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四年目 ~冬期休暇 そして春へ~
短い婚約期間
しおりを挟む屋敷まで戻る間、ずっと頭がふわふわしていた。
婚姻届に署名をしたこと、これでもうクリスティーヌ様の手を離さなくて良いことを噛み締める。
屋敷に着き、馬車の窓からクリスティーヌ様の姿が見えた瞬間、我慢できなくなった。
「クリスティーヌ様!」
馬車から飛び降り、俺の帰還を待っていてくれたクリスティーヌ様の身体を抱きしめる。
驚きに身体を震わせ、それから身を寄せてくれる彼女がたまらなく愛おしい。
「驚きました」
短く伝えた言葉には歓喜が溢れていた。
嬉しいですと囁き、抱擁を解く。けれどまだ触れ合うほど近くに愛しい人がいる。
そっと手を取り両手で包み込む。
「やっと、あなたの隣に立つことが許されました」
万感の思いを込めてクリスティーヌ様の瞳を見つめる。
嬉しそうに愛おしそうにこちらを見つめる瞳に喜びが抑えられない。
「アラン、署名してくれたのね?」
「もちろんです、しないわけがない」
確認の言葉に肯定を返す。
黙っていてごめんなさいと可愛らしく謝るクリスティーヌ様に驚きましたと微笑む。
「驚かされました。 でも本当に嬉しい。
これでもう誰に憚ることなくクリスティーヌ様の隣にいられるのですから」
嬉しさに抑えられない笑みを向けるとクリスティーヌ様も幸せそうに笑う。
「けれど、良かったのですか?
あまりに急では――」
クリスティーヌ様の指が唇に当てられ、柔らかな感触に言葉が止まる。
ごく近い距離を更に縮めて、クリスティーヌ様が瞳を覗き込む。
吸い込まれそうな気持ちで瞳を見つめていると、紫色の瞳が、愛おしそうに緩められる。
「私がそうしたかったの」
こちらを見つめるその瞳は幸せと喜びに満ち溢れ、翳りなどどこにも見えない。
侯爵様からも聞いていたけれど、直接言葉で伝えられた喜びに顔が綻ぶ。
「嬉しいです」
求められる喜びに突き動かされるようにクリスティーヌ様の身を再度抱きしめる。
「驚きましたし、署名を求められたときは少し躊躇しましたけど、あなたが望んでくれていると聞いて躊躇いはどこかへ行きました」
腕の中の存在が愛おしくてたまらない。
恥ずかしそうに頬を染めるクリスティーヌ様に言葉にして告げる。
「あなたは俺の光です」
眩しくて美しい。焦がれずにはいられない光。
「あなたが何よりも愛おしい。
俺と共にいることを望んでくれてありがとう。
あなたと出会え側にいられることは、俺の人生で一番の幸運です」
「アラン……」
出会いからこれまでの全てが得難い幸運に満ちた、奇跡のような縁だと思う。
「私も……。
アランと出会えたことは代えがたい幸運だったと思ってるわ。
あなたが側にいないことなんてもう考えられないくらい」
甘やかに緩められた目が俺を見つめる。
「あなたのことが大好きよ、これからも側にいられてうれしい。
私の想いを受け入れてくれてありがとう」
最愛の人からの愛の言葉は押し寄せる波のようで、幸せに溺れてしまいそうになる。
頭から爪先まで浸かり、呑まれて、何も考えられなくなってしまうような感覚。
お互いだけがその瞳に映っていた。
「……」
見つめ合う視線が絡み、引き寄せられるように瞳が近づく。
紫色の瞳が伏せられたまぶたに隠れたのを意識の端で認識した。
――……!!!
馬の嘶きが響き渡り、弾かれたように顔を上げた。
「――……っ!!?」
ガラガラと走り出す馬車の音と視線を向けた先の馭者の申し訳なさそうな顔に急に周囲の音が蘇ってくる。それから周囲からの視線を感じる機能も。
状況を思い出し、羞恥に頬が熱くなってくる。
聞こえてきたのが咎める声でないことが却っていたたまれなさを増長させた。
「婚姻したばかりの頃を思い出すね。
今夜は二人で食事にでも行こうか」
「あら、素敵なお誘いね。
たまには二人きりでゆっくりと過ごしましょうか」
共に戻ってきた侯爵様が、出迎えたのであろう夫人とのんびり話している声が聞こえる。
「もっと早く止めるべきだったでしょう」
「まあレオン、あれくらいなら許容範囲よ」
婚姻届は出しても誕生日がくるまではまだ婚約者と同じ扱いのはずですと口を尖らせるレオンに、想い合う婚約者同士ならあんなものよと宥める夫人。
耳に入ってくる話し声がひたすらいたたまれない。
見下ろすとクリスティーヌ様も頬を真っ赤に染めていた。
きっと俺も同じように赤くなっている。
ふっと笑いが漏れるとお互いに口元を照れくささに緩める。
名残惜しさを隠しながら身を離すと、同じ気持ちなのか腕を離すわずかに遅れた指の動きに、離れがたさを感じてくれているのかと口元が綻ぶ。
「クリスティーヌ様」
近すぎる距離から少し離れても、まだ手が取れるほど近くにいる。
もう一度手を取り微笑む。
「愛しています」
取った手に口付け、頬に寄せて愛の言葉を贈る。
幸せが溢れるクリスティーヌ様の笑みに胸が甘いもので満たされていく。
「この先も俺と一緒に歩いてください」
ずっとこの先も二人で。
口にする願いすら甘く感じられた。
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