5 / 15
暴露
しおりを挟む
「え…。 またですか」
帰っていったグレイ様は翌日また来た。シア個人としてはうれしくもあったのだが、アステリア様に扮して舞踏会に出ていたことを調べにきたのだと思えばおそろしくもある。
「気がすすまないのなら、断っていいわよ。 理由なんて作れるものだから」
アステリア様はシアを落ち着かせるためなのか、本当に気にしていないのか、実に淡々とした様子だ。
「えっと…」
本音を言えば会いたい。あまり知り合いのいないシアにとって昨日や一昨日のグレイ様との出会いは世界が広がったような錯覚を感じていたから。
「もちろんシアが会いたいのなら、会ってもかまわないわよ」
シアの心を読んだようにアステリア様が付け足す。少しためらったけれどシアは会いたい、という気持ちの方を優先することにした。
応接間に顔を出すと、グレイ様は昨日より幾分かやわらいだ表情をしている。詰問されるのが苦手なシアは相手が優しい顔をしていることにとりあえず安心した。
誘われるままにグレイ様と一緒に街に出ると、警戒していたことは頭から飛んでしまった。
「わあ…! すごいですね」
シアは久々に出る街の姿に目を奪われていた。子供の頃はよくこうして街中を歩いていたことを思い出す。手を引いてくれたのは母親だったのか、父親だったのか…。もうあまり覚えていない。
商店が立ち並ぶ通りを抜けていくと大きな公園にたどり着く。
懐かしさを感じて、シアが思わず立ち止まると、隣を歩いていたグレイ様も足を止める。
見上げるとシアを見ている黒い瞳と目があった。
そのまま目をそらせないでいると、周りを見回したグレイ様が口を開いた。
「君の本当の名前はなんだ?」
核心をついた問いにシアの思考が止まる。しかしグレイ様の瞳に責める色はない。
「糾弾はしない。ただ知りたい」
シアは少しだけ迷った。グレイ様を信じていいのかと。
わずかな逡巡をグレイ様の声が消す。
「教えてくれないか?」
素直に頷く。ごまかせないと感じた以上にグレイ様の真摯な瞳に嘘をつきたくないと思った。
「わたしの名前はシア、シア・カロルです」
「シア…。 しかしカロル家には娘が一人しかいないと聞いている」
「はい、わたしはアステリア様の従姉妹にあたります。 父はカロル卿の弟、ステア・カロルです。
幼いときに父と母を亡くしたあと、伯父様に引き取られアステリア様と姉妹同然に育てていただきました」
シアは自らの来歴を語り、最後にグレイ様に頭を下げる。
「申し訳ありません。 アステリア様に代わって舞踏会に出席したのはわたしです」
顔を上げられないシアにグレイ様が言う。
「糾弾はしない、と言っただろう」
呆れた声にシアが顔を上げる。
「別に正体を暴いて捕まえようとしたわけじゃない。 気になったら確かめないと気がすまいない性分なだけだ」
「ほ、本当ですか? じゃあ、アステリア様にも責任が行くことはないんですね?」
「ああ、言ったとおりだ」
「よかった…」
シアが一番心配していたのはそのことだった。自分のせいでアステリア様の王宮入りが阻まれたら、申し訳なくて今までのように傍にいることは出来なくなってしまう。
「そうか、従姉妹なのか」
「はい。 わたしは両親が亡くなるまでは街で暮らしていたので、貴族や王宮のことは詳しくなくて…。 あの夜も失礼しました」
失礼をしたと、実は少し気にしていた。グレイ様はシアのそんな心配を笑い飛ばした。
「廊下で迷わなければ、俺も気づかなかっただろうな。 そう考えれば、迷ってくれたことに感謝しなければな」
その朗らかな笑顔はシアが見たなかで一番まぶしく、輝いていた。
「どうした?」
グレイ様に指摘されて初めてシアは相手に見惚れていたことに気がついた。そんな自分に気づくと、急激に顔に熱が集まっていく。その変化はグレイ様も驚くほどだった。
「大丈夫か? もしかして、体調が悪かったのか」
心配そうに問うグレイ様に、シアは未だ赤く染まった顔を横に振る。
「大丈夫です、どこも悪くないですから…」
「そうは言ってもまだ顔が赤いぞ。 落ち着くまでは安静にしていたほうがいい」
本当に心配しているらしく、シアをベンチに座らせてグレイ様は飲み物を買いに行った。
グレイ様が離れていってシアは深呼吸をする。ようやく少し落ち着いたが、頬の赤味はまだきっと残っている。
「うう…。 困ります」
人の顔をじろじろと眺めるなんて無礼をした上に心配までさせてしまった。病気ではないのでどうしたらいいのかシアにもわからないのだ。
