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10 出立
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「邪魔して悪かったな」
二人きりになったところでジェラールが謝った。
アーリアは怪訝な顔をしてジェラールを見返す。
「どうしたんですか?
任務に遅れたのは私の方なので、副長が謝ることはないはずですが」
「いや。 お前にも面倒な仕事ばかり回してるからな」
「何を言うんですか。 副長や団長の仕事量には及びません。
私に出来ることがあるなら何でも言っていただきたいです」
アーリアは本気でそう思っている。昔からそうなのでジェラールもアーリアの気持ちはわかっている。
「私は貴方と団長のためなら何でもします」
アーリアの想いを篭めた声が廊下に響く。
「俺もお前を守るために全力を尽くすよ」
苦いものを含んだ口調にアーリアの表情が曇る。
「ジェラール、私は今のままでいいんです。 あなたたちに感謝こそすれ、不満など…」
ジェラールの足が止まり、並んで歩いていたアーリアも一歩遅れて足を止めた。
「アーリア」
ジェラールの手がアーリアの肩に触れる。
悲痛な表情で何かを言いかけて口を閉じた。
くちびるを噛んで言いたい言葉を堪えている彼は、少年の顔に大人びた表情を乗せて葛藤している。
肩に乗せられた手は動かない。アーリアもじっとジェラールの言葉を待っていた。
「あ…――」
「よう! 二人とも!」
弾かれたようにジェラールの手がアーリアから離れる。
二人の視線が向く先には犬のように毛むくじゃらの男がいた。
「団長!」
「アーリア。 久々だな」
「先週会っただろ」
ジェラールの言うとおり、朝礼や作戦会議などで隊員と団長は顔を合わせている。
「団長、また髭の手入れをさぼってますね。
ダメですよ? ちゃんとしなきゃ」
ここしばらく溜まった書類を片付けるため部屋に閉じこもっていたせいか、髭が伸び放題になっていた。
アーリアの言うとおり団長と呼ばれた男は髭をあたってぼさぼさの髪を梳かしたらかなりの男前になるだろう。
髪の間から除く瞳は愛嬌があり、整った格好をしているときは女性が放っておかない。
それを嫌がってあまり手入れをしない団長を注意するのはアーリアの役目だった。
「昔みたいにお前がやってくれればなー」
大きな手でアーリアの頭を撫で、笑う。
アーリアが子供の頃は団長もさぼらず身だしなみを整えていた。
幼いアーリアが傍にいたから子持ちと思われて女性が寄って来なかったせいだろう。
「あ、なんなら今度アンネムにやってもらったらどうですか?」
「ん? ジェラールとアーリアが連れ帰ってきた子供のことか。
そういえば俺はまだ会ってなかったな。 今度来たら教えてくれ」
「今日も来てる。 さっきまでフレッドと試合していたからまだ訓練場にいるんじゃないか」
「フレッドと? へえ…」
笑んだ口元とは裏腹に団長の目には鋭い光が宿っている。
「そういえばなんで訓練場に居たんだ?」
ジェラールが今更な質問をする。
「私と手合せがしたいと言っていたので訓練場に行ったんです。
そうしたら先にエリクとフレッドがいまして、アンネムと言い争いに」
「相変わらずだな、あいつらも」
最初の険悪な出会いも知っているジェラールは呆れている。
「間にいるエリクが心配そうにしてますね、いつも」
二人の関係を心配しているのはエリクだけで、他の隊員たちはジェラールやアーリアも含めて好きにやらせておけばいいと傍観している。
子供のケンカは大人が止めに入ると却ってこじれるものだ。放っておいた方がいい。
「じゃあ、俺も行ってみるかな。 まだ居たら会えるだろう」
その場を去ろうとする団長を改まった声で止める。
「団長。 これから報告していた調査に行ってきます」
団長の顔が引き締まる。
「そうか。 十分気を付けろよ」
「「はい」」
アーリアとジェラールの声が重なる。二人とも危険は承知していた。
「危険は常に背後にある、それを忘れるな」
幾度となく聞いた訓告をしっかりと心に留める。
忘れれば自らの身が危うくなるだけでなく、騎士団全体の危機を招く。
それをわかっている二人は言葉の重みを確かめ、ゆっくりと頷いた。
二人きりになったところでジェラールが謝った。
アーリアは怪訝な顔をしてジェラールを見返す。
「どうしたんですか?
