Faith

桧山 紗綺

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6 少年

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 廊下を走りながらエリクに説明を求める。
「それで、何があったの?」
「アーリアが助けてきた子供がいたろう?」
 船倉に閉じ込められていた少年のことだろう。
 アーリアが頷いたのを確認してエリクが続ける。
「あの子供が暴れてるんだよ」
 目を覚ました直後から暴れだして、隊員の制止にも耳を貸さないと言う。
「ただの子供じゃなかった、ってことね」
 幼い子供が暴れているだけなら、わざわざ副長やアーリアを呼びには来ない。
「ああ、多分特殊な訓練を受けた子供なんだと思う。
 俺やフレッドだけじゃなくてジェイドさんでも抑えられなかったんだ」
 ジェイドは今回医療班を指揮していた、騎士団内では中堅の騎士だ。
 腕もそれなりに立つ。やはり少年はただの子供でない。
 アーリアの顔が引き締まり、医務室へ進む足が早まる。
「誰もいないんだよね?」
 エリクに確認する。わざわざ接客中の副長を呼びに来たということは対処できる人員が他に居ないということだろう。エリクが頷く。
「そうなんだ、動ける人が誰もいなくて!」
 夜勤明けの人間くらいしか宿舎にはいないと言う。
 何てタイミングの悪い…。
 さっきまでならロドリオとクロードがいたのに!
「武器は?」
「何も持ってない。 けれど、医務室だからな」
 医務室には治療に使用する刃物などが存在する。仮に奪われているとすれば危険も増す。
「エリクから見て、彼はどうだった?」
 アーリアは救出時の少年しか見ていない。
 少年が暴れている理由が不明なので、どういった様子だったのかだけ知りたかった。
「誘拐犯の子飼いだったとは俺は思わない。
 どちらかというと状況がわかってないから怖がってるように見えるんだ」
 突然知らない場所に連れて来られた動物が威嚇しているみたいだったと言う。
 多少の甘さはあってもエリクの観察眼はそれなりのものだ。
 エリクの表情は危険な人物を警戒するものではなく、ただ純粋に子供を心配していた。
「わかった」
 心に留め、足を進める。エリクの感じた印象のままなら話が通じる可能性もある。
「エリクは部屋の外で待機していて。 副長が来たら教えてくれる?」
 狭い部屋なので味方が多いと動くのが難しくなる。
 それをわかっているのでエリクは真剣な顔で肯いた。
「…」
 扉の向こうの気配を探る。
 ジェイドと、これが少年だろうという気配。
 他に人がいないのを確認して扉を開いた。
「…!」
 扉が開く瞬間に合わせて少年が向かってきた。それをジェイドが止める。
 ジェイドに弾かれた少年は身軽く部屋の隅に退避した。
 逃げないように扉を閉じ、ジェイドに声を掛ける。
「ジェイドさん。 扉をお願いできますか」
 横目でアーリアを見ると背を見せないように下がり、扉の前に立つ。
 怪我はないようなのでアーリアはほっとした。自分が見つけた少年が仲間を傷つけたら申し訳ない。
 少年を見つめながら構えをとる。
 さっきの動きから見ても少年はかなり身軽なようだ。
 すっと見据えると少年が動いた。
 真っ直ぐにこちらにむかって飛んでくる。左腕で拳を止めると反撃を恐れたのか即座に身を引く。
 相手が自分の速度についていったことに驚いたのか、アーリアを見る目が鋭くなった。
 襲いかかる前の獣ようだ。
 先程よりも早いスピードで飛ぶとアーリアの正面ではなく右側から襲い掛かる。
 死角を狙い、壁を蹴る。獣のような動きで部屋を飛び回り攻撃を繰り出していく少年。
 それらを避けながらアーリアは少年の動きを観察していた。
 彼の攻撃には威力がない。本人もこれで騎士を含めた二人を倒せるとは思っていないだろう。
 きっと必殺の一撃を狙っている。
 軽い攻撃を繰り出しながら隙を狙い、逃げるつもりか。
「…!」
「リア!」
 意図的に作り出した隙を狙って少年が踏み込んだ。
 必殺の勢いで繰り出された拳を手で払う。
 驚愕に見開いた瞳を見つめながら手を伸ばす。
 左手で少年の身体を反転させ、足を払う。倒れたところで腕を捻って動きを止めた。少年が身を捩るが腕と背中に体重を乗せ押さえられているため、身動きが取れない。
 顔を上げると背後から扉の開く音が聞こえた。
「なんだ。 終わった後か」
 副長がそう言いながら入ってくる。
 口調にはなぜか残念そうな響きがあった。
「俺を待ってくれてもいいのに」
「副長に任せたら無傷で済ませないでしょう」
 自身が子供の外見をしているせいか、副長は子供にも容赦ない。
 相手に実力があればなおのこと。手加減などしないだろう。
 暴れる元気があるとはいえ、怪我をしている少年にその仕打ちは如何なものか。
「まあ、いいけど」
 近づきながらジェイドに指示を飛ばす。
「今度はきちんと縛っておけよ」
