Faith

桧山 紗綺

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1 囮捜査

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 少女の白金色の髪がふわりとゆれる。
 それを合図に黒服の男たちが走り出した。
 軍靴の音を響かせながら近づく男たちに、少女と共にいた男が慌てて振り向く。
「な、なんだお前たちは…」
 男は少女を庇うように半身だけ前に出たがその声は震えている。
 黒服の集団に囲まれ、男は激しく動揺していた。
 その後ろで少女は目を丸くしている。
 何が起こっているかわかっていないようにも見えるその様子に男は勇気づけられたようだ。
「何の用だね。 私たちは…」
「女性が路地に連れ込まれたという通報があった」
 男の言葉を遮って黒服が追及する。
 よく見れば男たちの着ているのは騎士団の制服であることに気付いたはずだが、男は動揺のあまり見落としていた。
「馬鹿な事を、私がそんな人間に見えるとでも?」
 男の服はそれなりに整えられており、引き攣った顔さえなければ紳士に見えたかもしれない。
 拐かしなど心外だという態度を装うが、表情は失敗している。
「無礼も程々にしてもらおう」
「違うと言うならそちらのお嬢さんに聞こう」
 シンプルだが生地からして高級なのがわかるワンピース、艶やかな長い髪。
 少女の身なりはどう見てもこんな裏路地に似つかわしくない。
 視線が自分に向いたのを見て少女が目を瞬く。男の額から汗が滴り落ちた。
「お嬢さん。 君はどうしてここにいるのかな?」
 少女を怖がらせないようにか、隊員は優しげな口調で語りかける。
 ぱちりと瞬きをして少女はにっこりと笑う。
「私のペットがこの方の船に入り込んでしまったと言うので、迎えに行くところなのです」
「船に?」
「ええ。 私があの子を探していたらこの方が教えてくださったのです」
 一片も疑っていないような少女の発言に騎士たちの目が厳しくなり、男の冷や汗が激しくなる。
「港はこっちじゃないが?」
 問われて男はしどろもどろに答える。
「小さい船だから川に繋いでいるんだ」
「わざわざこんな人気のない場所を選んでか?」
 その行動は後ろ暗いことがあると自ら白状しているようなものだ。
 騎士たちの鋭い視線に男は青ざめていく。
 言葉を失う男を助けたのは連れ去られる寸前だった少女だった。
「きっと静かで落ち着くからなのでしょうね。
 あの子も騒がしいところが苦手で…」
 だからこんなところに迷い込んだのだろうと笑う。
 少女は状況を理解していないみたいに見えた。
「そ、そうだ! 私は騒がしい場所を好まないだけだ!」
 大声を出したところで騎士たちが誤魔化されるわけもない。
「で、船は何処だ?」
「は、ふ、船?」
「そうだ」
 案内しろと言う騎士たちを躱す言葉を見つけられず、男は絶望した顔で船に向かう。
「そういえば伺っていなかったがペットはどういう動物かな?」
「真っ白な可愛い子なんです。
 いつも私を置いて先にいってしまって…」
 ふふ、と状況にそぐわない愛らしい微笑みを浮かべる。
 問いかけた隊員も思わずといったように笑みをこぼした。
 先を促す視線に笑い返しながら続ける。
「この間なんて屋根に上ってしまって、降りてくるまで大変でした」
「それは困った子だね」
「でもとっても可愛いんです。
 私が撫でると目を細めて気持ちよさそうに鳴くんですよ」
「確かにとても可愛い猫だったな」
 会話からあたりをつけた男が話に割り込んできた。上流階級の淑女のペットは大体犬か猫だ。屋根に上ると聞いて猫だと考えたのだろう。
 少女は少しだけ首を傾けて微笑む。
「あの子は静かにしていましたか?」
 迷惑をかけたのではないかと心配する少女を安心させるように男は話す。
「ご心配なく、船室に潜り込んできた時は驚きましたが、隅で大人しくしていましたよ」
「まあ」
 目の前に男の船が近づいてきた。
 ここから先は騎士でも立ち入れない。
 明らかな証拠のない今、所有者の許可を得ない捜査は禁止されている。
 それをわかっている男は、自分だけ乗って逃げるか、少女を乗せて逃げるかを思案していた。
「お話に聞いたとおり小さい船ですのね」
 少女の無邪気な声に男は思案を中断する。
「ええ。 一人旅なものですから、これで十分なのですよ」
 そうですかと少女が頷く。
「でもあの子がこんなところに入るなんて驚きました。
 狭いところが大嫌いな子なのに」
 少女の発言に騎士たちが構える。
 男が少しでも不審な動きをしたら、その場で切り捨てられそうな雰囲気だ。
 とても逃げるどころではない。
 逃げる隙を失い青褪める男をよそに、少女は不思議そうに続ける。
「こんな狭い場所に迷い込んでしまったら大騒ぎしそうなものなのに…。
 静かだったなんて信じられないわ」
「猫は気まぐれなものです。 そういうときもあるでしょう」
 苦し紛れな言い訳に少女はさらに首を傾げた。
「それに『猫』ってなんのことですか?」
「は?」
「私、猫なんて飼ったことありませんけれど」
「―――!」
 自分が決定的な失敗をしたことを悟ると男の動きは早かった。
「動くな!」
 伸ばした左手で少女を抱えると右手に隠していたナイフを少女にかざす。
 怯んだ騎士たちに見せつけるように、刃を少女の首に押し当てる。
「動いたらこいつがどうなるか、わかるよな?」
 少女を盾に男は船に乗り込む。
 恐ろしさ故か少女は一切抵抗せず船に連れ込まれた。
「まったく…。 最後に上等な獲物が現れたと思ったら、とんでもない騒動の種だったな」
 腕の中の少女は震えるくちびるで問うた。
「最後、ということは他にもいらっしゃるんですか?」
 少女の問いに男は口の端で笑う。自分もその仲間入りをすることにやっと気づいた鈍い女に現実を教えてやろうと口を開く。
「すぐに会わせてやる。 これから一緒の場所に行く仲間だからな」
 そう言って船室の扉を開く。少女が息を呑むのを聞いて悦に入ったように笑う。
「仲良くやれよ。 これから先の絶望も一緒に見ることになるんだ」
 中にいたのは年のころ10~18歳ほどの少女たち。連れてこられた少女と後ろに立つ男を見て瞳の絶望を深めた。
 少女を船室に押し込もうとした瞬間、男の耳に風切り音が聞こえてきた。
「コーラル!」
 少女の呼び声に合わせて羽音が近づき、男にぶつかる。
「なっ!」
 なんだと問う声は途中で消えた。男を襲っているのは白い鳥。嘴で突かれる男は確かめる余裕もないが、それは小さな白い鴉だった。
 少女を守るように間に入って突きまわす鴉に男は目を開けることも敵わない。
 堪らず逃げようとした男の前に誰かが立ちふさがる。
 騎士たちが追ってきたのかと身構えた男だったが、人影が小さいのを見て取ると強引に通り抜けようとナイフを振りかざした。
 小さな影はそれに応えるように剣を払う。
 小柄な身体に見合わぬ気迫に押されながら、必死に逃げ道を探す。
「そこを…」
 どけ―――、と叫ぼうとした口は動かず、男の身体が傾いでゆく。
 仰向けに転がった彼を冷たく見下ろす瞳が誰のものなのか。
 正体を見つける前に男は意識を失った。
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