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5-③
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「…帽子がいるわね」
「別にかまわないだろう」
「だーめ。目立つんだもの」
王宮から一番近い街に降りてまず向かったのは、衣類を売っている小さな店だった。
小さいけれど品揃えはこの界隈一で、ロザリアの身分を知っても仲良くしてくれている女店主が営んでいる。
ロザリアは一般的な町娘の恰好をしていたから問題なかったけれど、セインはどこからどう見てももの上流貴族の青年にしか見えない上等な上着と下衣だった。
だから早速着替えさせたのだが、庶民にはめったにない手入れの行き届きすぎた綺麗な金髪はどんな格好をしても目立ってしまっていた。
「はい。少し屈んで?」
「………」
棚にならんだ帽子を見比べて、つばの広めの茶色いものを選ぶ。
金髪がなるべく外に出ないように深くかぶらせると、ロザリアは一歩引いてセインの全身を見る。
その後満足したらしく笑顔で頷いた。
「じゃあルノさん、今度ゆっくりお茶しようね。開店前なのに開けてくれて本当にありがとう」
「気にしないで。お忍びデート楽しんでらっしゃい」
「デートじゃ無いってば!!」
「あはははっ!」
お決まりのからかい文句を言われて慌てるロザリアに、店主は更に大きな笑い声をあげる。
セインに至っては騒々しい2人のやりとりにも無反。
難しい顔で着なれない服を来た自分を移した鏡をにらんでいた。
店主はセインを眺めつつ、ロザリアへとこっそり耳打ちをする。
「でもあれでしょ?噂の婚約者さんなんでしょ?」
「……そう、だけど…、って噂?皆知っているの?」
「そりゃあお国の王女様の婚約よぉ?今一番の注目の話題よ」
「私が知ったのはつい一昨日のことなのに」
城の人間ばかりか国の民にまで婚約のことは周知されていたらしい。
おそらく城下にまで婚約の事実が広まったのはこの数日のことだろう。
そうなければ少し前まで頻繁に町に来ていたときにロザリアの耳に入ったはずだ。
本当にロザリアの耳にだけ入らないように外堀を固められていたのか。
「……複雑だわ」
自分の知らないところで、どんどん話が進んでいく。
取り残されたような気分だった。
このままされるがままに婚約して、結婚して、女王位についた後も実権を握られてと…己の意志なんて一切無視された人生を進んでいくのだろうか。
もっともロザリアが実権を握るよりも他人に任せた方がよほどうまく事が回るだろうなどとは嫌でも分かったが。
肩を落としたロザリアに、すでにもう店の出口の扉を開けているセインが声をかける。
「ロザリア」
「あ、えぇ。今行くわ。じゃあ本当にいくね。有難う!」
「まいどありー」
間延びした見送りの声を背に、ロザリアはセインを追って外へ出る。
(とにかく今は気分転換!面倒くさいことはもう少し後回しでいいわ)
レノの店はたくさんの商店が立ち並ぶ界隈にある。
そろそろ開店の支度を始めた周囲から、にぎやかな声や物音が聞こえてきた。
活気づき始めた町の空気に釣られて、気分もなんとなく持ちあがる気がした
***********************
「おやおや、ロザリア様お久しぶりですねぇ」
店を出てすぐに、通りすがりの老人に気安く手を振られて2人は足を止めた。
「お顔を見せて下さらないからどうしたのかって心配してたんですよ」
「少し忙しくて。おじいさんは相変わらず元気そうで良かったわ」
そうやって軽い挨拶を交わしてから歩きだすと、今度は果物屋の前で店主から赤いリンゴを放り投げられる。
「姫様姫様! ほら、いい林檎入ったから持って行きな!」
「わぁ! ありがとう!」
「ほら、ちょうど熟れ頃だからオイシイよ。お兄さんも食べな」
「…どうも」
貰った林檎をそのまま店主に2つに切ってもらう。
丁寧に芯まで取り除いてくれた赤い林檎をかじりつつ、2人が広場を通ると、次は子供たちがわらわらと寄ってきた。
「おーじょさまだぁ」
「あそんで、あそんでっ!」
もはやセインは何も言わずに立ち止まる。
「しらない人といっしょだー」
「でーと?でーと?きゃー!」
子どもたちにまとわり付かれているロザリアをセインは林檎を租借しながら遠巻きに眺めた。
セインは騒々しい場所は苦手で、巻き込まれるなんて絶対にごめんだ。
中でも子供なんて、理解不能すぎて関わりたくもない。
敏感な子供たちはセインから発せられる近寄るなオーラが分かるらしい。
