14 / 41
14 給仕の噂話
しおりを挟む
「ねえ、聞いた?」
厨房に戻ったところで数人の女の子がアーリアに話しかけてきた。
「なあに?」
彼女たちは落ち着かない様子で目配せをし合っている。
「あのね。 さっき、あなたに声をかけていた人なんだけど…」
「ええ」
金髪の彼の話か。
貴公子という言葉がふさわしい外見に見合わない目をした人だった。
「女の子に声を掛けては攫っているっていう噂があるらしいわよ」
「え?」
「あの黒髪の方と周りのお嬢様たちが話してたの!」
黒髪というのはジェラールのことだろう。令嬢に囲まれていた黒髪の男はジェラールだけだ。
「えっと、私に声をかけていた人っていうのは金髪の少し若い男性のことかしら?」
「そうそう!」
「え、そうなの? ちょっとかっこいいなーと思って見てたのに、やだ、怖い!」
厨房の中に居たのが丁度年若い少女たちしかいなかったせいか一斉ににぎやかに喋りだした。
「あの人…、別のパーティでも見たんだけどそこでも私たちみたいな使用人に声をかけてたわ」
「そう! さっきの話でもハウスメイドとかキッチンメイドとかに声を掛けてたって言ってた!」
「本当? そうならどうしようもない男ね」
怯え半分憤り半分な声で少女たちが男を評する。
確かにわざわざメイドを選んで声を掛けているならとんでもなくろくでもない男だ。まともに付き合う気もないのに、その時限りの遊びに付き合わされた女性は将来に影響する傷を負わされることになる。
「最低ね」
アーリアの言葉に最初に話しかけてきた少女が怯えたように目を伏せた。
「それでね、あなたが声を掛けられてたから…」
言いづらそうに言葉を止める。
「お嬢様たちの話が本当なら私も攫われるかもしれない、ってことよね?」
騒いでいた少女たちもぴたっと静まった。
「え、えっと、その…」
不安そうな表情で少女たちがアーリアを見つめる。彼女たちが怖がるのは当然だ。自分も狙われるかもしれないのだから。
この中に狙われる子がいるかもしれない、そんな不安を吹き飛ばすように笑う。
「大丈夫よ。 噂かもしれないんだし」
内心の予想とは反対の言葉を口にする。少女たちも不安を肯定してほしいわけじゃなく、否定してほしいのだ。
少しほっとした顔で微かに笑みを浮かべる。そんな話があると聞いてしまったらこうした夜会に出なければならない子は不安で仕方ないはずだ。
主に命じられたら断れないので、なおさらに怖いのかもしれない。
「そう、よね」
アーリアの言葉に頷く。
「使用人を口説くのが本当だとしても、人さらいまではさすがに…、ねえ?」
いくらなんでも、と笑い飛ばせないのは実際にいなくなっている人がいる為なのか、否定する声も弱く響いた。
安心しきれない少女たちにもう一言安心できる材料を伝える。
「大丈夫よ。 みんな、一人で帰るわけじゃないんだから」
使用人たちは一緒に帰るわけではないけれど、港からそれぞれの屋敷までは馬車で送られるので一人きりになることはない。
同じ主人を持つ者は一緒の馬車だし、そうでなくても御者は一緒なので道中にそう危険はないだろう。
「そっか、そうよね!」
アーリアの言葉に少女たちは勇気づけられたように頷いた。
「大丈夫に決まってるわよ。 みんな一緒だものね!」
明るい声に思わず笑みがこぼれる。
笑顔を取り戻した少女たちはとても可愛い。日頃あまり縁のない光景に心が和んだ。
彼女たちを守るためなら多少の偽りなんて痛みを感じない。そんな自分を嫌だとも思わなかった。
厨房に戻ったところで数人の女の子がアーリアに話しかけてきた。
「なあに?」
彼女たちは落ち着かない様子で目配せをし合っている。
「あのね。 さっき、あなたに声をかけていた人なんだけど…」
「ええ」
金髪の彼の話か。
貴公子という言葉がふさわしい外見に見合わない目をした人だった。
「女の子に声を掛けては攫っているっていう噂があるらしいわよ」
「え?」
「あの黒髪の方と周りのお嬢様たちが話してたの!」
黒髪というのはジェラールのことだろう。令嬢に囲まれていた黒髪の男はジェラールだけだ。
