嘘つきな悪魔みたいな

おきょう

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第二十六話

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「私のものを奪おうとする泥棒猫を罰してあげただけでしょう。悪いのはあの子ですわ!」
「……はっ。ただの女の嫉妬かよ。醜いな」
「っ!! あなたに何がっ……!」

 何がわかるのだ、と言いたかった言葉は結局声にならなかった。
 代わりに熱い息が喉から抜けて、刃を突きつけられていた首が焼けそうなほど熱を持った。

「……裏に誰か居るようでもないし…本当にただの嫉妬か。もうお前に用はない」

 どうしてか首が動かない。
 だから目玉だけを下へ動かせば、来ていた衣服は真っ赤に染まっていた。
 首に剣を突き立てた王の手にも、それはべっとりとついている。
 喉の奥から鉄くさいなにかがせり上がって来て、必死に止めようとしたけれど結局敵わずに、赤い液体が大量に口から吐き出された。

「っごっ……ぁ…」
「はっ。無様だなぁ」
「っ……ぐっ……」
「綺麗に着飾って、男に媚を売って、身に余る金と地位を欲した女の末路ってのは、実に無様だ」

 シルヴェストルは実に楽しそうに微笑みながら、ロザリーの細い首から一度短剣を抜く。
 そして躊躇う仕種など一切見せることもせず、大きく横に振り払った。


 剣は確実に息の根を止められる動脈を寸分の狂いもなく深く切り裂く。

「……さようなら」

 横に間一門に切られた首から勢いよく吹き出る、暖かな赤い飛沫。

 血は馬車の隅々まで飛んで全て汚しつくし、王の衣服や頬にまで届いた。
 赤い血だまりが狭い馬車の中に溜まっていく様を、短剣を座席へと放り投げたシルヴェストルはただ眺めていた。


 * * * *


 手綱を引くと、馬のいななきとともに馬車がとまる。
 王宮の王族専用出入り口にそれとめたのは、御者を務めていたのはキラールだ


「王、到着いたしました」
「あぁ、御苦労だった」

 走っている間中に聞こえていた物音で大体予想はしていた。
 
 やはり扉を開けると馬車内はむせ返るような嫌な臭いと赤黒い血で充満していた。
 煌く金銀宝石で細工の施された装飾内装も、シルク糸で織りこまれた布張りの座席も、もはや見る影もない。
 名のある職人達が丹精込めて作り上げた王族専用車の中は、普通に掃除をしても無駄なほどに汚されてしまっている。

 凄惨な光景に眉を不快げにゆがめ、既に絶命しているだろう女から主である王へと視線を移す。
 爽やかに笑う金髪碧眼の好青年が全身を血に染めている姿は、いつもながら酷く異様な光景に見える。
 キラールはシルヴェストルが馬車から降りるための手を貸しつつも、咎めるように睨みつけた。

「王……」
「そう怒るな。リカルドには自害したとでも知らせておけ」
「……御意。しかし今回はまた……手が早いですね…」

 彼女は睡眠薬を飲ませ、ほんの少しの嘘をついただけだ。
 隠した手紙も重要な書類ならまだしも、女性同士での遊びの誘い程度の内容である。
 また違法な薬の所持とは言っても所詮睡眠薬。
 毒薬の方は害虫駆除などに使われる部類のもので持っていても違法ではない。


 これくらいの侍女程度の存在の不始末など、グランメリエの屋敷内で片づけられた事例だ。
 それをわざわざ『事件』として扱い、その上国王自らが出てきた。
 しかもこうも凄惨に処分するのは少々やりすぎだろうと、キラールは息を吐く。

「よほどグランメリエ侯爵がお気に入りのようですね」
「……そうだな。あいつは裏が無くて実にいい。信頼できる。だが真面目でお固すぎるのがたまに面倒だな」
「えぇ、もう少し臨機応変に対応してくださればよいのですが。陛下ほどとは言わずとも、多少の愛想笑いくらい身に付けて頂きたいですね」
「それは私に対する嫌味だろうか」
「まさか。我が敬愛する主に対して無礼なことを思うはずがありませんよ」

 キラールはわざとらしく微笑をたたえて肩をすくませてみせた。

 グランメリエ侯爵は真面目で実直。潔癖すぎるほど真っ直ぐな男。
 だからこそ絶対の信頼を寄せられるのだが、その分彼は少しでも規則から外れたことを徹底的に嫌う。
 これは時に人道を無視した行いを取らなければならない国王の傍に仕える人間としては、少々厄介な性質でもあったのだが。

「ま。あの奥方がいれば変わるだろう」
「奥方、ですか。仕事一本筋だった男が他へ目を向けるきっかけになった彼女は、如何でしたか?」

 キラールとティナが挨拶以上の会話を交わしてはいない故の質問だった。
 その側近の男の問いに、血染めの王は意地の悪い笑みを見せる。

「思った以上に純朴で可愛らしい。そしてこの王都の社交界で生きていくにはとても拙い。まぁ、夫婦ともに成長が楽しみだ」
「お気に召したようで何よりです。――ほら、さっさと洗って着替えてください」
「分かった分かった」





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