セインには目もくれず、表情を輝かせて遠慮なしにロザリアへとはやし立てていた。
「別にかまわないだろう」
「だーめ。目立つんだもの」
王宮から一番近い街に降りてまず向かったのは、衣類を売っている小さな店だった。
小さいけれど品揃えはこの界隈一で、ロザリアの身分を知っても仲良くしてくれている女店主が営んでいる。
ロザリアは一般的な町娘の恰好をしていたから問題なかったけれど、セインはどこからどう見てももの上流貴族の青年にしか見えない上等な上着と下衣だった。
だから早速着替えさせたのだが、庶民にはめったにない手入れの行き届きすぎた綺麗な金髪はどんな格好をしても目立ってしまっていた。
「はい。少し屈んで?」
「………」
棚にならんだ帽子を見比べて、つばの広めの茶色いものを選ぶ。
金髪がなるべく外に出ないように深くかぶらせると、ロザリアは一歩引いてセインの全身を見る。
その後満足したらしく笑顔で頷いた。
「じゃあルノさん、今度ゆっくりお茶しようね。開店前なのに開けてくれて本当にありがとう」
「気にしないで。お忍びデート楽しんでらっしゃい」
「デートじゃ無いってば!!」
「あはははっ!」
お決まりのからかい文句を言われて慌てるロザリアに、店主は更に大きな笑い声をあげる。
セインに至っては騒々しい2人のやりとりにも無反。
難しい顔で着なれない服を来た自分を移した鏡をにらんでいた。
店主はセインを眺めつつ、ロザリアへとこっそり耳打ちをする。
「でもあれでしょ?噂の婚約者さんなんでしょ?」
「……そう、だけど…、って噂?皆知っているの?」
「そりゃあお国の王女様の婚約よぉ?今一番の注目の話題よ」
「私が知ったのはつい一昨日のことなのに」
城の人間ばかりか国の民にまで婚約のことは周知されていたらしい。
おそらく城下にまで婚約の事実が広まったのはこの数日のことだろう。
そうなければ少し前まで頻繁に町に来ていたときにロザリアの耳に入ったはずだ。
本当にロザリアの耳にだけ入らないように外堀を固められていたのか。
「……複雑だわ」
自分の知らないところで、どんどん話が進んでいく。
取り残されたような気分だった。
このままされるがままに婚約して、結婚して、女王位についた後も実権を握られてと…己の意志なんて一切無視された人生を進んでいくのだろうか。
もっともロザリアが実権を握るよりも他人に任せた方がよほどうまく事が回るだろうなどとは嫌でも分かったが。
肩を落としたロザリアに、すでにもう店の出口の扉を開けているセインが声をかける。
「ロザリア」
「あ、えぇ。今行くわ。じゃあ本当にいくね。有難う!」
「まいどありー」
間延びした見送りの声を背に、ロザリアはセインを追って外へ出る。
(とにかく今は気分転換!面倒くさいことはもう少し後回しでいいわ)
レノの店はたくさんの商店が立ち並ぶ界隈にある。
そろそろ開店の支度を始めた周囲から、にぎやかな声や物音が聞こえてきた。
活気づき始めた町の空気に釣られて、気分もなんとなく持ちあがる気がした
***********************
「おやおや、ロザリア様お久しぶりですねぇ」
店を出てすぐに、通りすがりの老人に気安く手を振られて2人は足を止めた。
「お顔を見せて下さらないからどうしたのかって心配してたんですよ」
「少し忙しくて。おじいさんは相変わらず元気そうで良かったわ」
そうやって軽い挨拶を交わしてから歩きだすと、今度は果物屋の前で店主から赤いリンゴを放り投げられる。
「姫様姫様! ほら、いい林檎入ったから持って行きな!」
「わぁ! ありがとう!」
「ほら、ちょうど熟れ頃だからオイシイよ。お兄さんも食べな」
「…どうも」
貰った林檎をそのまま店主に2つに切ってもらう。
丁寧に芯まで取り除いてくれた赤い林檎をかじりつつ、2人が広場を通ると、次は子供たちがわらわらと寄ってきた。
「おーじょさまだぁ」
「あそんで、あそんでっ!」
もはやセインは何も言わずに立ち止まる。
「しらない人といっしょだー」
「でーと?でーと?きゃー!」
子どもたちにまとわり付かれているロザリアをセインは林檎を租借しながら遠巻きに眺めた。
セインは騒々しい場所は苦手で、巻き込まれるなんて絶対にごめんだ。
中でも子供なんて、理解不能すぎて関わりたくもない。
敏感な子供たちはセインから発せられる近寄るなオーラが分かるらしい。
セインには目もくれず、表情を輝かせて遠慮なしにロザリアへとはやし立てていた。
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