。



 白い影が飛んでいったのを窓から確認してひっそりと息を吐く。
 コーラルはきっと団長に報告をしに行った。少し待てば探し出してくれるだろう。
 男たちは場所を隠す気はないらしく、目隠しなどはされていない。
 何処へ向かっているのか、問うまでもなく灯りの少ない方へと馬車は走っている。
 窓の外を見つめるアーリアに男が説明を始めた。
「不安そうな顔をなさっておいでですね。
 ご心配には及びませんよ。 左程離れた場所には行きませんから」
 攫われているこの状況で何に安心するというのか、理解不能なことを言う。
「先程は名乗るほどの者ではないと申しましたが、それも不便でしょう。
 どうぞレイドとでもお呼びください」
「レイド、それがあなたの名前?」
 偽名だろうと思ったが男は意外にもあっさりと頷いた。
「ええ、私を表す唯一の名前です」
 一々芝居がかった話し方にも段々慣れてきた。回りくどい言葉運びは丁寧ながらも相手を嘲るような響きがある。
 ジェラールとは別の馬車に乗せられたため彼の様子はわからないが、粗略に扱われはしないだろう、今は。
「そんなに憂いた顔をなさらないでください。 彼のことも丁重に保護するように伝えていますから」
「あなたは…」
 言葉が途中で止まる。質問をしたところでまともな答えが返ってきそうにない、そう思えば曖昧な問いにならざるを得なかった。
「あなたは、何なのですか?」
「何、とは。 ずいぶんと抽象的な質問ですね」
 レイドが穏やかな声で笑う。
「説明など必要ないのではありませんか?」
 説明する気がない、というより言葉通り必要がないと考えているようだ。
「あなたを攫い見知らぬ場所へ連れて行こうとしている、それだけで十分だと思いますが」
 誘拐犯だということを隠すこともしない。隠そうが晒そうが事実は一緒だが。
 数々の囮をこなしてきた経験から自分の魅力についても多少は知っている。
 そもそも自分以外の人間が襲われたら困るのでアーリアは狙いやすいようひとりで帰っていたのだ。そこは狙い通りではある。問題はジェラールも連れてきたことだ。
「何故、彼も連れてきたのです? 私だけでもよかったはずです」
「ご自分の身の心配よりもそちらですか? 余程彼の身が大事と見える」
 アーリアとしてもリーナとしても彼のことは大事だ。心配の度合いは違うが。
 喉の奥で笑った後、レイドは事も無げに言った。
「あなたを攫う時、彼はあなたが見える位置にいました。 放っておいたら面倒なことになりそうだったのでね」
 大したことではないように言うレイドに絶句する。邪魔だからと始末しなかったことに多少の不審が残る。しかし続いた言葉に疑問が消えた。
「それと、彼が一緒の方があなたも協力的になってくれると思いましたから」
 レイドの言うとおり恋人を人質に取られて平然としている女性はあまりいないと思う。
「それだけで…」
「十分な理由ですよ。 実際あなたは抵抗らしい抵抗もしなかった。
 それは彼がいたからでしょう」
 あながち間違いではなかった。
 一人でもいいけれどジェラールがいた方がいい。
 不測の事態でもジェラールとなら息が合わせやすいので楽だった。
 さっきも咄嗟の演技にぴたりと合わせてきた。勘が良いのと長い付き合いのおかげだろうか、次に何をするのか読みやすいので助かる。
 何よりジェラールの実力なら力を合わせれば逃げることも出来るだろう。
 それくらいにはジェラールの力も自分の力も信じている。
 沈黙したアーリアに何を思ったのかレイドが唐突な質問を投げた。
「あなたと彼はどうして出会ったのですか?」
「いきなり…、何です?」
 突然の問いに硬い声で答える。誘拐犯が人質にする質問ではない。
 興味なんてなさそうなのに。
「興味、も無くはないですが…。 不思議なだけですよ。
 おふたりの住む世界は多少隔たりがありそうなので」
「良家の子息には相応しくないということですか」
 少しだけ声を強めて言う。レイドがわずかに目を見開く。
 その反応を見て悔やむように目を伏せる。
「いえ…、そうですね。 あなたの考えた通り、私たちは不釣り合いですから」
 フォローの為なのか少し声のトーンを変えてレイドが答えた。
「あなたの人格が彼に似合わないとは考えていませんよ。
 ただ言った通り、接点も多くないでしょうにどうやって出会ったのか疑問だっただけです。
 あなたは彼の家の使用人というわけでもないようですから」
 実際のジェラールとアーリアの身分には隔たりなどないが、騎士団に密かに所属し表に出られないアーリアと、騎士団のナンバー2として対外的に活動するジェラールとは演じている身分以上に隔たれたものがある。
 眉を顰めて見せるとレイドが取り繕うように言葉を繋ぐ。
「失礼。 公私の区別もつかない人だと言いたいのではなかったのです。
 どうぞ、お気を悪くなさらずに」
 言葉で答える気にはならなかったので、目を伏せ謝意を受け入れる。
 レイドもそれ以上聞こうとはしなかった。
 話が止まると車輪の音だけが夜の静寂に響く。
 最初に言っていた通り、程なく彼らのアジトに辿り着いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

秘密の姫は男装王子になりたくない

青峰輝楽
恋愛
捨て子と言われて苛められながらも強く育った小間使いの少女リエラは、赤ん坊の時に死んだと思われていた王女だった。 リエラを迎えに来た騎士は彼女に、彼女の兄の王太子の身代わりになって欲しいと願うけれど――。 男装の姫と恋愛に不器用な騎士。国を二分する内乱。シリアス多めのラブラブエンドです。 「小説家になろう」からの転載です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

影の弾正台と秘密の姫

月夜野 すみれ
恋愛
女性に興味がなくて和歌一筋だった貴晴が初めて惹かれたのは大納言(上級貴族)の姫だった。 だが貴晴は下級貴族だから彼女に相手にされそうにない。 そんな時、祖父が話を持ち掛けてきた。 それは弾正台になること。 上手くいけば大納言の姫に相応しい身分になれるかもしれない。 早くに両親を亡くした織子(しきこ)は叔母の家に引き取られた。叔母は大納言の北の方だ。 歌が得意な織子が義理の姉の匡(まさ)の歌を代わりに詠んでいた。 織子が代詠した歌が評判になり匡は若い歌人としてあちこちの歌会に引っ張りだこだった。 ある日、貴晴が出掛けた先で上の句を詠んだところ、見知らぬ女性が下の句を詠んだ。それは大納言の大姫だった。 平安時代初期と中期が混ざっていますが異世界ファンタジーです。 参考文献や和歌の解説などはnoteに書いてあります。 https://note.com/tsukiyonosumire/n/n7b9ffd476048 カクヨムと小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...