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しおりを挟むディノスの視線は、窓の外を向いている。
「親の居ない捨て子が生き残るのに、この国で一番手っ取り早くでかくなるには、裁縫の技術を磨くことだった」
「…………」
「それだけだ」
確かにこの国では、どんな生まれであっても針と糸と努力でなりあがれる。
ただ、ディノスは手っ取り早いと言っているが、城の服飾部は相当競争率も高く狭き門なのだ。
だからエリーも見習いとはいえ、城への就職案内が来た時に凄く驚いた。
世界で一番の服飾文化を引っ張るこの国一番の、裁縫師。
ディノスは人並みの努力では昇り詰めることなんて到底出来ない場所に、たったの二十代で上り詰めた人。
どれだけの苦労があったのか、どれだけ努力をすればそこにいけるのか、興味が無いわけではない……が。
(これ以上、聞いたら駄目なやつだ)
「そうですか」
ただの上司と部下。
親しい関係でもなんでもないのに、これ以上彼の重い部分を引き受けられる自信が、エリーにはなかった。
エリーは微笑みを浮かべて、そのまますぐに話を美湖のドレスについてに切り替えることにする。
「あの、ドレスの縫い合わせ方で質問なんですけど……」
たぶん、彼自身もこれ以上に深いところを教えてくれるつもりはないのだろう。
淡々として表情も読めないままだったが、突然話題が変わったことを指摘することもなく、エリーにドレス図栗についての知識を話して聞かせてくれるのだった。
しばらくすると、窓の外はよく見慣れた近所の景色に移り変わっていた。
「……ほら、御者に細かい場所を指示してやれ」
「あ、はい」
ディノスに促されたエリーは、馬車の小窓を開けて辺りを見回した。
真夜中なので視界は暗いが、迷うことはない。
「やっぱり馬車だと早いですね。すみません、御者さん、ここを右に行った商店通りの食堂です。まんぷく食堂っていう。えぇそうです、時計屋の三件となりの」
家は近いので、あっという間に家の前についた。
エリーが軽やかにジャンプして馬車から飛び降りると、肺の中に一気に新鮮な空気が流れこんでくる。
ついでだと彼は言うが、多少なりとも回り道はさせているだろう。
エリーは振り返って、ディノスへお礼を言う。
「ディノス様。今日は本当に有り難うございました、おやすみなさ……」
「エリー」
「っ!」
馬車の扉を閉めようと手にかけたと同時に、後ろからかけられた声に、エリーは大きく肩を跳ね上げた。
ーーーー間違えることなんて、絶対に無い人の声。
「……っ」
おそるおそる振り返ると、柔らかな笑顔を称えた幼馴染が立っている。
腕の中には、ふにゃふにゃと少しぐずっている赤ん坊が抱えられていて、それを目にしたエリーは全身を強張らせた。
(初めて、赤ちゃんみた……)
話には聞いていたし、泣き声も聴こえていたけれど。
彼が『父親』になったことをあまりにも不意打ちなタイミングで実際に突き付けられるなんて。
何の心も準備も出来ていないのに。
エリーの動揺になんて全く気付かないらしい、のんびりおっとりが常の幼馴染は、いつも通り柔らかく微笑んでいる。
「やぁ。久しぶりだね」
「ジョナサン……」
就職して以来、完全に生活時間帯がずれているので一度も会っていなかった。
しかしエリーの記憶の中にある、ふんわりした人好きのする笑顔は変わっていないようだ。
「これ。おすそわけ。林檎たくさん貰ったから、今持って行くところだったんだ」
彼が子供を抱いていない方の手に持っていた紙袋を受け取る。
中からはみずみずしい赤色が覗いていた。
「そう……有り難う。おいしそう」
「食べごろだから明日の朝にでもどうぞ」
「えぇ。―――可愛い子ね」
会話しながらも、自分が上手く笑えてるのかは、まったく分からなかった。
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