「どうしましょう。 思い出したらまたどきどきしてきました」
頬が赤くなるのも胸のどきどきもシアには止める方法がわからない。
グレイ様が飲み物を持って近づいて来るのを見て、またゆっくりと胸が高鳴る。
シアにできるのは心配をかけないように笑うことだけだった。
シアは知らない。
今朝まで『いい人』だった人が特別な人に変わることがあるということを。
シアはただ、胸のときめきを持て余し、瞳があうのを避けるように街の風景について話すだけだった。
帰っていったグレイ様は翌日また来た。シア個人としてはうれしくもあったのだが、アステリア様に扮して舞踏会に出ていたことを調べにきたのだと思えばおそろしくもある。
「気がすすまないのなら、断っていいわよ。 理由なんて作れるものだから」
アステリア様はシアを落ち着かせるためなのか、本当に気にしていないのか、実に淡々とした様子だ。
「えっと…」
本音を言えば会いたい。あまり知り合いのいないシアにとって昨日や一昨日のグレイ様との出会いは世界が広がったような錯覚を感じていたから。
「もちろんシアが会いたいのなら、会ってもかまわないわよ」
シアの心を読んだようにアステリア様が付け足す。少しためらったけれどシアは会いたい、という気持ちの方を優先することにした。
応接間に顔を出すと、グレイ様は昨日より幾分かやわらいだ表情をしている。詰問されるのが苦手なシアは相手が優しい顔をしていることにとりあえず安心した。
誘われるままにグレイ様と一緒に街に出ると、警戒していたことは頭から飛んでしまった。
「わあ…! すごいですね」
シアは久々に出る街の姿に目を奪われていた。子供の頃はよくこうして街中を歩いていたことを思い出す。手を引いてくれたのは母親だったのか、父親だったのか…。もうあまり覚えていない。
商店が立ち並ぶ通りを抜けていくと大きな公園にたどり着く。
懐かしさを感じて、シアが思わず立ち止まると、隣を歩いていたグレイ様も足を止める。
見上げるとシアを見ている黒い瞳と目があった。
そのまま目をそらせないでいると、周りを見回したグレイ様が口を開いた。
「君の本当の名前はなんだ?」
核心をついた問いにシアの思考が止まる。しかしグレイ様の瞳に責める色はない。
「糾弾はしない。ただ知りたい」
シアは少しだけ迷った。グレイ様を信じていいのかと。
わずかな逡巡をグレイ様の声が消す。
「教えてくれないか?」
素直に頷く。ごまかせないと感じた以上にグレイ様の真摯な瞳に嘘をつきたくないと思った。
「わたしの名前はシア、シア・カロルです」
「シア…。 しかしカロル家には娘が一人しかいないと聞いている」
「はい、わたしはアステリア様の従姉妹にあたります。 父はカロル卿の弟、ステア・カロルです。
幼いときに父と母を亡くしたあと、伯父様に引き取られアステリア様と姉妹同然に育てていただきました」
シアは自らの来歴を語り、最後にグレイ様に頭を下げる。
「申し訳ありません。 アステリア様に代わって舞踏会に出席したのはわたしです」
顔を上げられないシアにグレイ様が言う。
「糾弾はしない、と言っただろう」
呆れた声にシアが顔を上げる。
「別に正体を暴いて捕まえようとしたわけじゃない。 気になったら確かめないと気がすまいない性分なだけだ」
「ほ、本当ですか? じゃあ、アステリア様にも責任が行くことはないんですね?」
「ああ、言ったとおりだ」
「よかった…」
シアが一番心配していたのはそのことだった。自分のせいでアステリア様の王宮入りが阻まれたら、申し訳なくて今までのように傍にいることは出来なくなってしまう。
「そうか、従姉妹なのか」
「はい。 わたしは両親が亡くなるまでは街で暮らしていたので、貴族や王宮のことは詳しくなくて…。 あの夜も失礼しました」
失礼をしたと、実は少し気にしていた。グレイ様はシアのそんな心配を笑い飛ばした。
「廊下で迷わなければ、俺も気づかなかっただろうな。 そう考えれば、迷ってくれたことに感謝しなければな」
その朗らかな笑顔はシアが見たなかで一番まぶしく、輝いていた。
「どうした?」
グレイ様に指摘されて初めてシアは相手に見惚れていたことに気がついた。そんな自分に気づくと、急激に顔に熱が集まっていく。その変化はグレイ様も驚くほどだった。
「大丈夫か? もしかして、体調が悪かったのか」
心配そうに問うグレイ様に、シアは未だ赤く染まった顔を横に振る。
「大丈夫です、どこも悪くないですから…」