 幼い子供に縄をかけるのは気が引けるが、見かけ通りの中身ではない以上仕方がない。
 ジェイドが縄をかけ終わると、ジェラールは廊下で待機していたエリクとフレッドを部屋に入れた。
「しかし、驚いたガキだな」
「ただの被害者と思ったら大間違いですね」
 アーリアが来るまで二人きりで対峙することになったジェイドもため息を吐きながら賛同した。
「何で暴れた。 お前も誘拐に加担してたのか?」
「…」
 ジェラールの問いに少年は無言で答える。
「黙ってたら巻き添えで処刑されても知らないぞ」
「処刑なんて、そんな!」
 思わず口を挿んだエリクが副長に睨まれて黙る。
 黙ったエリクの代わりにアーリアが少年に質問した。
「あなたはどうしてあの船にいたの?」
「あんた…。 船で俺を助けてくれた人か」
「そうよ」
 気付かなかったの?とアーリアは首を傾げる。
「ごめん。 気づいてたら攻撃なんてしなかったんだけど」
 申し訳なさそうな表情から一転、少年が無邪気な声で笑った。
「それにしてもあんた凄いな! 素手で動きを止められたのは初めてだ!」
「あなたも年齢の割にはすごいと思う」
 少年の見た目は7,8歳くらいに見えるが、実年齢はもう少し上だろう。
「当然だろう? 俺はこれで食ってるんだからな!」
 得意気に少年が言う。その表情に隠れた感情に気付いた者は見ないふりで話を戻す。
「それで、なんで君は船に閉じ込められていたんだ?」
「それがこの間の仕事でちょっとへましてさ。
 殴られた挙句に閉じ込められて。 飯も食えないし最悪だったよ」
「おとなしく殴られてやるタイプには見えないけどな」
 ジェラールの言葉に少年が口を尖らせる。
「なんだよ。 嘘は吐いてないぞ」
 やり取りを見ていたアーリアが口を開く。
「なぜ失敗したの?」
「は?」
 フレッドとエリクがアーリアを見る。
 問いの意味がわかったジェラールとジェイドは黙って少年の答えを待っていた。
「なんで…って」
「どうして失敗することにしたの」
 故意に失敗したと断定されて少年の表情が変わる。
「どうでもいいだろ。 そんなこと」
「そんなことはない。 私たちはその理由を重視しているから」
 少年が男に手を貸していたことはほぼ間違いないだろう。
 それがなぜなのか、今回の誘拐に手を出していたのか。
 その解答如何で彼の未来も少し変わる。
「前の街でちょっと女を逃がしただけだよ」
「へえ。 なんでそんなことをしたんだ? そうなることはわかっただろうに」
 おもしろい答えを聞いた、というようにジェラールの声が変わった。
「知り合いに似てたような気がしたんだ。 それだけだよ」
「その人の名前とか、わかる?」
「覚えてない。 そもそも本人かどうかわかんないし」
「そっか」
 残念なことに覚えていないらしい。どこの街の誰かがわかれば探しようもあったのだが。
「覚えてないけど、逃がしてほしいって言われて無視できなかったんだ」
 少年がその時の感情を思い出すように俯く。
「逃げたいという言葉を無視できなかった結果か。 まあ、悪くない」
「はあ? あんたの感想なんてどうでもいいんだけど」
 少年が顔を上げた。不満がありありとわかる顔をしている。
「俺の感想はお前の処遇に影響する」
「どうせこの国で牢屋に入ることになるんだろ? どうでもいいよ」
 少年は自分の処遇に興味がないらしい。彼の年齢で極刑になることはまずないとはいえ、落ち着き過ぎていた。
「そうはならない」
「なんで」
「今回の事件にお前が関わっていないのなら、俺たちにお前を捕まえる理由がないからだ」
「なんでだよ!? 俺は誘拐犯の仲間なんだぞ!」
 ジェラールの説明に少年が声を上げる。
「お前に命令していた男。 まだ尋問は途中だが、この国で起こした事件にお前が関わっているとは聞いていない」
 少年を手駒にして犯罪に携わらせていたとして増える罪を恐れたのか、男からは少年について何の証言も得られていない。
「それに、お前の行く先は決まってるからな」
「な…!」
「この国では親や後見人の居ない子供は救護院に行くことに決まっているんだ。
 あの誘拐犯が保護者だったとしても、犯罪者に後見人はできないから、救護院に入ってもらうことになる」
「勝手に決めるな!」
 少年が怒鳴るがジェラールは意に介さない。
「国に身寄りもないんだろう。 それに事件の重要参考人をみすみす他国に逃がすわけにいくか」
「…!」
 状況を打破しようと考えを巡らせていた少年が閃いたように目をきらめかせた。
「なあ、あんた。 この国の騎士だろう?」
「ああ」
 この場の中心となっているジェラールに少年が取引を持ちかける。
「俺を騎士団で雇ってくれないか?」
「はあ!?」
 少年の申し出が余程意外なものだったのかフレッドが素っ頓狂な声を出す。
「子供にしかできないことだってあるだろう?」
 子供らしからぬ表情で少年が笑う。
「俺は役に立つよ?」
「……」
 思わぬ売り込みに、ジェラールは沈黙した。
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