Faith

桧山 紗綺

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11 潜入

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 隣り合って歩く二人の足は同じ速度で目的地へ向かっていた。
 進む先は埠頭に停泊している船。度々大規模な夜会が開かれるそこに潜入する。
 目的は犯罪行為に関しての情報収集だが、次いで重要な目的が貴族の動向を掴むことだった。
 騎士は政治にかかわる立場にない。それでも過去の恐怖から情報を集めずにいられない。
 知らずに必要のない戦地へ送られるのは二度とごめんだと生き残った者は思っている。
 あの時知っていたら、と後悔し続けているから。
 ジェラールがちらりとアーリアを見る。
「今日は残念だな」
「何がです?」
「お前がドレスじゃなくて」
 ジェラールの視線はアーリアの衣装に向いている。
 給仕の娘として潜入するアーリアは正装していない。印象を変えるため栗色のウィッグも付けていた。
「髪まで隠すことないだろうに」
 アーリアの頭を撫でる。アーリアはウィッグを付けているので髪にジェラールの手は触れない。
「ジェラールはかっこいいですよ。 良家の子息にしか見えません」
 潜入捜査なので騎士団の制服ではなく貴族らしい礼服を身に着けていた。
 制服が黒いので礼服の白がまぶしく見える。
 髪型まで変えていつもより年長に見えるように工夫していた。
「同じ年くらいに見えますね」
 少し幼い面差しの少年と大人びた少女くらいに見えるだろうか。
 ジェラールといるとアーリアの方が大人に見られることが多い。
「この格好ならお前をエスコートしてもおかしくない」
 手を取ってくちづける真似をする。茶目っ気のある瞳がアーリアに笑いかけた。
「もう。 まだ船から離れてるとはいえ、誰かに見られたらどうするんですか。
 乗る前から給仕を口説いているなんて、そんな外聞悪い人に近づいてこないでしょう」
 ジェラールには船に乗る貴婦人たちから情報を引き出す役目があるというのに、女たらしのような真似をして敬遠されたら困る。
「心配するな。 俺がそういうことに長けてるのは知ってるだろ?」
 だからこそたった二人で潜入捜査なんてことが許されたのだ。
「心配はしますよ。 隊長にも言われたでしょう」
「そうか? 気を付けるのは当たり前だが俺は心配なんてしていないぞ」
 ジェラールは当然のような口調で言った。
「お前を信頼しているからな、余程不測の事態が起こらない限り、失敗なんてありえない」
 アーリアは一瞬言葉を失う。
「私も同じです…」
 信じている、それはアーリアも同じだった。




 船が近づき二人は声もかけず離れる。
 それぞれ別の場所に潜入するのだ。いつまでも一緒にいることはない。
 幾度となくこうした任務にあたり、変装にも慣れている二人は歩き方さえも変え、別人を演じる。
 騎士団内でも二人が重宝されている理由の一つがそういった能力に長けていることだった。
 武芸の力量も含め、歳に見合わぬ技量を身に着けている。
 団長が注意を喚起しながらも二人に任せるのは、それだけの能力があるとした信頼の証でもある。
 給仕を演じるアーリアが先に船に忍び込む。
 大勢の使用人が働く夜会では全員の顔など知るわけもない。招待客の中には自分の侍女を連れてくる者もいるため、万が一怪しまれることがあれば誰かの侍女に成りすますことも出来る。
 アーリアにはああ言ったが別の心配はしていた。
「ちょっかい出されなきゃいいけどな…」
 貴族主催の夜会だけに集まる人間も貴族、名士が多い。使用人に手を出したところで利益はないが、だからこそ一時の楽しみのために声を掛けることもある。
 本人にあまり自覚はないようだが、アーリアはかなり整った容姿をしている。もったいないことに囮操作に便利、くらいの認識しかしていない。
 貴族の令嬢としての潜入ならあまり強引な誘いはかけられないが、身分が下だと見ると乱暴な振る舞いをする人間もいる。
 今日は目立たないように化粧で印象を変えていたが、酒の入った男が悪い気を起こすかもしれない。一人でも切り抜けるだろうが、心配もしないほどジェラールは冷静な人間ではなかった。
 危ない目には遭わせたくない。けれどこうして一緒に潜入している。
 本人に応える力量と意欲があるから、心配はしても反対はできない。
 何でもする。今のままでいい。感謝している。
 本心からの言葉にいつも胸が痛む。
 アーリアの歳なら将来の伴侶を選んでもいい頃だ。なのに、そのつもりがない。
 隠れて生きていくことを決め、騎士団でいくつも危険な任務をこなし、居場所を作った。
 自分にもっと力があれば違った道を選ばせてやれただろうか。
 意味のない仮定だとわかっていても頭から離れることはない。
 団長が今の状態を受け入れているのも心痛の一つだった。「アーリアが選んだことなんだから」それが団長の答えのようだったが、自分はまだ受け入れられないでいる。
 放っておいたら騎士団のために犠牲になることも厭わないような気がするのが、たまらなく不安だった。
「さて、そろそろ行くか」
 自分に声を掛けて足を踏み出す。
 憂鬱な気分を振り払って船へ向かった。
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