「えっと、私に声をかけていた人っていうのは金髪の少し若い男性のことかしら?」
「そうそう!」
「え、そうなの? ちょっとかっこいいなーと思って見てたのに、やだ、怖い!」
厨房の中に居たのが丁度年若い少女たちしかいなかったせいか一斉ににぎやかに喋りだした。
「あの人…、別のパーティでも見たんだけどそこでも私たちみたいな使用人に声をかけてたわ」
「そう! さっきの話でもハウスメイドとかキッチンメイドとかに声を掛けてたって言ってた!」
「本当? そうならどうしようもない男ね」
怯え半分憤り半分な声で少女たちが男を評する。
確かにわざわざメイドを選んで声を掛けているならとんでもなくろくでもない男だ。まともに付き合う気もないのに、その時限りの遊びに付き合わされた女性は将来に影響する傷を負わされることになる。
「最低ね」
アーリアの言葉に最初に話しかけてきた少女が怯えたように目を伏せた。
「それでね、あなたが声を掛けられてたから…」
言いづらそうに言葉を止める。
「お嬢様たちの話が本当なら私も攫われるかもしれない、ってことよね?」
騒いでいた少女たちもぴたっと静まった。
「え、えっと、その…」
不安そうな表情で少女たちがアーリアを見つめる。彼女たちが怖がるのは当然だ。自分も狙われるかもしれないのだから。
この中に狙われる子がいるかもしれない、そんな不安を吹き飛ばすように笑う。
「大丈夫よ。 噂かもしれないんだし」
内心の予想とは反対の言葉を口にする。少女たちも不安を肯定してほしいわけじゃなく、否定してほしいのだ。
少しほっとした顔で微かに笑みを浮かべる。そんな話があると聞いてしまったらこうした夜会に出なければならない子は不安で仕方ないはずだ。
主に命じられたら断れないので、なおさらに怖いのかもしれない。
「そう、よね」
アーリアの言葉に頷く。
「使用人を口説くのが本当だとしても、人さらいまではさすがに…、ねえ?」
いくらなんでも、と笑い飛ばせないのは実際にいなくなっている人がいる為なのか、否定する声も弱く響いた。
安心しきれない少女たちにもう一言安心できる材料を伝える。
「大丈夫よ。 みんな、一人で帰るわけじゃないんだから」
使用人たちは一緒に帰るわけではないけれど、港からそれぞれの屋敷までは馬車で送られるので一人きりになることはない。
同じ主人を持つ者は一緒の馬車だし、そうでなくても御者は一緒なので道中にそう危険はないだろう。
「そっか、そうよね!」
アーリアの言葉に少女たちは勇気づけられたように頷いた。
「大丈夫に決まってるわよ。 みんな一緒だものね!」
明るい声に思わず笑みがこぼれる。
笑顔を取り戻した少女たちはとても可愛い。日頃あまり縁のない光景に心が和んだ。
彼女たちを守るためなら多少の偽りなんて痛みを感じない。そんな自分を嫌だとも思わなかった。
5
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
秘密の姫は男装王子になりたくない
青峰輝楽
恋愛
捨て子と言われて苛められながらも強く育った小間使いの少女リエラは、赤ん坊の時に死んだと思われていた王女だった。
リエラを迎えに来た騎士は彼女に、彼女の兄の王太子の身代わりになって欲しいと願うけれど――。
男装の姫と恋愛に不器用な騎士。国を二分する内乱。シリアス多めのラブラブエンドです。
「小説家になろう」からの転載です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった
Blue
恋愛
王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。
「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」
シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。
アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる