嘘つきな悪魔みたいな

おきょう

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第十話

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 メオは凄く話しやすい人だった。
 初めは勢いに押され気味だったけれど、二人きりになって話してみれば煩すぎることもなければ、気づまりするほど静かなわけでもない。

 運ばれてきたオレンジジュースを飲みながら、ティナはぼんやりと考える。

(リカルド様とは話なんてしなくても楽しかったわ)

 メオとは違い、リカルドは無口すぎる。
 二人でいるとティナから何か言わない限り、会話らしい会話はなりたたないような状況だった。
 ほんの少しでも彼のことを知りたくて、あまり話の上手くないティナがどうにか教えて貰おうと必死に話しかけていた時を思い出して笑いそうになってから、我に返った。

(あぁ、また……)

 こんな時にまで、リカルドのことを考えてしまう自分に嫌になる。

 結局、どこにいても何をしていても考えるのはあの人のこと。
 自分はどれだけ彼に固執しているのだろう。

「あ……私ったら」

 他の人のとを考えてばかりいるなんて、席を共にしてもらっている人に失礼すぎる。 
 ふと気づいて、ティナは慌てて前に座る相手に意識を引き戻した。
 視線を向けると、メオは気分を害するでもなく楽しそうにティナを見ている、

 やっぱりなんだか意味ありげに、ティナを観察するかのような視線を寄せるのだ。この男は。
 彼の青い目はやたらと目力があって、どうにも落ち着かない気分にさせられてしまう。

「………あの、メオ様?」
「うん? どうした?」

 おかしいと思った。
 いや、最初からおかしかったし、変だったのは分かるのだが。

 やっぱり、おかしい。

 この状況も、彼の態度も、ふに落ちないことばかりだ。
 じっと見つめてくる青い瞳を、ティナもじっと見つめ返してみる。
 メオは瞬きをして首をかしげて、「どうしたの?」とでも問いただすような表情を向けてくる。
 とてもとても楽しそうにティナを観察しながら。
 ティナの何を見てそんなに楽しいのか、まったく理解できない。

「……その…私のこと、ご存じだったのですよね」
「なぜそう思う?」
「だって……林檎を落としたのも故意にでしょう?」

 気づいてはいたけれど、指摘した結果どうなるのかが分からなくて怖くて、だから気づかないふりをしていた。
 だってどう考えたってメオは最初からティナを狙って林檎を落として、ここに誘ったのだ。
 もの凄く分かりやすいやり方だから、本気で工作してのことではないだろう。
 おそらく「引っかかればいいなぁ」程度の、軽い考えで動いてティナを誘ったのだ。
 押しの強さに負けて簡単に乗ってしまったティナの意志の弱さにも付け込んで、この人はティナに会いに来た。一体誰なのだ。

 人見知りのティナが、初対面の男をじっと見つめるのはかなりの勇気が必要だった。
 でも逸らすことはせずにメオの青い目を見つめつづけた。
 得体のしれない青年の何かがわかるかもしれないから。

 ――――しばらく、お互いに見つめあっていた。
 もしかすると周囲にはその光景は、恋人同士が見つめあっているようにも映るかもしれない。

 数分間、真顔でティナと対面していたメオが突然ふっと顔をほころばせた。
 それから肩を揺らして、実に楽しそうに笑っている。

「あの?」
「ふはっ……まいったなぁ、十代の女の子程度なら、あれで騙されてくれると思ったのだが。運命の出会いっぽかっただろう?」
「さすがにあからさま過ぎますわ」
「そうかそうか。次の機会があればもう少し趣向を凝らすことにしよう」
「次があるのですか?」
「あるさ。絶対な」

 そう言うとメオは自分の前にある食べかけのケーキをフォークですくい、ティナの口の中へ放り込む。
 間接キスなんて実の夫とも未体験なのにと、複雑な気分で美味しいケーキを咀嚼する。

「君とは長い付き合いになる」
「………。それで、あなたはどこの何方なのでしょう」
「うん、言っただろう? 家名は秘密だ」

 困ったように眉を下げるティナの反応に、メオはさらに相好を崩した。

「別に敵ではない。あの恐怖の大魔王のごとく怖れられているリカルド・グランメリエ侯爵の妻になった奇特な女性がどんな方なのか、見てみたかっただけだ」

 やはりティナがリカルドの妻だと知っていて近づいたのか。
 ずいぶん尊大な口調に、金髪碧眼の眉目秀麗な容姿、そして身に染みついた優雅な所作。
 ティナにはメオの正体がなんとなく当たりがついたけれど、指摘するのはまずい気がして黙っておくことにした。
 押し黙るティナに、メオは楽しそうに話を続けている。

「だってあのリカルドの嫁が務まる女性だぞ? どれほど豪胆でたくましい女かと気になるではないか」
「…それで、どうでしたか?」

 他人から見るティナは、リカルドの妻としてふさわしく映っているのだろうか。
 たとえ体裁のみの婚姻だろうと、一応妻は妻なのだ。周囲の目だって気になって当然だ。

「ずいぶん愛らしいご令嬢で驚いたな。あいつ自分がごつくて大きい分、可愛い小動物系が好きだったのか」
「……いえ」

 自分はリカルドの好みではない。
 彼の見せ掛けの妻として条件が良かっただけなのだ。
 こういう反応を見せると言うことは、メオはマリアンヌのことを知らないのだろう。
 どうやら良き夫婦関係であるとごまかす場面のようだ。

「ティナ殿」

 名前を呼ばれて顔をあげると、メオはひどく真剣な顔をしていた。
 彼が今から真面目な話をするつもりなのだと嫌でもわかる。

「リカルドは誤解を受けやすい容姿だが心根はとてもいいやつだ。末永くあいつを宜しく頼む」

(あぁ……この人は本当は、これを言いに来たのね)

 そしてティナがリカルドに相応しい妻であるかどうかを、見極めに来たのだ。

「………こちらこそ」

 そう返事をしたけれど、ティナの声は小さく掠れてしまっていた。
 見知らぬ男についてきた自分を、彼はどう評価したのかと思うと怖くなった。

 ――そしてそんなに心配して偵察に来るほどに、リカルドは頼られ、大事にされているとも知った。


 では、今ティナが置かれている状況は?
 体裁だけの妻に仕立て上げられ、婚姻と同時に捨てられて一目会うことも叶わない。
 これはリカルドがそう望み、動かした結果だ。
 メオが言う『心根はとてもいい』リカルドと、ティナに対して最低な仕打ちをしているリカルドははたして同一人物なのか。
 うっかり疑ってしまいそうになるほどに、表と裏の彼の顔は違うのだ。
 なんて器用な男だろう。

(裏の顔なんて、私は知りたくなかったわ)

 出来るならば不器用だけど優しくて暖かい彼だけしか知らなかった時に戻りたいと、ティナは本気で願ってしまった。

 
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