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「いいも何も、私が元々言ってたんです。子供の時に親同士が酔った勢いで決めたことだし。あんたみたいなのを旦那様にするなんて気が重いわーなんて事とか、色々」
「なぜ?」

 訳が分からないと、ディノスの顔が語っている。
 エリーだって、どうして自分がこんなに意固地に育ってしまったのか分からない。

「も、元々、兄妹の延長みたいな付き合いだったんです。いまさら男女の関係になるなんて、想像が出来なかった。どんな顔をして好きだなんて言えばいいのか、分からなかった。私……恰好良くて素敵な人が現れたらそっちに行くかもーとかも、しょっちゅう、言っちゃってたんですよ。」

 だから、ジョナサンも真に受けて、エリーとの婚約をそれほど重くは考えていなかったのだ。きっと。

「なんでそんなことを」
「さぁ……わかんないです。ううん、ただの意地かな。……生まれた頃からいっしょに居る相手に、いまさら可愛らしく女の子らしく恋しているふうな顔をするのが、恥ずかしくて気まずくて。だから冗談めかして、誤魔化して」

 父親同士が酔った勢いで決めて、なんとなく流れで続いていた関係なんて、元々強い強制力は無かった。

 昔からエリーは、いつだって彼を引っ張っていく姉のポジションだったのだ。
 のんびり屋で抜けている彼に、お姉さんぶって偉そうにしていた。
 そんな相手に今さら甘えた声を出して、「行かないで、好きなの」なんて、泣いて縋るような女々しい反応を出来るはずがなかった。
 ただの意地っ張りとも、いうのだろう。
 
 エリーにかろうじで出来たのは、軽く笑って「気にしてない。おめでとう、幸せに」と、彼を好きな人のところに送り出すことだけ。
 自分の両親やお隣の家、周囲の友達が気を遣わないで良いように、何でもない、別にもともと恋じゃなかったと、躱すことだけ。

 素直に、可愛く、「好き」を伝えることなんて出来なかった。
 「好き」を表に現すことは、エリーにとって一番恥ずかしくて怖くて緊張することで、どうしても勇気が出なかった。

「ジョナサンは、きちんと順番は守ってくれました。私との婚約破棄をしてから、好きな子に告白しに行ったんです」

 親が決めた、口約束だけの婚約者で、拘束力何てそんなにないのに、それでも彼はたくさん、謝ってくれた。
 それを軽く、笑ってかわしたのはエリーだ。 
 
 軽く始まって、さらりと軽く終わらせた婚約だから、父親同士は未だに仲のいい友人関係だ。
 母親同士もお裾分けをしあうような、家族ぐるみの付き合いが続いている。
 弟のブランや両親はエリーがどれだけ意地を張ったのか気づいているようだが、それを燐家に伝えるようなことはもちろんしない。当人同士が話して決めたことなのだからと。

 エリーだけが、未だに彼との『婚約』に引きずられて、うじうじしている。

「馬鹿だろ」
「わ、分かってます! でもどうしても、自分が女の子らしく甘えるとこって恥ずかしくって見せられなくて。こんな事を口走ってるのも、絶対お酒入ってるせいだし……素面じゃ絶対むりだし……。泣いたのなんて、さっき仕事が出来なくてディノス様の前でした悔し泣きが、何年ぶりかも分からないくらいだし」
「お前は……」
「ディノス様?」

 何かを言おうとしたまますぐに口をつぐんでしまったディノスに首を傾げたが、彼はもう何度目か分からないため息を吐いてエリーの頭をペチンと叩いた。

「痛い」

 続いて、ぐしゃぐしゃと力強く髪をかき回される。
 乱暴な手つきに、頭がぐらぐら揺れた。

「やめてくださいー」
「……さっさと家に帰って寝ろ。酔っ払いが。明日までに完全に抜いておけ」
「はい……」

 酔っ払いの愚痴を聞かせたことに、あきれられたのだろうか。
 でも、頭を撫でた手は乱暴だったけれど、確かに優しかった。
 とにかくこれ以上、ディノスを引き留めるのも悪い。

 エリーはお礼とおすそ分けに林檎を二つあげてから、大人しく家へ帰るのだった。

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