上 下
14 / 46

14

しおりを挟む


「ディノス様。採寸終わりました」
「あぁ、なら打ち合わせを始めるか」

 美湖の採寸を終えたあと。
 今度はディノスも含めて、テーブルを囲んでのデザインの打ち合わせが始まった。

 エリーとディノスが横に並び、テーブルを挟んだ正面の席に神龍シロを頭に乗せたエリーが座る形だ。
 エリーはあくまで採寸の為の手伝いでしかないので、もちろんこの場はディノスが取り仕切る。 

「美湖様。今回は、年末に大神殿でする予定の神事用の衣装と、年始に王城内で開かれるパーティードレスの二着をご相談させていただければと思います」
「はい、よろしくお願いします」
「ではこちらのデザイン画をご覧下さい」

 ディノスが神事用の衣装案を五枚と、パーティー用のドレス案を五枚のデザイン画を机に広げていく。
 ついでに生地の参考にと、エリーがカートを押して運んで来た生地もテーブルの上に積まれた。
 
(ディノス様の作るドレスって、どんなのだろ)

 興味があって、エリーも一緒にデザイン画を覗き込む。
 美湖の方から見て正しい見方に置かれているので、逆さまから見る体制だったけれど。
 それでもディノスの描いたデザイン画の数々を初めて目にした瞬間、エリーは息を飲んだ。

(これが、筆頭服飾師の作るドレス。凄い、綺麗)

 幾重にも重ねられた柄違いのレースや、どれだけ細やかに刺すつもりなのだと思う緻密な刺繍。
 装飾になるリボンや、ボタン、宝石の指定。
 どれも細やかで美しく描かれている、ただの服では収まらない。もはや芸術品だ。
 全体的に洗練されているというか、隙がないというか、とにかく緻密に美しく見えるよう全てに工夫が凝らされたデザインたちだった。

「いかがでしょう。巫女様のご要望は?」
「えーと…そうですね……」

 美湖の視線は、紙の上をさ迷っていた。
 きっとどれを選んでも、彼女に似合うだろう。

(この人が生み出したとは思えない、緻密で繊細なデザイン。綺麗系、というか清楚系っていうのかな。本当にどれも、神龍の巫女という立場的にも、美湖様個人の雰囲気的にも、ぴったり合わせてる)

 美湖は、この中からいったいどれを選ぶのか。
 まだ紙の上にしかないデザイン画の数々のどれが、実際にドレスとして仕立てられるのか。
 横に積まれたこの生地たちがドレスという形になるのを想像すると、たまらなくワクワクする。
 エリーは待ち遠しくて、一体どれを選ぶのだろうかと美湖を見た――――でも。

(ん……?)
 
 美湖は、素敵なデザイン画にわくわくしているエリーとは正反対に、暗い顔色をしていた。

「……どれも素敵。一人じゃ決められません」

 さっき採寸したときより、あきらかに美湖の声のトーンが落ちていた。
 素敵、と言ってはいるけれど、本心で話してはいない気がする。

(いや、一応は笑顔なんだけど。なんだかこう……愛想笑いしているみたいな感じ?)

 どうして作り笑顔をしていると分かるのかといえば、さっき採寸の時に美湖はずっと、シロとエリーとおしゃべりをしていた。
 その時の美湖の表情は、とても生き生きしていて可愛かった。
 エリーより一つ年上の、普通の女の子だった。
 でも今はあの明るい笑顔が、かけらも感じられなかったのだ。
 
 心配になったエリーは、首をひねって様子をうかがう。

 しかし隣に居るディノスの方は美湖の様子に気づいていないみたいで、ごく普通に話を続けた。
 
「美湖様のお好みは?」
「おまかせします」
「そうですか。では先に生地から選んでもらって、そこからイメージを作って貰いましょうか」
「はい」

 続いて広げられた生地を眺める美湖も、エリーからみれば、明らかなつくり笑顔だ。

(なんでだろ)

 エリーは気になって、心配にもなって、その理由を探してみる。

(国一番の裁縫師にオーダーメイドで好きなドレスを作っていいって言われたら、ほとんどの女の子はもうちょっと喜ぶはず。なのに、この全然全く嬉しくなさそうな反応……)

 ちなみにエリーだったら、興奮で眠れなくなる。
 
 なのに彼女はどうして突然、こんなに気落ちしてしまったのか。
 彼女の様子を探って、考えて、悩んで、そうしてハッと思い浮かんでしまった。
 美湖の顔と、机の上を見比べて、エリーは察してしまったのだ。

 もちろん確証はないけれど。
 でも、つい、声に出して聞いてしまう。

「あの、美湖さんって、さっき学校の陸上部所属だったって言ってましたよね」

 採寸の時に、向こうの世界の話を聞く過程に教えてもらったことだ。

「え、うん」
「じゃあ元々は、平日は基本的に運動できる服だったと」
「平日どころか休みの日も、ジャージかTシャツジーパンだったよ。スカートなんて、制服以外はもってなかったし」
「……スカートを持っていない女性がいる世界、ですか。興味深い」

 ディノスが眉を寄せて唸っている。

 そう、……この世界、高位の女性は基本的に毎日ドレスを着ている。
 普段着用、外出用、パーティー用と差はあっても、ドレスだ。
 普段着用でもロング丈だし、あっちの世界じゃ結婚式の花嫁さんとして一生に一度着るか着ないかというようなものを毎日着ることになる。
 エリーの場合は庶民なので、ブラウスとスカートなど上下分かれたものもある。
 それに動きやすいように、膝下くらいまで短くしたものも許容される。
 しかしそれでも、スカートかワンピースだ。
 パンツルックで外に出ることなんて、乗馬や剣術をする特殊な女性くらいだろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

花婿が差し替えられました

凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。 元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。 その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。 ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。 ※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。 ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。 こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。 出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです! ※すみません、100000字くらいになりそうです…。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

廻り
恋愛
勉強にしか興味がない男爵令嬢は、『溺愛』がどのような食べ物か気になるらしい。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...