任務に遅れたのは私の方なので、副長が謝ることはないはずですが」
「いや。 お前にも面倒な仕事ばかり回してるからな」
「何を言うんですか。 副長や団長の仕事量には及びません。
私に出来ることがあるなら何でも言っていただきたいです」
アーリアは本気でそう思っている。昔からそうなのでジェラールもアーリアの気持ちはわかっている。
「私は貴方と団長のためなら何でもします」
アーリアの想いを篭めた声が廊下に響く。
「俺もお前を守るために全力を尽くすよ」
苦いものを含んだ口調にアーリアの表情が曇る。
「ジェラール、私は今のままでいいんです。 あなたたちに感謝こそすれ、不満など…」
ジェラールの足が止まり、並んで歩いていたアーリアも一歩遅れて足を止めた。
「アーリア」
ジェラールの手がアーリアの肩に触れる。
悲痛な表情で何かを言いかけて口を閉じた。
くちびるを噛んで言いたい言葉を堪えている彼は、少年の顔に大人びた表情を乗せて葛藤している。
肩に乗せられた手は動かない。アーリアもじっとジェラールの言葉を待っていた。
「あ…――」
「よう! 二人とも!」
弾かれたようにジェラールの手がアーリアから離れる。
二人の視線が向く先には犬のように毛むくじゃらの男がいた。
「団長!」
「アーリア。 久々だな」
「先週会っただろ」
ジェラールの言うとおり、朝礼や作戦会議などで隊員と団長は顔を合わせている。
「団長、また髭の手入れをさぼってますね。
ダメですよ? ちゃんとしなきゃ」
ここしばらく溜まった書類を片付けるため部屋に閉じこもっていたせいか、髭が伸び放題になっていた。
アーリアの言うとおり団長と呼ばれた男は髭をあたってぼさぼさの髪を梳かしたらかなりの男前になるだろう。
髪の間から除く瞳は愛嬌があり、整った格好をしているときは女性が放っておかない。
それを嫌がってあまり手入れをしない団長を注意するのはアーリアの役目だった。
「昔みたいにお前がやってくれればなー」
大きな手でアーリアの頭を撫で、笑う。
アーリアが子供の頃は団長もさぼらず身だしなみを整えていた。
幼いアーリアが傍にいたから子持ちと思われて女性が寄って来なかったせいだろう。
「あ、なんなら今度アンネムにやってもらったらどうですか?」
「ん? ジェラールとアーリアが連れ帰ってきた子供のことか。
そういえば俺はまだ会ってなかったな。 今度来たら教えてくれ」
「今日も来てる。 さっきまでフレッドと試合していたからまだ訓練場にいるんじゃないか」
「フレッドと? へえ…」
笑んだ口元とは裏腹に団長の目には鋭い光が宿っている。
「そういえばなんで訓練場に居たんだ?」
ジェラールが今更な質問をする。
「私と手合せがしたいと言っていたので訓練場に行ったんです。
そうしたら先にエリクとフレッドがいまして、アンネムと言い争いに」
「相変わらずだな、あいつらも」
最初の険悪な出会いも知っているジェラールは呆れている。
「間にいるエリクが心配そうにしてますね、いつも」
二人の関係を心配しているのはエリクだけで、他の隊員たちはジェラールやアーリアも含めて好きにやらせておけばいいと傍観している。
子供のケンカは大人が止めに入ると却ってこじれるものだ。放っておいた方がいい。
「じゃあ、俺も行ってみるかな。 まだ居たら会えるだろう」
その場を去ろうとする団長を改まった声で止める。
「団長。 これから報告していた調査に行ってきます」
団長の顔が引き締まる。
「そうか。 十分気を付けろよ」
「「はい」」
アーリアとジェラールの声が重なる。二人とも危険は承知していた。
「危険は常に背後にある、それを忘れるな」
幾度となく聞いた訓告をしっかりと心に留める。
忘れれば自らの身が危うくなるだけでなく、騎士団全体の危機を招く。
それをわかっている二人は言葉の重みを確かめ、ゆっくりと頷いた。
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