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21謎は謎のままで
しおりを挟む私は屋根の上という不安定な場所なのであまり動けず、そのまま彼の隣に座りこんだ。
「それで? どうして私が人間になるところを見たかったの?」
「……君は、竜妃なのか。よみがえったのか。それを確認したかった」
「竜妃?」
「知らないか? この国でよく知られているおとぎ話だ。王と、人間になれる竜の娘の恋物語。王と結ばれた娘は竜妃と呼ばれたと」
「あぁ、あの話」
マリーさんが寝物語に一度してくれたお話だ。
人間は強い魔力を秘めた竜石ほしさに竜を傷つけ、両種族は敵対していた。
でも人間になれて言葉をかわせる力をもった竜が現れたことをきっかけに仲良くなったっていうやつ。
最後は人間の王様と、人の姿に変身できる竜がくっついたんだっけ。
「確かに私は人間になれる竜だけど、竜妃じゃないよ。まったく別の竜だよ」
「そうなのか? 本当に? 同じ力をもっているのに?」
「何度聞かれても別の竜! だいたいあれって誰かがつくったおとぎ話でしょう? 実在しないんでしょう、竜妃なんて」
「……そう、言われてはいる。でも現実に竜妃は存在していた。そしておとぎ話として語り継がれている話は、ずいぶんきれいに脚色されたものだ」
「ふうん? そうなんだ。まぁ、おとぎ話だろうと本当の昔話だろうと、私にはまったく関係のない話だけどね」
でも彼の影った顔を見て、私はふといつか見た夢を思い出した。
王冠を被った王様っぽい人の前に、鎖を繋がれ泣いている女性がいた光景だ。
たしか「他の竜を傷つけられたくなければ、ずっと私の傍にいろ」とかなんとか王様は言っていたような気がする。
女性の額には石がうまっていたから―――つまり彼女が竜妃と呼ばれた存在ということで……。
あの光景が、実は本当に過去におこったことなのだろうか。
でもそんな大昔の他人と他竜の悲劇なんて、やっぱり私にはいっさい関係ない。
そもそも私はつい数ヶ月前まで、世界をも飛び越えるほどの遠くで生きていたんだ。関わりがあるはずがない。
ただ、目の前にいる男の子は私がその『竜妃』であるのではと疑っているらしい。
何故か分からないけれど、とても不安そうな顔だ。
彼にとっては大切なことなのだろう。
だからもう一度、私はきちんと金色の目を見ながら伝えた。
「私は竜妃なんかじゃないよ。大丈夫」
「……そうか」
やっと納得してくれたのか、彼の口元からほっと息がもれた。
納得して貰えてよかったよかった。
そう思ったと同時に、すくっと男は立ち上がる。
「もう行く」
「そう? あ、そういえば君の名前は? というかどこの誰なの?」
「……ハイドランジア公爵つながりで、近い内に会うことになるだろう。面白いから、それまでは謎の男でいておこうかと」
「そんなのずるくない? 君ばっかりが私のことを知ってるなんて」
「ははっ、――まぁ、本当に近いうちに分かるだろ」
そういって、彼は私の頭を撫でながら笑う。
手つきはとても優しくて、心地がよかった。
ついつい頭を差し出し委ねてしまう私に、ぽつりと声がおちてくる。
「……悪かったな。尻尾ひっぱって無理矢理つかまえたりして」
「謝れるんだ」
「できないようにみえたか?」
「最初はね」
黒ずくめな格好から、完全な不審者だと思っちゃってた。
でも、今は結構いい子に見えるよ。
「次は絶対に名前、教えてね」
「あぁ、約束しよう」
その直後、彼の足下から魔法陣みたいな模様が現れた。
「な、なに⁉」
それから陣から飛び出した空気の渦のようなのが足に巻きつきだす。
なんだろうとびっくりする私の前で――――彼がポンっと、足を蹴った。
とたんに一瞬にして高く高く跳びあがって、隣の建物の屋根に移動していった。
そのまま彼はポン、ポン、と軽やかに跳びながら、屋根から屋根へと移り跳んでいく。
「え、すご……もしかして魔法?」
あれは風を操っているのだろうか。
初めて見るものに驚き魅入っていると、やがて彼は夜闇へと消えて行った。
「……――――凄かった。さて、私もそろそろ帰らなきゃエルメールさんたちが心配しだしちゃう。竜になーあーれー!」
私もいつか魔法を使ってみたいものだと考えながら、帰るために竜に戻って羽を広げた。
「きゅ?」
そういえば、ローブを返し忘れたな。
もうとうに声も聴こえなければ姿も見えない程の距離があいてしまったし、追いつけないだろうしどうしよう。
「きゅう」
借りたものを放っていくこともできない。
近い内に会うって言ってたから、返す機会もありそうかな。
結局、私はローブをくわえながら飛んで帰ることになってしまった。
赤ちゃん竜の私にとってローブはとても重くて大きくて、何度もバランスを崩して落ちかけた。大変な夜だった。
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