「そうは言ってもまだ顔が赤いぞ。 落ち着くまでは安静にしていたほうがいい」
本当に心配しているらしく、シアをベンチに座らせてグレイ様は飲み物を買いに行った。
グレイ様が離れていってシアは深呼吸をする。ようやく少し落ち着いたが、頬の赤味はまだきっと残っている。
「うう…。 困ります」
人の顔をじろじろと眺めるなんて無礼をした上に心配までさせてしまった。病気ではないのでどうしたらいいのかシアにもわからないのだ。
「どうしましょう。 思い出したらまたどきどきしてきました」
頬が赤くなるのも胸のどきどきもシアには止める方法がわからない。
グレイ様が飲み物を持って近づいて来るのを見て、またゆっくりと胸が高鳴る。
シアにできるのは心配をかけないように笑うことだけだった。
シアは知らない。
今朝まで『いい人』だった人が特別な人に変わることがあるということを。
シアはただ、胸のときめきを持て余し、瞳があうのを避けるように街の風景について話すだけだった。
1
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
私の好きなひとは、私の親友と付き合うそうです。失恋ついでにネイルサロンに行ってみたら、生まれ変わったみたいに幸せになりました。
石河 翠
恋愛
長年好きだった片思い相手を、あっさり親友にとられた主人公。
失恋して落ち込んでいた彼女は、偶然の出会いにより、ネイルサロンに足を踏み入れる。
ネイルの力により、前向きになる主人公。さらにイケメン店長とやりとりを重ねるうち、少しずつ自分の気持ちを周囲に伝えていけるようになる。やがて、親友との決別を経て、店長への気持ちを自覚する。
店長との約束を守るためにも、自分の気持ちに正直でありたい。フラれる覚悟で店長に告白をすると、思いがけず甘いキスが返ってきて……。
自分に自信が持てない不器用で真面目なヒロインと、ヒロインに一目惚れしていた、実は執着心の高いヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。
扉絵はphoto ACさまよりお借りしております。
告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。
石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。
いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。
前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。
ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
地味女は、変わりたい~告白するために必死で自分磨きをしましたが、相手はありのままの自分をすでに受け入れてくれていました~
石河 翠
恋愛
好きな相手に告白するために、自分磨きを決心した地味で冴えない主人公。彼女は全財産を握りしめ、訪れる女性をすべて美女に変えてきたという噂の美容サロンに向かう。
何とか客として認めてもらった彼女だが、レッスンは修行のような厳しさ。彼女に美を授けてくれる店主はなんとも風変わりな男性で、彼女はなぜかその店主に自分の好きな男性の面影を見てしまう。
少しずつ距離を縮めるふたりだが、彼女は実家からお見合いを受けるようにと指示されていた。告白は、彼女にとって恋に区切りをつけるためのものだったのだ。
そして告白当日。玉砕覚悟で挑んだ彼女は告白の返事を聞くことなく逃走、すると相手が猛ダッシュで追いかけてきて……。
自分に自信のない地味な女性と、容姿が優れすぎているがゆえにひねくれてしまった男性の恋物語。もちろんハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。
石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。
助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。
バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。
もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる