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三年目 ~再びの学園生活編~
やっぱり後ろめたい
しおりを挟む子爵や弟の証言と、リリーナが提供してくれた手紙のおかげでエドガーの関与がはっきりし、俺はレオンや他の人と証拠や証言をまとめ一網打尽にする準備に追われている。
夏季休暇中に大きく事件が動き一気に忙しさを増したため、皆家族と避暑にもいけないと恨み言を言っていた。気持ちはわかる。
もう少し、あと少しを合言葉に皆で処理に追われていた。
実際、まとめ終えたら後は国の仕事だ。
捕縛までは侯爵家でするだろうけれど、裁くのは侯爵家の仕事じゃない。
証拠だけ押さえて国に任せる方法もあった。
それなのにここまでするのは王家の鼻を明かすためなんだろう。
あとの理由は騎士団が、と言うか王家が指揮をする部隊への信頼がおけないのだと思われた。
俺ですらこんな重要な調査をたった一家に振ってくる王家が信用できないと感じるのだ。
せっかく調べ上げ証拠まで押さえたのに犯人を逃がしました、もしくは証拠を紛失しましたなんて言われたら堪ったものではない。
そこまで貴族の信頼を失っていると王家はわかっているんだろうか。
詮無いことと思いながらもつい考えてしまうのだった。
夏季休暇の終わり頃、揃った証拠を携え贋金に関わっていた学生たちたちの捕縛に動いた。
それぞれの家へも説明し協力を求め、学生たちがエドガーに渡していた品の照合を始めている。
そちらは俺ではなく他の人が動いていた。
そろそろ学園が始まる時期なので俺はその準備があるためだ。
休暇の終わりが迫っても、まだ戻って来ないクリスティーヌ様に心配が募る。
レオンから領地に状況を知らせる手紙は送っているが返信はない。
王都と領地に掛かる日数を思えばすれ違いになった可能性もあるが……。
戻ってきているのかまだ領地にいるのか。
わからない状況にやきもきした。
そうして気にしていたからだろう、執務室から見えた馬車の姿に思わず駆け出してしまったのは。
どうしたと上がる驚きの声に答える余裕もなく、床を蹴って外へ急いだ。
庭に出て、止まった馬車の扉が開くのを急く思いで見つめる。
扉が開かれ――。
「アラン!」
クリスティーヌ様が弾かれたように飛び出してきた。
金の髪を揺らし、輝かんばかりの笑顔で駆け寄ってくる。
近くに迫った紫の瞳が嬉しそうに細められ――。
そのまま首に抱き着かれた。
「――……!!」
ふわりとクリスティーヌ様の髪が揺れ、花のような香りに包まれる。
「アラン! お父様が認めてくださったわ!」
首に回された手が引き寄せるように力を籠め……。
ぎゅうっと抱きしめられたことに呼吸が止まった。
「……!」
「アランと婚約していいって!!」
感激に溢れた声が脳に直接響くほど近くて、混乱に身動きが取れない。
「それでね――、……アラン?」
「…………」
返事をしない俺に不思議そうな声でクリスティーヌ様が顔を上げる。
至近距離で見つめる紫の瞳が光を受け、収縮して色を変えた。
飲まれたように目を離すことができない。
目を逸らせず見つめる俺に、クリスティーヌ様の目が見開かれた後わずかに細められ、潤んだ瞳が揺れる。
あまりに綺麗で、その変化の全てを見つめ続けてしまう。
「アラン――……」
触れられた場所が熱い。顔も。クリスティーヌ様の頬も薔薇色に染まっていて、恥ずかしさにますます身動きが取れなくなった。
どうしたらいいのかと頭のどこかが必死に考える。
けれど指先すら動かせなかった。
「――おい、そろそろ離れろ」
「……!!」
割って入った冷静な声が一気に頭と空気を冷やす。
ぱっと腕が離れてようやく硬直が解けた。
「レ、レオン……」
焦りに名前を呼んだ後の二の句が継げない。
後ろめたいことはしてないはずなのに、責められても何も言い訳できない気がする。
けれど特に言及されずにレオンはクリスティーヌ様に声を掛けた。
「帰ってくるのがずいぶん遅かったな、父上の説得に時間が掛かったのか?」
「いいえ、それは話したらすぐに良いって言ってくれたんだけど。
アランなら面倒な繋がりもないし、全く問題ないって」
侯爵が認めてくれたと聞いてほっとする。
こちらを向いたクリスティーヌ様の笑顔を見てじわじわと喜びが胸に湧いて来る。
笑みを零すと嬉しそうに頬を染めたクリスティーヌ様と目が合う。
「じゃあなんでこんなに掛かったんだ?」
ふわっとした空気が漂うのをレオンの言葉が掃う。
「それが――」
クリスティーヌ様が話してくれたのは、俺の救出後、レオンから子爵家で鋳造所を見つけたとの報告を聞いた侯爵が人員を集めてエドガーの実家へ捜索に入ったこと。
すでに揃っていた証拠で伯爵及び家族や使用人なども捕らえたという話だった。
「お兄様がエドガーを捕らえたことと鋳造所を発見したことで、迅速に動かないと残りの証拠を隠滅される恐れがあると思ったみたい」
王都にいるレオンではすぐに動けないのと、伯爵家へ捜索に入れるほどの人員は王都にはいないからと。
それでばたばたしていて中々話す時間が取れなかったらしい。
「なんだか父上にいいところを持っていかれたような気分になるな」
「そんなこと言わないの、お父様だってお兄様に花を持たせてあげたかったって言ってたのよ?
でも伯爵家を逃すわけにはいかないから……」
「わかってる。
少し言ってみただけだ」
真剣に諭されて不機嫌そうに口を尖らせるレオンに苦笑するクリスティーヌ様。
長旅で疲れているだろうから後は中で話すかと促されてレオンの後をついていく。
話が逸れていたからすっかり油断していた。
足を止めてくるっと後ろを向いたレオンが俺たちに指を向ける。
「クリスティーヌ、あれは流石に『ない』からな」
細めた目で見据えられてぴっとクリスティーヌ様が背筋を伸ばす。
「それからアラン、クリスティーヌが躓いたところを支えたのはいいが長くくっつき過ぎだ。
動揺してたにしろお前が注意して離れろ」
「申し訳ありません」
即座に謝罪が口から零れる。
被せるほどに早い謝罪はやっぱり自分の中に後ろめたく思う気持ちがあったんだろう。
俺の返答にじっと咎めるような目を向けて次はないからなと低く忠告して屋敷に戻って行った。
レオンの姿が消えて、クリスティーヌ様が申し訳なさそうに謝る。
「アラン、ごめんなさい私のせいで」
「いえ、クリスティーヌ様のせいでは――」
俺が硬直してないで適切な距離に戻ればよかったんだ。
人前で抱き着かれる姿を見せてしまうなんて、屋敷の中でまだ良かったけれどこれが外だったならとんでもないことだ。
レイチェルやエドガーのことを言えないな。
レオンから躓いて転びかけたところを助けたことにしろと言われたけれど、正直言い訳として苦しい。
触れ合っていた時間はとても長く感じた。
体感ほど長くないことを祈るしかない。
謝り合っている俺たちをレオンが早く入って来いと呼びつけに来るのはすぐのことだった。
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